ポストとハトと流星群

澄田こころ(伊勢村朱音)

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てのとどかないもの

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 次の日。ほんのり明るくなった夜明け前、あたしはハンモックからこっそり起きだした。かまどの中のふたりは、まだ寝ている。
 そーっと足音を忍ばせ外へ出ると、つめたい朝の空気にぶるっと身ぶるいした。足元には朝つゆにぬれた草。ふみしめると、水滴が飛びちって、くつがぬれる。

 先生に会うため、あたしは学校目指して走り出した。
 すがすがしい朝の空気と草の青い匂いがまざりあって、肺にどっと入ってくる。ハッハッと小刻みにはき出す呼吸音に、セミの声がかぶさってきた。セミがもう鳴きだしている。

 学校へつくころには日がのぼり、運動場には朝もやがかかっている。校舎がはっきりみえない。

 そのかすんだ運動場に、何かがいる。門をくぐり中へ入ると、のんびりした声があたりにひびいた。

「じょうちゃんでねえか。朝早いなあ。おらたちここで朝めし食ってんだ。おまえさんはもう食ったのか?」

 親切な鹿さんだった。鹿さんは仲間といっしょに、ここで草を食べていた。

「朝ごはん食べてないよ。いそいでここへ来たんだから。先生は校舎の中にいるの?」

「あーたぶん中だろう。朝めしちゃんと食べろよ。力が出ねえぞ」

 鹿さんにいわれて、ふと思う。あたしごはん食べたのいつだっけ? お母さんのカレーの匂いと、アイスを食べたかったことは思い出したけど。その後は?

 まっいいや。そんなことより、今は先生に会わないと。
 校舎に入り、昨日きた阿比留学級のガラス戸をそっとあけた。
 黒板の前の寝床には、お布団のかわりにしている布がもりあがっている。先生はまだ寝ているみたい。

 先生を起こしたら、かわいそう。そう思ってそおっと静かに近づいていく。

「どうしたんだ、こんなに朝早く」
 先生は、起きていた。布からにゅっと出てきた顔は、昨日の夜みたくまみたいな顔だった。
 どうして人間なの? ゲンとサブ兄ちゃんはお日様があがったらスズメの姿になるのに。

「先生は、スズメにならないの?」

「あー、昼も夜も関係ないんだ。向こうの先生は病院のベッドの上でずっと寝てるんだからな」

「病院?」

「そんなことより、何か先生に聞きたいことがあって、ここへ来たんじゃないのか?」

 先生は寝たまま、目だけをあたしに向けていった。その目はやさしくて、安心できてたのもしくて、しっかりあたしをみていてくれる。

「あのね、あのね。ゲンがおじいちゃんだったの。おじいちゃんとおんなじ名前。それでね。あたしが手紙の住所に奥神島って書いたから。おじいちゃんはここへ手紙といっしょに飛ばされたんだよ。どうしようあたし。あたし――」

 いっきに先生へはき出した言葉といっしょに、涙がほほをつたう。がまんしていたひとつぶがながれだしたら、もうとめられない。つぎつぎ、あふれだした。
 あたしは先生の寝床のそばにひざをつき、頭をこすりつける。そして大声をあげて、泣き出した。

「落ち着けアス。もっとゆっくりいってくれないと、わからない」

 先生の小さな手が、泣きじゃくるあたしの頭をポンポンやさしくなでてくれる。泣きやむまで、ずっとそうしてくれた。
 やっと涙がかわいて、昨日の夜ねぐらであったことを説明すると、先生はいった。

「先生たちがこの島にいるのは、アスのせいじゃない。アスは手紙をいつ書いたんだ?」

 昨日は、星のかけらを探した。二日前は海と川で遊んで、その前の日に白バトさまにここへつれてこられた。

「三日前の夕方。それから手紙をポストに入れた」

「そうか、先生たちはもっと前からここにいる。そこの柱のキズを数えてごらん。夜が来るたび、クギで線を引いていたんだ」

 あたしは黒板の横の柱をみた。下から順番に細かい線が、数えられないぐらい引いてある。それは、大人の手のとどくところでとまっていた。

「ロビンソン・クルーソーみたい」

「ロビンソン・クルーソー読んだことあるのか?」

「うん、キラキラしたかわいい絵の本は苦手。だけど、冒険小説は大好き」

「そうか。苦手な本があってもいい、本はたくさん読めよ。ゲンも本が好きだった。あいつは歴史の本ばっかり読んでたな。アスがゲンの孫かあ。長生きはしてみるもんだな」

 そういって、先生は天井を向いたまま、くつくつと笑った。

「ねえ。どうしておじいちゃんはここにいるの? あたし、夏休みが始まってすぐ、おじいちゃんと電話でしゃべったよ。この世界はいったいなんなの。教えて、先生」

 先生はゆっくり首をまわし、あたしをみる。

「アスは、なつかしいなあって思うことあるか?」

「この島へ来た時海みたら、おじいちゃんの海辺の家を思い出して、なつかしかった」

「なつかしく思って、どうした?」

「おじいちゃんに、会いたいなあって思った」

「その気持ちは、心をよせるっていうんだ。そんな言葉知ってるか?」

「ううん。聞いたことない。どんな意味?」

「心だけが体をはなれて、なつかしいとか好きと思うもののそばへいくって意味だ。先生たちは六十年も前にはなれたこの島へ、心をよせている」

「先生のいってること、むずかしくてわかんない」

「そうか、むずかしかったか。つまり、この島をなつかしいと思う気持ちだけが、体からぬけ出して、ここで遊んでるのさ。先生の正体は九三歳の老人だ。すごいだろ」

 先生はおどけた声をだし、ドヤ顔をした。




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