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えらそうなスズメ

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 なんか体が痛い。またベッドから落ちて床《ゆか》で寝たのかな。お布団のあの気持ちのいいやわらかさがない。それに、ちょっと寒い。エアコンのタイマーつけ忘れたっけ?
 お母さんに怒られるよ。

 それにしても、へんな夢だった。手紙をポストに入れただけなのに、山奥に飛ばされた。おまけに、ハトがえらそうにしゃべってたし。
 あっあと、小人の男の子もいた。あの子とはちょっと友だちになれそうだったな。

 そろそろ起きないと、お母さんがあがってくる。起きたって何もすることないし、もうちょっと寝かせてほしい。

 寝ぼけているあたしの耳元がうるさい。なんの音? 目覚まし時計なんてかけてないし、チュンチュンってスズメの鳴き声に似てるような。
 部屋の中にスズメが入ってきたのかな。そう思って、あたしは重いまぶたをそろそろとあけた。

 たしかに、スズメが目の前でうろうろしている。かわいいなー真っ黒な目をして、頭は茶色いぼうず頭。おなかはふわふわ白い羽毛。なんかタンクトップ着てるみたい。
 夢の中に出てきた、男の子に似てる。そう思ったら、クスクス笑えてきた。

「おい、アス。なに笑ってんだ。起きろ!」

 かわいいはずのスズメに、命令された! なんだこれ。夢の続き?
 痛い体をゆっくり起こす。
 ううん、夢じゃない。だってここ、あたしの部屋じゃないもん。床はコケがびっしりはえたコンクリートだし、壁《かべ》にはツタがからまって緑一色。顔をあげて天井をみたら……なかった。屋根が落ちている。ここっていわゆる廃墟《はいきょ》。

 昨日つれてこられた、緑の世界にまだあたしはいる。

「やだー誰か夢っていって!」

「夢じゃないって。いいから起きろ」

 またスズメがしゃべった。このスズメ昨日の男の子なの? 名前はたしかゲンだったはず。

「あの、スズメさんの名前はひょっとしてゲンですか?」

 お願いちがうっていって。やっと出会えた人――たとえ小人でも――がスズメだったなんて。そんなオチいらないから。

「そうだよ、ゲンだ。オレたち昼間はスズメになるんだ」

 何そのファンタジー設定……。
 んっ、オレたち? あたしはスズメになってないよ。そう思って、きょろきょろとあたりをみたら、ほかにもスズメが一羽。ぴょんぴょんはねて、こっちへ近づいてくる。

「この子が、ゲンのひろった子? はじめまして、サブローです」

 とてもお行儀がいいスズメだ。

「サブ兄ちゃん。ひろったんじゃなくて助けたんだよ。サルから」

 兄ちゃんというからには、ゲンより年上なのだろう。スズメの姿ではみわけがつかないけど。

「上谷《かみや》のサルか。あいつら凶暴《きょうぼう》だからな。よくにげられたな」

「アスは女なのに、すごく足が速いんだ」

 足が速いってほめてくれてうれしいけど、女なのにはよけいだよ。そんなことよりも。

「ねえ、ここってどこ? スズメのお宿なの」

 二羽のスズメはピーチクパーチクおしゃべりをやめ、顔をみあわせた。小首をかしげたスズメってかわいいな。

「スズメのお宿だって……おっもしれー」
 
 ゲンスズメがばかにして笑い出した。くそー、こまってる女の子には親切にしないといけないんだぞ。

「アスがびっくりするのも無理ないよ。お宿っていえばそうかな。ねぐらにはちがいない。ここは、ボクらの島だ」

 ここ島なんだ。じゃあ、おじいちゃんの住んでるところなわけない。あのハトめ。
 だんだん頭がはっきりしてきた。あたしは昨日のことを思い出す。
 暗くなってゲンにつれられ、ここへきたんだった。暗いの大きらいなのに、月明かりがきれいであんまりこわくなかった。

 電灯なんてあるわけないんだけど、ぼんやり明るかった。虫の音と波の音がして、そのくり返しのリズムで眠《ねむ》たくなった。ついたらそこらのかれ草をかき集め、その上でさっさと寝てしまったのだった。

「おまえ、白バトさまにここへつれてこられたんだろ? オレみてたんだ。むかえにくるっていってたし、いいじゃねえか。それまで遊ぼうぜ」

 ゲンがかわいいくちばちをパクパクひらいて、明るくいった。あのハトのこと「白バトさま」だって。それより。

「朝から遊ぶの? 宿題は?」

 朝のすずしいうちに、勉強しないと。夏休みの日課を思い出しあたしはいった。

「宿題? スズメに宿題なんかないよ。ただ日をたっぷり浴《あ》びて遊べばいいんだ」

 ここにいれば、遊び放題。すごく魅力的《みりょくてき》な言葉。海も山もある。最高じゃん!
 あのハトはきっとむかえにきてくれるだろう。すっごくえらそうにいってたんだから、ウソつかないよね。

 そう思ったら急に元気が出てきた。何して遊ぼう。やっぱり海だな。あたしはすっくと立ちあがり、スズメ二羽を肩に乗せ緑の廃墟から出たのだった。

                *

 白い砂浜。よせては返す波打ちぎわ。青空が落っこちたみたいな、真っ青な海。太陽は海の上をのぼってる。ギラギラ照りつける前に、海に入ろう。
 あたしは、くつを放り投げ海へ一直線。足へ感じる海水の冷たさに、ぶるっと身ぶるいする。朝の海はまだ冷たくて、気持ちいい。
 こういう気持ちなんていうんだっけ。ラジオ体操する早朝の公園の空気を吸った時。そうだ。すがすがしいだ。

 そのすがすがしい空気をいっぱい吸い込んで、海にざぶんとつかろうと思ったけれど。はっとあることに気がついた。

「どうしよう。あたし水着じゃない。それに着替えもない。服汚したら怒られる」

「そのまま入ればいいんだ。汚《よご》したって誰も怒んねえよ」

 そうだここに、お母さんはいない。ゲンスズメのいう通り。

「汚れた服は川で洗えばいいよ。この天気だ、すぐに乾《かわ》く」

 自分のことは自分でできる。サブスズメの言葉に、ウンと大きくうなずく。
 あたしはひときわ大きな波に向かって、思いっきりつっこんでいった。


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