12 / 35
第二章 雨月
誕生日
しおりを挟む
今日は夕方から雨の予報なので、地下鉄で、理事宅まで来た。
長屋門をぬけると、玄関に彼女が立っていた。
この年頃の女の子がよく着る、ファストファッションなど彼女は着ない。何時も、上質で上品な、自分に似合う洋服を着ている。
とりわけ今日のワンピースは、とても似合っていた。
「誕生日おめでとう」
と言うと、彼女ははにかんだ笑顔をかえしてくれた。
長屋門の部屋に入る。額縁から出した桜の絵が新聞紙の上にのっている。部屋の端には刷毛や霧吹き、溶剤などが寄せてある。
まだまだ、修理は終わりそうにない。うれしい事に。
彼女が絵を覗きこんでいる。長い髪がたれ、顔にかかる。大きな形のよい目だけが見えている。俺が一つの巻物を、差し出すと、その目で俺をとらえた。
「俺の絵見たいって言ってただろ? 大学時代課題で描いた巻物なんだけど」
声がふるえそうになるのを、必死でおさえる。
それは、洛中洛外図だ。京都の景観や風俗を鳥瞰図で描く様式、戦国時代から江戸時代にかけて多く制作された。
普通は屏風に描くが、現代では屏風に仕立てるのは大変なので、俺は絵巻物に仕立てた。
春の京都から始まり、四季の移ろいを描いている。
「これって、現代風の洛中洛外図なんですか?」
その絵には、現代の建物を所々紛れ込ませている。京都タワーや駅ビル。明治に建てられた博物館など。
「現代と江戸時代のミックスかな。ほら、人も現代人を入れてるんだ。昔流行ったウォーリーを探せみたいな感じで」
Tシャツの現代人が洛中洛外図の中をうろついている。
「遊び心があっておもしろい。でも、技巧とかもすごくて、私四年間勉強してもこんな絵は、描けないような気がします」
「そんなたいした事ないよ、俺なんて。結局絵描きにはなれなかったし」
俺の自嘲気味なセリフに、彼女は不思議そうな表情をした。
今度は髪を耳に掛け、熱心に絵に見入る。
その横顔を見ていると、あたりに落ちていた紙に、彼女の顔を描き始めていた。ほぼ、無意識に。
鉛筆の走る音に気付いたのか、彼女がこちらを見た。
思わず、紙をかくす。
古今東西、画家が金銭のからむ契約以外に、頼まれもせず、自主的に女を描くという行為は、その女にそそられている、ということわりをかくすために。
うまく誤魔化せるわけもなく。彼女は紙に気付き、興味からか見せてほしいと言った。
俺がしぶると、彼女は紙をとろうと、前かがみになった。
ワンピースの胸元から、胸の谷間がのぞく。
ちょっとそれは反則だ、とどこにいるかわからないレフリーに、心の中で抗議する。
抗議は聞き入れられず、腕をつかまれ、無理やり紙をとられてしまった。
「この絵私にください。誕生日のいい記念になるから」
俺の気持ちに気付きもせず、無邪気に言う。
「これ、走り書きだし。もらってくれるのならちゃんと描くよ」
芸術性を追求する画家ではなく、下世話な恋情を持つ画家には、罪作りな笑顔を残し、彼女は部屋から出て行った。
急いだのか、息を切らして帰って来た。スケッチブックとパステルを俺の前に置く。
「このパステル今日プレゼントで佳代ちゃんからもらったんです。先生使ってくだい」
「すごいね百色セット。ほんとに使っていいの。有賀さんまだ使ってないんだろ?」
「いいです。先生の方がこのパステル使いこなせると思うから。パステルの使い方、私も参考になるから、使って下さい」
「なんかハードル高くなったけど、あんまり期待しないでね」
彼女は、掌を開き俺の前に差し出した。掌には色とりどりの包み紙に包まれた、飴がのっていた。
「それと、飴どうぞ。絵を描く時のどかわかないですか? お茶だとこぼしたら大変やし。飴やったら大丈夫でしょ」
「なんか大阪のおばちゃんみたいだね」
「ひどい」
すねて、掌を握ろうとする。俺は彼女の手首をつかみ、飴を一つつまみ上げ口に放り込んだ。
「甘くておいしい、ありがとう」
俺がそう言うと、彼女も特大の甘い飴をほおばったように、笑った。
彼女の視線を真正面から受け止めきれない、よこしまな俺は、横を向くようにポーズを指定した。
視線を気にせず、彼女を存分に愛でる事ができる時間に、俺は夢中になった。
何時の間にか雨が降り出し、静かな室内に、鉛筆が紙の上をすべる音と、雨音そして、微かな寝息が重なった。
彼女は、壁にもたれ眠り込んでしまった。
その無防備な寝顔に呆然とする。
まったく、男として意識されていないという事実。胸がせつなくなった。
そのせつなさのせいか、彼女にそっと近づく。まったく、俺に気付かない。
気付いてほしいのか、気付いてほしくないのか、自分でもわからない。
胸に垂れる、長い髪を一ふさとり、自分の唇にあてた。
*
「もういいよ」
先生の声で、はっと目が覚めた。
自分がどこにいるのか、わからなかった。
先生の困った顔を見て、思い出す。
そうだ、絵を描いてもらってたんだ私。
寝顔を見られたというのも恥ずかしかったが、描いてほしいと自らお願いして眠りこけるなんて。どんだけ厚かましい態度だろう。
先生はいたずらっ子のように、にっこり笑って、
「いい寝顔の絵が描けたよ」
なんて言うので、慌てて先生の横に駆け寄りスケッチブックを覗きこんだ。
寝顔ではなく、ちゃんと目を開けて幸せそうに微笑んでいる私がいた。
「もー違うやないですか。でも、すごくきれいに描いてもらって私やないみたい。ありがとうございます。あっそれとすいません眠ってしまって」
「昨日遅くまで勉強してたんだろ?」
何でも、見透かしてしまうような鳶色の瞳にみつめられ、私はうつむいた。
「後は色をつけるだけだから」
先生の手の動きをじっと目でおう。パステルは何層にも塗り重ねると、魔法のように立体感が出て美しく発色する。先生の手で私の顔に生気が宿る。
私もこんな風に絵が描きたいと食い入るように見つめていたら、ふと先生の指先に目が止まった。
爪が細くて長い、綺麗な指。美しい物を生み出す手。私の手とは全然違う。
「私、夕食の手伝いしてきます」
先生と同じ空間にいるのがつらくなって、逃げ出した。
*
「手伝いなんていいのに」
台所に行くと、雅恵さんに言われた。
「今日おじいちゃんは?」
「最近、忙しいみたいで、今日も出張に行ってはります」
祖父も、もう七十代なのだから、ゆっくりしたらいいのに、と思うが会社の後継者がいない。
父が継いでいたら、母の人生も大きく変わっていたかもしれない。
過去をふりかえり、あの時こうすればよかった、って思っても、時間は一ミリも後ろには動かないのに。
夕方になり、雨が激しくなってきた。佳代ちゃんがレインコート姿で、ケーキの箱を下げて帰ってきた。
「ご飯できてる? お腹へったわ。ジジのケーキ買ってきたで」
北山通りにある「ジジ」は私の好きなケーキ屋さん。夕食の支度はできているので先生を呼びに行った。
先生は私がつくったハンバーグをきれいに残さず食べてくれた。空っぽのお皿を見て、こんなにうれしくなるなんて。普段私が食べ残しているお皿が、頭をよぎった。
食後にケーキを食べたが、さすがにローソクは辞退した。ケーキを食べ終わると先生がスケッチブックを差し出した。
「誕生日おめでとう」
開くと、パステルで彩られた私が瑞々しく浮き出るようにそこにいた。先生の目に映った十八歳の私。
「ありがとうございます。うれしい、大事にします」
先生は、なぜだか寂しげにうつむく。
*
日が暮れるのが遅い季節。でも、雨のせいか外はもう暗くなっている。彼女を家まで送る。
二人、傘をさして駅まで歩いた。雨は先ほどより小ぶりで、アスファルトの上にできた水たまりが、微かに振動していた。
「今日のワンピース似合ってるね」
彼女が照れて俯く姿が見たく、俺は唐突に言った。
案の定、俯く。俯いたまま話し始める。
「今日は私の絵を描いてもらったから、修理が進まへんかったんじゃないですか? すいません、無理言って」
「今日は雨も降ってたから、作業は進まなかったよ。気にしないで」
地下鉄の構内は、外の暗さとは対照的にばかばかしいほど明るかった。
「予備校はどう? ついていけそう?」
教師らしい、質問をする。
「みんなうまくて、最初はついて行くのに必死でした。今はなんとか、真ん中ぐらいのレベルは維持できるようにはなりました。一人熱心に指導してくれるバイトの先生もいるので助かります」
「京美大の学生?」
「はい、この間展覧会にも誘っていただいたんです」
男だろう。
俺は、彼女の事を本気で思うようになってから、女子高でよかったと心底ほっとした。
共学であったなら、発情期まっただ中の男子生徒のいやらしい目線に、彼女はさらされる。そんな視線にさらしたくない。でも、そんな男どもと、自分はいっしょなのだ。
俺は、彼女をさそうどころか、展覧会にいくなとも言えない。
ジェラルミンケースを連想する、銀色の車体が、ホームにすべりこんできた。
車内は混んではいなかったが、座席はすべて埋まり、立っている人が数人いる。
並んで吊革につかまり、前を向き外の暗闇で鏡のようになったガラス窓を見る。ガラスには、俺と彼女の姿が映っている。二人の間には、他人以上友達未満の、絶妙な空間がむなしく存在していた。
北山駅で降り、地上に出ると雨はもうあがっていた。雨上がりの清涼な空気はすがすがしく、俺は深く息を吸い込む。
「今度の土曜日の校外写生、参加する事にしました」
「ほんと? よかった。来週はお天気になるといいね」
彼女の家まで後ちょっと。後すこし。
お菓子の空き箱のような家が、見えてきた。
彼女の体から突然、警戒音が発せられ殺気をおびた気配が放たれた。
俺は戸惑い、彼女の視線の先を見た。
玄関の前に、鍵を回している人影がある。あの写真に映っていた女性だった。時をへて、幾分しわがふえているが、まだうつくしさをたもっているその顔。しかし、表情は生気がなく、能面を連想させる。
「あら、美月」
彼女の母親はこちらを見て、あきらかに俺を不審げに見ている。俺は誤解をとくべく、自分の素姓を明かし送ってきた事を説明した。
母親は無表情に、形通りの挨拶を返す。
彼女は先ほどの警戒音を、体中から発したまま、こわばった顔で俺に礼を言い、母親を押しのけるようにして家に入っていった。
長屋門をぬけると、玄関に彼女が立っていた。
この年頃の女の子がよく着る、ファストファッションなど彼女は着ない。何時も、上質で上品な、自分に似合う洋服を着ている。
とりわけ今日のワンピースは、とても似合っていた。
「誕生日おめでとう」
と言うと、彼女ははにかんだ笑顔をかえしてくれた。
長屋門の部屋に入る。額縁から出した桜の絵が新聞紙の上にのっている。部屋の端には刷毛や霧吹き、溶剤などが寄せてある。
まだまだ、修理は終わりそうにない。うれしい事に。
彼女が絵を覗きこんでいる。長い髪がたれ、顔にかかる。大きな形のよい目だけが見えている。俺が一つの巻物を、差し出すと、その目で俺をとらえた。
「俺の絵見たいって言ってただろ? 大学時代課題で描いた巻物なんだけど」
声がふるえそうになるのを、必死でおさえる。
それは、洛中洛外図だ。京都の景観や風俗を鳥瞰図で描く様式、戦国時代から江戸時代にかけて多く制作された。
普通は屏風に描くが、現代では屏風に仕立てるのは大変なので、俺は絵巻物に仕立てた。
春の京都から始まり、四季の移ろいを描いている。
「これって、現代風の洛中洛外図なんですか?」
その絵には、現代の建物を所々紛れ込ませている。京都タワーや駅ビル。明治に建てられた博物館など。
「現代と江戸時代のミックスかな。ほら、人も現代人を入れてるんだ。昔流行ったウォーリーを探せみたいな感じで」
Tシャツの現代人が洛中洛外図の中をうろついている。
「遊び心があっておもしろい。でも、技巧とかもすごくて、私四年間勉強してもこんな絵は、描けないような気がします」
「そんなたいした事ないよ、俺なんて。結局絵描きにはなれなかったし」
俺の自嘲気味なセリフに、彼女は不思議そうな表情をした。
今度は髪を耳に掛け、熱心に絵に見入る。
その横顔を見ていると、あたりに落ちていた紙に、彼女の顔を描き始めていた。ほぼ、無意識に。
鉛筆の走る音に気付いたのか、彼女がこちらを見た。
思わず、紙をかくす。
古今東西、画家が金銭のからむ契約以外に、頼まれもせず、自主的に女を描くという行為は、その女にそそられている、ということわりをかくすために。
うまく誤魔化せるわけもなく。彼女は紙に気付き、興味からか見せてほしいと言った。
俺がしぶると、彼女は紙をとろうと、前かがみになった。
ワンピースの胸元から、胸の谷間がのぞく。
ちょっとそれは反則だ、とどこにいるかわからないレフリーに、心の中で抗議する。
抗議は聞き入れられず、腕をつかまれ、無理やり紙をとられてしまった。
「この絵私にください。誕生日のいい記念になるから」
俺の気持ちに気付きもせず、無邪気に言う。
「これ、走り書きだし。もらってくれるのならちゃんと描くよ」
芸術性を追求する画家ではなく、下世話な恋情を持つ画家には、罪作りな笑顔を残し、彼女は部屋から出て行った。
急いだのか、息を切らして帰って来た。スケッチブックとパステルを俺の前に置く。
「このパステル今日プレゼントで佳代ちゃんからもらったんです。先生使ってくだい」
「すごいね百色セット。ほんとに使っていいの。有賀さんまだ使ってないんだろ?」
「いいです。先生の方がこのパステル使いこなせると思うから。パステルの使い方、私も参考になるから、使って下さい」
「なんかハードル高くなったけど、あんまり期待しないでね」
彼女は、掌を開き俺の前に差し出した。掌には色とりどりの包み紙に包まれた、飴がのっていた。
「それと、飴どうぞ。絵を描く時のどかわかないですか? お茶だとこぼしたら大変やし。飴やったら大丈夫でしょ」
「なんか大阪のおばちゃんみたいだね」
「ひどい」
すねて、掌を握ろうとする。俺は彼女の手首をつかみ、飴を一つつまみ上げ口に放り込んだ。
「甘くておいしい、ありがとう」
俺がそう言うと、彼女も特大の甘い飴をほおばったように、笑った。
彼女の視線を真正面から受け止めきれない、よこしまな俺は、横を向くようにポーズを指定した。
視線を気にせず、彼女を存分に愛でる事ができる時間に、俺は夢中になった。
何時の間にか雨が降り出し、静かな室内に、鉛筆が紙の上をすべる音と、雨音そして、微かな寝息が重なった。
彼女は、壁にもたれ眠り込んでしまった。
その無防備な寝顔に呆然とする。
まったく、男として意識されていないという事実。胸がせつなくなった。
そのせつなさのせいか、彼女にそっと近づく。まったく、俺に気付かない。
気付いてほしいのか、気付いてほしくないのか、自分でもわからない。
胸に垂れる、長い髪を一ふさとり、自分の唇にあてた。
*
「もういいよ」
先生の声で、はっと目が覚めた。
自分がどこにいるのか、わからなかった。
先生の困った顔を見て、思い出す。
そうだ、絵を描いてもらってたんだ私。
寝顔を見られたというのも恥ずかしかったが、描いてほしいと自らお願いして眠りこけるなんて。どんだけ厚かましい態度だろう。
先生はいたずらっ子のように、にっこり笑って、
「いい寝顔の絵が描けたよ」
なんて言うので、慌てて先生の横に駆け寄りスケッチブックを覗きこんだ。
寝顔ではなく、ちゃんと目を開けて幸せそうに微笑んでいる私がいた。
「もー違うやないですか。でも、すごくきれいに描いてもらって私やないみたい。ありがとうございます。あっそれとすいません眠ってしまって」
「昨日遅くまで勉強してたんだろ?」
何でも、見透かしてしまうような鳶色の瞳にみつめられ、私はうつむいた。
「後は色をつけるだけだから」
先生の手の動きをじっと目でおう。パステルは何層にも塗り重ねると、魔法のように立体感が出て美しく発色する。先生の手で私の顔に生気が宿る。
私もこんな風に絵が描きたいと食い入るように見つめていたら、ふと先生の指先に目が止まった。
爪が細くて長い、綺麗な指。美しい物を生み出す手。私の手とは全然違う。
「私、夕食の手伝いしてきます」
先生と同じ空間にいるのがつらくなって、逃げ出した。
*
「手伝いなんていいのに」
台所に行くと、雅恵さんに言われた。
「今日おじいちゃんは?」
「最近、忙しいみたいで、今日も出張に行ってはります」
祖父も、もう七十代なのだから、ゆっくりしたらいいのに、と思うが会社の後継者がいない。
父が継いでいたら、母の人生も大きく変わっていたかもしれない。
過去をふりかえり、あの時こうすればよかった、って思っても、時間は一ミリも後ろには動かないのに。
夕方になり、雨が激しくなってきた。佳代ちゃんがレインコート姿で、ケーキの箱を下げて帰ってきた。
「ご飯できてる? お腹へったわ。ジジのケーキ買ってきたで」
北山通りにある「ジジ」は私の好きなケーキ屋さん。夕食の支度はできているので先生を呼びに行った。
先生は私がつくったハンバーグをきれいに残さず食べてくれた。空っぽのお皿を見て、こんなにうれしくなるなんて。普段私が食べ残しているお皿が、頭をよぎった。
食後にケーキを食べたが、さすがにローソクは辞退した。ケーキを食べ終わると先生がスケッチブックを差し出した。
「誕生日おめでとう」
開くと、パステルで彩られた私が瑞々しく浮き出るようにそこにいた。先生の目に映った十八歳の私。
「ありがとうございます。うれしい、大事にします」
先生は、なぜだか寂しげにうつむく。
*
日が暮れるのが遅い季節。でも、雨のせいか外はもう暗くなっている。彼女を家まで送る。
二人、傘をさして駅まで歩いた。雨は先ほどより小ぶりで、アスファルトの上にできた水たまりが、微かに振動していた。
「今日のワンピース似合ってるね」
彼女が照れて俯く姿が見たく、俺は唐突に言った。
案の定、俯く。俯いたまま話し始める。
「今日は私の絵を描いてもらったから、修理が進まへんかったんじゃないですか? すいません、無理言って」
「今日は雨も降ってたから、作業は進まなかったよ。気にしないで」
地下鉄の構内は、外の暗さとは対照的にばかばかしいほど明るかった。
「予備校はどう? ついていけそう?」
教師らしい、質問をする。
「みんなうまくて、最初はついて行くのに必死でした。今はなんとか、真ん中ぐらいのレベルは維持できるようにはなりました。一人熱心に指導してくれるバイトの先生もいるので助かります」
「京美大の学生?」
「はい、この間展覧会にも誘っていただいたんです」
男だろう。
俺は、彼女の事を本気で思うようになってから、女子高でよかったと心底ほっとした。
共学であったなら、発情期まっただ中の男子生徒のいやらしい目線に、彼女はさらされる。そんな視線にさらしたくない。でも、そんな男どもと、自分はいっしょなのだ。
俺は、彼女をさそうどころか、展覧会にいくなとも言えない。
ジェラルミンケースを連想する、銀色の車体が、ホームにすべりこんできた。
車内は混んではいなかったが、座席はすべて埋まり、立っている人が数人いる。
並んで吊革につかまり、前を向き外の暗闇で鏡のようになったガラス窓を見る。ガラスには、俺と彼女の姿が映っている。二人の間には、他人以上友達未満の、絶妙な空間がむなしく存在していた。
北山駅で降り、地上に出ると雨はもうあがっていた。雨上がりの清涼な空気はすがすがしく、俺は深く息を吸い込む。
「今度の土曜日の校外写生、参加する事にしました」
「ほんと? よかった。来週はお天気になるといいね」
彼女の家まで後ちょっと。後すこし。
お菓子の空き箱のような家が、見えてきた。
彼女の体から突然、警戒音が発せられ殺気をおびた気配が放たれた。
俺は戸惑い、彼女の視線の先を見た。
玄関の前に、鍵を回している人影がある。あの写真に映っていた女性だった。時をへて、幾分しわがふえているが、まだうつくしさをたもっているその顔。しかし、表情は生気がなく、能面を連想させる。
「あら、美月」
彼女の母親はこちらを見て、あきらかに俺を不審げに見ている。俺は誤解をとくべく、自分の素姓を明かし送ってきた事を説明した。
母親は無表情に、形通りの挨拶を返す。
彼女は先ほどの警戒音を、体中から発したまま、こわばった顔で俺に礼を言い、母親を押しのけるようにして家に入っていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる