B面の青春

澄田こころ(伊勢村朱音)

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B面「おまけのラプソディ」

コピー本

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 翌朝、ぬくぬくの布団からのそりと起き上がり、窓の外を見ると雪がうっすら積もり、淡雪がはらはらと舞い落ちていた。

 スマホで交通情報を調べると、このあたりの電車は遅延しているけど動いているようだった。

 今の時点で休校のメールは来ていない。学校にいかない選択肢はなかった。母には美術部で朝から集まりがあると言い、コピー本と液タブをカバンの中に入れて登校した。

 早朝の学校は閑散としているわけでなく、朝練の生徒の活気であふれていた。グラウンドは雪でぬかるんでいたので、校内で筋トレをしている生徒も多い。

 その中に、島崎先生を発見した。声をかけるかどうか迷っていたら、こちらに気づいてくれた。先生はテニス部の部員になにか指示を出して、わたしに駆け寄る。

「ありがとう、こんな朝早くから。ここじゃあれだから、教室いこうか」

 先生にこんなことを言われ連れ立って歩いていると、よくある先生と生徒の恋愛ものみたいだと、ちょっとだけときめいた。

 しかしすぐに、ときめきはしぼんでいく。恋によって距離を縮めたふたりではなく、BL本の貸し借りというオタク的距離のつめ方なのだから。

 先生がカギをあけ、暗い教室の中に入る。パッと電気がつけられ、目が一瞬くらんだ。目をしばしばさせて、カバンからブツの入った袋を取り出す。

 先生は受け取るとさっそく袋の中からBL本を出し、パラパラとページをめくり始めた。

「せ、先生、今じゃなくて、後で読んでください」

 目の前で男性教師に自作のBLを読まれるという、苦行に耐えられなかった。

「ごめーん。すぐ見たかったから。でも、原田さん絵が上手だね。さすが!」

 上手なんて言われると、ついつい流し見を許してしまう。

「この鷹男くんと、吉峰くんって。鷹峰晶くんと忍さんがモデルなの?」

 うっ、やっぱり先生でもわかるのか……。

「あ、あの、ふたりを揶揄するとか、そういう意図ではなく、純然たる萌えによる衝動で……」

「あっ、とがめてるんじゃないから。忍さんってたしかにボーイッシュで、かっこいいよね」

 先生はふとコピー本をめくる手をとめ、きょとんとした瞳でわたしを見る。

「でもさ、わざわざ男子にしなくても、一人称が僕のボクっ娘でもよくない? そっちでも萌えるかも」

 忍ちゃんをわざわざ男子にした理由……。そんなこと、考えもしなかった。

「原田さん、少女漫画も好きって言ってたから。女性をわざわざ男性にして描くって、どういう意図があるのかと思ったんだ。あっ、深い意味はないからね。気にしないで」

 わたしは自分の中に答えを見つけられなくて、薄い笑いを浮かべることしかできなかった。

 それから先生はもう一度礼を言うと、コピー本を袋に片付けて出て行った。わたしは今日最大のミッションを終え、自分の席にへたり込む。

 窓際の席からぼーっと薄暗い外を眺めていると、体育館の灯りが目に映る。中からは、バスケットボールの弾む音、掛け声が聞こえてきた。

 窓の外では、まだ灰色の雪が降り続いている。わたしは家から持って来た液タブを出し、ペンを握り画面に向かっても、頭の中では先生の質問が頭から離れなかった。

 ――女性をわざわざ男性にして書くって、どういう意図があるのか……。

 別にたいした意図なんかない、たぶん、無意識……。でも、エゴとは無意識の中から生まれ成長するもの。

 たしか、なんかの本にそう書いてあった。

 答えの出ないことばかり考えていると、ちっとも原稿は進まない。ペンを指で回していたら、手元が狂い机の角にあたり派手な音を立てて床にころがった。
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