B面の青春

澄田こころ(伊勢村朱音)

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B面「おまけのラプソディ」

腐男子さま

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 たしかに進路には悩んでますけど、そんな悩みは先生にネームを見られて吹っ飛びました。

「あ、あの全部読みました?」

 せ、せめて前半だけにして。後半はがっつり保健室のベッドでのエロシーンなんだから。

 あれっ? そんな卑猥なものを見つけられた時点で、わたしの高校生活は完全に終わったんじゃなかろうか。

 ひょっとして、退学? 校則にBL漫画執筆禁止って書いてあったっけ? 

 というか、このネームが忍ちゃんと晶くんをモデルにしてるって、先生にはわかったかな。いちおう名前なんかは全部かえてあるけど、キャラの見た目はかなりふたりによせている。

 もし、ふたりをモデルにしてるって先生にバレたら、いじめを疑われるかもしれない。だって、ふたりの裸体を漫画の中で晒してるんだから! 

 裸体どころか、あんなことやこんなこともさせている! これって完全に人権の蹂躙、いじめ案件に該当しそうだよ!

 でも、違うんです。いじめじゃなくて、推しを自分の作品の中で愛でているだけなんです。オタクの妄想の発露なんです。夢の世界なんです。どうか許してください!!

 ……って、オタクの性癖を熱く語られても、体育会系の島崎先生には、理解不能だろう。もうだめだ。死んだ……。

 教室の暖房はとっくに切れていて、足元からしんしんと冷気が漂っている。それなのにわたしは全身で汗をダラダラと垂らし、先生の口から死刑宣告を受けるのを待っていた。

「もちろん、読んだよ!」

 チーン……終わった……。

「これって、下書きだよね」

「下書きっていうかネーム……」

「ネームっていうんだ! じゃあ、完成した原稿もあるってこと?」

 そのネームの完成原稿は、まだない。でも、他の完成原稿はある。

 先生のいう完成原稿がどちらを指しているか、わからない。わからないけど、先生の声に非難が含まれていないような気がして、わたしは上目遣いでうなずいた。

 すると先生は、ものすごくキラキラした目で信じられないことを口にした。

「読みたいんだけど」

「いやいやいや! これ、BLなんですけど……」

 あっ、言っちゃった。自らカミングアウトしてしまった。わたしって、バカだ。でも先生は怒るどころが、かわいい恥じらいの表情を浮かべた。

「わかってるよ。僕、実は少女漫画とかBL好きなんだ……」

 ふ、腐男子だ……。かの有名なまぼろしの腐男子が、今わたしの目の前で乙女みたいに恥じらってこちらを見ている。マジか!!

 ちなみに、腐男子とは、BL漫画を好んで読む男性のことである。そもそもBLとは女性が読む、男性同士のアツい関係性――エロを含む――の物語のことである。

 あくまでも、対象読者は女性であった。それが、近年男性も読むようになってきているそうだ。噂でその存在を認識していたが、都会ならいざ知らず田舎でその生態を目撃することはなかった。

 なかったんだけど、とっても身近な先生として顕現したわけである。

 体育教師がBL愛好家という事実を、もっとつっこんで訊きたい。すごく興味がある。なんなら、お友達になりたい……。って、そんなことをしている場合じゃない。

 幸運なことにこの流れは、どうも死亡ルートではなく、生存ルートのようだ。であれば、全力で生存ルートをまい進しなければ、詰む。

「えっと、自宅にコピー本がありますけど……」

 コピー本とは、同人誌の中で一番手軽に作れる本のことである。液タブで描いた原稿をコンビニでコピーして、ホッチキスでとめてつくったものだ。

 そのコピー本は数冊存在する。漫研や同級生から帰ってきたコピー本を、自宅の屋根裏に保管していた。

「ほんと? すごいね。自分で漫画描いて、本にするなんて」

 先生に手放しで褒められると、正直うれしい。後ろめたさを吹っ飛ばし、テンションの高い明るい声が出る。

「明日、持って来ますね」

 もうノリは、同人仲間のそれである。

「ありがとう。朝練の時間でもいいかな? 明日は放課後研修があるんだよね。って、雪でどうなるかわからないけど」

 明日の天気は雪の予報だった。この地方で少しでも雪が積もると、交通機関は麻痺する。降雪のタイミングで、明日の予定は大幅に狂いそうだ。
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