B面の青春

澄田こころ(伊勢村朱音)

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B面「おまけのラプソディ」

後すがた

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 窓際の席に腰をおろすと、すぐに担任の島崎先生が教室へ入ってきた。いつもジャージ姿の先生だけど全校集会の後なので、スーツを着ていた。

 先生は三十代前半で、童顔なので年齢より若く見える。体型は背が低くがっちりしていて、ころんとしたダルマに似ていた。

 なのではっきり言って、今着ているスーツが似合わない。その似合わなさを生徒がいじり始めても、怒るわけでもなくあっけらかんと受け流していた。

「はーい、静かに。全校集会お疲れさま。これから進路調査のプリント配るから、一枚とったら後ろにまわすように」

 先生は、列ごとに枚数を数えて配り出した。

 まだ二年生だと思っていても、春になれば三年生だ。進路調査は一年生の頃から行われていて、二年生でも一学期に一度あった。何度も進路調査をされるので、大体の子はもう進路を決めている。

 将来は美術の先生になれば、好きな絵を続けられるという両親の助言に従って、わたしは教育大学の美術専攻と書いて提出していた。

 美術系の大学にいくと、デザイン系以外はほぼ就職のあてはない。絵だけで食べていける人なんてひとにぎりで、ほとんどの人はアルバイトをしながら公募に出し続けるか、ネットに自分の絵を投稿して仕事を探す。

 そのような生活を数年続けて目が出なければ、普通に就職するというコースが一般的だった。

 なのでひとり娘に無職という肩書をつけたくない両親に、選択を迫られたのだ。デザイン系にいくか、美術教師を目指すか。

 まだまだ将来設計なんてうまく考えられないけど、とりあえず自分のしたいことは絵をずっと描いていたいこと。

 できれば、油絵か日本画をやってみたい気持ちもある。しかし両親を説得できる自信がないという消極的理由で、教育大学の美術専攻にした。

 今度の進路調査でもそう書いた方がいいのだろう。でも、それで本当にわたしは納得しているのかな。自分のことなのに、自信が持てない。

 なんて頭の片隅で考えていると、前列の大きな背中が、プリントを手にして振り返る。

 瞬間後光がさし、あまりにお美しいお顔を直視できずに目を細めた。忍ちゃんのいとこでありこの学園の王子さまの晶くんが、平民のわたくしめに話しかけてくださる。

「あのさ、原田さん。忍の進路について何か聞いてない? やっぱり美大にいくのかな」

 わたしはプリントを受け取りつつ、血圧の急上昇を察知する。息も絶え絶えだけど、返答をお待たせするわけにもいかない。大きく深呼吸して心臓を落ち着かせた。

「えっと、わたしは何にも聞いてないけど」

 美術部の顧問の清水先生は、忍ちゃんに以前から美大の進路を勧めていた。忍ちゃんは色よい返事をしていなかったけど、さすがに今回の受賞で自信がついただろう。

 でも、わたしははっきりと忍ちゃんの口から進路を聞いたことはなかった。

「鷹峰くんは、進路どうするの?」

 晶くんと会話できた喜びから、図々しくも質問してしまった。

「東京の医学部を目指すつもり。子供の頃から医者になるって、決めてるから」

 さすが、王子さま。自分の進路に一点の迷いもない。

「原田さんは? やっぱり、美大にいくの」

 ど、ど、どうしよう。ここは合わせて美大にいくって言った方がいいのかな。いやいや、嘘はいけない嘘は。わたしは選ばれた人間じゃないんだから。

「わたしは、忍ちゃんと違ってそんな絵がうまくないし。美術の先生になろうかなって」

 私の返答に、「原田さん優しいから、先生合ってるよ」なんてことを言われて、昇天しそうになった。

 そっか、先生ってわたしに合ってるのか。きらめく笑顔で言われると、催眠術をかけられたようにさっきまでなかった自信が湧いてきた。

 でもふと、忍ちゃんの進路をわたしに訊いたという晶くんの行為の裏側にひそむ、影のようなものに気がついた。

 忍ちゃんと晶くんはいとこなんだから、わたしではなく本人に訊けばいいのに。わたしなんかに訊ねる訳は、つまり本人には訊きにくいということで……。

「あのお、わたしより忍ちゃんに直接訊いた方が、いいんじゃないかなあ」

 わたしの探るような質問に、晶くんはあわてた様子で早口になる。

「ああ、言われてみればそうだ。今日、ちょうど会うしその時にでも。ごめん、原田さん。変はこと訊いて。あの、忍には黙ってて」

 いつも自信に満ちた王子さまが、焦ってらっしゃる。おまけに、捨て犬のようなすがる目でわたしをご覧になっている。

 王子キャラとわんこキャラとのギャップに、鼻血が出そうだ。そのような貴重なお顔を拝ませていただいたのですから、もちろん黙ってますよ。

  鼻血を我慢して、わたしはコクンとうなずいた。
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