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A面「サヨナラ、二月のララバイ」

父の帰宅

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 晶みたいに勉強ができたら、運動ができたら、素直ないい子なら……。俺のこと見てくれた?

「ここに、いたのか」

 突然声をかけられ、心臓に痛みが走る。振り向くと、父が立っていた。叔父さんが愛嬌のある狸ならば、父は疲れてしぼんだ狸だった。

「髪また切ったのか?」

 父は俺を見て、叔母さんと同じことを言う。

「少し伸びて、うっとうしかったから」

 父は疲れがにじむため息をつき、仏間に視線を向けた。

「あれは、なんだ?」

 骨壺の上におかれたチョコレートを顎で指し示す。

「チョコもらったから、母さんにお供え」

 そう言えば今日バレンタインだったな、とつぶやきながら仏間を出て行った。父の後に従って食堂へ戻ると、カバンから書類を出し父の前においた。

「進路希望の書類に、ハンコをください」

 父はネクタイを緩めながら、視線を走らせる。

「何も書いてないじゃないか」

「医学部にする。まだ具体的な大学は考えてないけど。父さんに会った時、ハンコもらわないと」

 俺の言葉を聞き、先ほどと同じため息をつく。父との会話の行間は、だいたいため息で埋められる。そのため息をつかせているのは、自分なのだから居心地の悪さに耐えないといけない。

 父は太い首から抜き取ったネクタイを、食卓の上に放り投げた。

「今日絵で賞もらったらしいな。それなら、医学部より美大にいった方が、いいんじゃないか?」

 コチコチと柱時計の乾いた音が、暖房の入っていない寒々とした食堂の底にたまっていく。

「母さんが言ったことなら気にするな。おまえの望む進路なら、きっと応援してくれるだろ」

 母さんは最後に入院した病室で、呪文のように「医者になって」と俺に懇願した。ガリガリにやせた腕をのばし、俺の頬に触れて何度も繰り返した。

 体から水分がぬけ出て声も肌もカサカサになった母さんの、最初で最後の俺への願いを無視できるわけがない。

「違う、自分で考えた」

「そうか」と父はそれだけを言い、椅子にどかっと腰をおろした。目頭を親指と人差し指でつまむと、またため息をつく。

「今年母さんの七回忌なんだ。その時、うちの墓に納骨しようと思う」

 母さんは、うちの墓に入るのを嫌がっていた。はっきりとは言わなかったが、婆さんと死んでからもいっしょにいたくなかったのだろう。

「何時までも、家においておくのも。別の場所に納骨したら、親戚の手前いろいろとなあ……」

 納骨は、通常なら四九日か一周忌に行われるそうだ。それを七回忌まで伸ばしたのだ。母さんのわがままには十分答えた、と父は言いたいのだろう。高校生の俺が、異を唱えられることではない。

 ハンコを忘れないようにだけ言って、父を残し食堂を後にした。
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