B面の青春

澄田こころ(伊勢村朱音)

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A面「サヨナラ、二月のララバイ」

おとぎの国

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 最初四人だった食卓に途中から早く帰ってきた叔父さんまで加わり、賑やかさが倍増した。この家の人は、みんなおしゃべりだ。

 美優が学校の不満を言うと、晶は高校生になったらもっと大変だと、年上風をふかせてすかさず茶化す。ワインを飲んでいる叔父さんは、大きな声でふたりのやりとりを笑っている。その叔父さんを叔母さんが笑いながらたしなめた。

 ドラマの中だってこんな理想的な家族、そうそう存在しない。

 俺は暖かな家族団らんのはしっこで、もくもくと箸を動かしていた。いつ何時、晶の訊きたいことを振られるかと身構えながら食べていると、ローストビーフはゴムの味がした。

 いつもひとりで食べている俺にとって、晶のことをのぞいても、こんな大人数の食事は苦痛でしかたがなかった。

 スマホやテレビを見ずに、会話と食事に集中しないといけない。俺だけさっさと食べ終わるわけにもいかない。みんなの食事のペースを見ながら箸を進めないといけない。

 こんなに気をつかって食べないといけないなんて、まるで宗教儀式のようだ。

 儀式は終盤にさしかかり、ようやく最後のデザートにたどりつく。バレンタインデイのメインディッシュは白い陶器のカップに入った、フォンダンショコラだった。

 そっとスプーンを入れると中からとろけたチョコレートがのぞき、銀のスプーンにねっとりとまとわりつく。

 こぼさぬよう、慎重に口へ運ぶ。少し苦みのあるチョコレートの甘さが、口の中に広がった。濃厚な甘さはいつまでも舌の上にとどまり、喉の奥になかなか消えてくれない。ブラックコーヒーでそのくどい甘さを押し流した。

 昔はチョコレートが大好きだった。すぐに消えてしまわない、後をひく甘さ。何時のころからだろう、その執着する甘さが苦手になったのは。

 きれいに食べ終わると、今日の苦行はこれで終了だ。晶はひとことも俺に話を振らなかった。家族の前では訊きにくいことみたいだ。それならば、晶とふたりきりになる前に、逃げるに限る。

「ごちそうさまです。今日は、自分のためにお祝いしていただきありがとうございました。おいしかったです」

 礼を述べて席をたつと、叔母さんに引き留められた。

「まだ、いいじゃない。もうちょっと、いたら? 家に帰っても……」

 それ以上叔母さんは口にしなかったが、言いたいことはなんとなくわかる。

『さみしいでしょ』

 家にひとりでいるよりこの家族といる方が、何倍もさみしいと俺が思っているなんて、叔母さんは思いもつかないだろう。

 俺は無理やり口の端をあげて、薄く笑う。

「宿題もあるし、勉強したいから……」

 大人は勉強という免罪符を出されたら、引き下がるしかない。叔父さんは赤い顔で、「またおいで」と陽気に言ってくれた。

 そのあっけらかんとした台詞が湿っぽさを払しょくしたのか、叔母さんも席をたった。

 リビングを出る俺の後からぞろぞろと、この家の人たちがついてこなくてもいいのに全員ついてくる。

 この家の吹き抜けの玄関は、温かみのあるオレンジ色にそまっていた。その光は叔母さんお手製のステンドグラスがはめ込まれた縦長の窓に反射し、一層華やかで誇らしげに輝いていた。

 ここは、おとぎの国かよ。

「今日はあ、兄貴もうすぐ帰ってくるよ。珍しく会議が早く終わったから」

 狸のような体型のおじさんは、大きな体をゆすりながら言う。総合病院の院長は父、副院長は叔父。父は、家に帰ってこない日も珍しくない。

「忍ちゃんのことお、兄貴にも言ったらあ喜んでたよ。帰ったら、お母さんにも報告しなさいねえ」

 叔父さんは、ワインのせいでろれつが回っていない。思わず笑みがもれ、笑いながら別れの挨拶を言うことができた。

 晶とふたりきりにならず、この押しつけがましいおとぎの国からようやく帰還できるとしんそこ安堵した。けれど、マフラーと懐中電灯を手にした晶を見て、大事なことを失念していた自分を殴りそうになった。

「家まで送って行くから」

 そんな必要はないと断る前に、晶はスニーカーをはきだした。

 そうだ忘れていた。この家から帰る時は必ず、晶が俺を家まで送るのが習わしだった。だからあいつは、何も訊いてこなかったのだ。晶とこの家で同じ空気を吸った瞬間から、ふたりきりなる時間は確定していた。

 俺と晶の家は、同じ敷地内に建っている。広い敷地だからと言っても、五分もかからない距離だ。それでも、晶は俺を家まで送る。
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