魔術師見習いの成長譚(仮)

Curren

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【本編】第5章 『夢』

第11話

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ソラ「ふう。」

一件落着と言ったところか。
ソラは手をパンパンと2回叩いてため息をついた。

ヒカリ「あ、あの、ありがとうございました!」

ソラ「いいよ。それによく無線で声出さなかったね。」

ヒカリ「あ、あれは、咄嗟にですね…。声も出せる状況ではありませんでしたから。」

その咄嗟という判断が今回の行事において成功だということにソラは気づいていた。
もちろんその場で応答すれば状況は悪化していたはずだ。
しかし、その場の雰囲気だとしてもそれに適した対応を実際にとることが出来たヒカリは十分魔術師として成長していると言える。

ソラ「さて、もうひと仕事かな。」

ソラはオペラの方へ向かった。
そこにはうずくまっているシエルもいる。

ソラ「どう?」

オペラはソラの問いかけに無言のまま首を振った。
ヒカリもリティスも心配の目を向けている。
あまり時間をかけすぎると何が起こるかわからないだろう。

オペラ「ソラ。」

ソラ「うん?」

オペラ「もしかしたら、この子…。9年前の、アリシアの…。」

ソラ「!!…なるほどね。」

ヒカリとリティスはその時2人が何を言ってるかわからなかった。
アリシアとは地名であり、アストルムの東方向に位置する隣の地だ。
ソラとオペラはそのアリシアという地に何か詳しいのだろうか。

シエル「なんで…違う。黒はそんなこと…。信じない。」

ソラ「……。」

ソラはしばらくシエルを見つめるだけだった。
しかし、ヒカリもリティスもそのソラの顔はどこか悲しそうな顔をしていると感じた。
同情するような、謝っているような。

ソラ「あのさ。」

シエル「っ…!」

ソラはシエルの視界に入るようにしゃがみ声をかけた。
その時のシエルの反応はソラを怖がっているような感じだ。

ソラ「無理に受け入れようとしなくていい。」

シエル「え…?」

ソラ「恐らくだけど、君はこれまでに数々の残酷な場面に遭遇してきたんだと思う。」

静かにゆっくりと、会話をすると言うよりも相手の心に伝えるようにソラは優しく話す。

ソラ「残念だけどその残酷さは本物で、君が抱く恐怖も憎悪も絶望も、何にも覆らない本物。」

シエル「何を…。」

ソラ「その痛みは誰にも理解されないかもしれない。けど、少なくとも俺は共感できる。」

シエル「何をわかって…!」

ソラ「ああ、何もわかってないよ。でも君のその悪感情は僕にも似たようなものがある。けど、それは決して悪いものでは無いと僕は思ってる。」

シエル「お前が…それを言うな…。」

次第にシエルは涙を流していた。
己の心に焼き付いた痛みトラウマは簡単に癒えるものじゃない。
いつどんな時も苦しみに苛まれ、葛藤を招く。
その葛藤に今、シエルは悩まされていただけだ。

ソラ「……。」

そしてソラは無言になってしまった。
重い静寂の空気が少しの間流れた。

シエル「あーあ。」

落ち着いたのか、シエルがうずくまった状態から体を伸ばし、地面に横になった。

シエル「なんか、お前に説得されてる自分がおかしく思えてきた。」

ソラ「…それはよかった。」

シエルはそのまま起き上がる。
その時の顔はまだ苦しみが消えてた訳ではない。
それでも前を向くと決めたような明るさが感じられた。

ソラ「それから…その…。」

ソラは何かを言おうとした。
しかし、それ以降言葉を発することはなかった。
すると隣に立ってたオペラが肘でソラを軽く突いた。

オペラ「ん。」

ソラ「いたっ…。わかってるよ。その…この前は悪かった。」

シエル「え?」

ソラ「練習中の時、君のこと何も知らなくていい加減なことを言ってしまったから。君にとって2人は大事なものだもんね。」

シエル「あ…。」

今となってはシエルがあの時あの発言をした理由がわかる。
先程オペラがアリシアの名を出さなければ未だ知らないままだったが、知ってしまえば謝罪する他なかった。

シエル「こっちこそ、…ごめん。」

なんとかこれで2人は和解出来たのだろうか、ヒカリとリティスはほっとしたように和んだ笑顔を見せた。

ソラ「さてと、もうここは出よう。僕とオペラはいない方がいいかい?」

その発言に3人は驚いた。
共に行動すればアタッカーとサポーターでお互いに実力を発揮することが可能である。
しかし、そうしないことによってまた3人が敵対した時にこちらが不利になることはわかっているはずだ。
やはり、一緒に行動するには足手まといだろうか。
それとも──。

ヒカリ「私は一緒に行動した方がいいと思いますわ。」

リティス「わ、私もです!」

ソラの発言の意味はシエル次第ということになる。
シエルの気持ちを気遣っての発言なのだろう。

シエル「…私も行く。」

ソラ「決まりだね。それじゃ、よろしく。」

その言葉と共にソラは手を出す素振りをした。
しかし、何か考えたのか躊躇うように手をしまった。

ソラ(9年前のアリシアの襲撃事件か。)

9年前アリシアでは、アリシア全土にわたる襲撃が行われた。
多数のモンスターが一気に街を襲いだしたのだ。
だが、そのモンスターは決して野生のものではなく、人の手によって使役または洗脳されていることだけわかっている。
その主犯は未だに不明だ。

ソラ(こういった事件は何度か他の国でも起きている。アリシアでの一件の始まりはアリシア首都から外れた小さな村と聞いたことがある。まさか、その…。)

オペラ「ソラ。」

ソラ「え…あ、悪い。」

ソラ(今はこっちに集中だな。)


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


アンナ「《ブリッツストーム》!」

フェン「ふっ!」

荒れた地面、倒壊した建物。
瓦礫が辺り一帯に転がり、土煙が一層視界を悪くした。

フェン「避けてばかりですか?先程までの威勢はどうしました?」

アンナ「っ…!」

対峙してからおよそ5分。
こちらとしては躱す、防ぐので精一杯だ。
周りの環境もあって特にフェンの異能シノニムは輝く。
相当な鍛錬を積んでいるのか、付け入る隙は一切見せてくれない。

アンナ(こうしてても埒が明かない…!どう攻略すれば…。)

一瞬の油断が命取りとなる。
近づくことも許されなければ遠くからでは攻撃が遮られてしまう容赦のない魔法に焦りは募るばかりだった。

アンナ(…違う。小手先の戦いなんて中途半端になるだけで通用するはずない。私は今までの練習の成果を発揮するだけ。)

アンナ「《ボルトチェイン》!」

アンナの魔法は全て防がれてしまう。
もはや魔法を撃つだけマナの無駄遣いだと感じさせられた。
しかし、攻撃しなくては勝機はない。
何か反撃の糸口となるものが見つからないだろうか。

アンナ「《ボルトチェイン》!」

フェン(なるほど、さすがは頭が回りますね。ですが、その程度では私を倒せない。)

フェンもまたアンナの戦い方が変わったことに気づいていた。
もちろんその目論見もだ。
《ボルトチェイン》とは、放たれた雷撃が物質を通して連鎖していく魔法である。
辺り一帯に散らばった細かい瓦礫はフェンの異能シノニムによって宙を舞っていた。
それを利用することで本来ならない軌道で遠くから攻撃することができ、誰にもその軌道は読めない武器技となる。

アンナ(……見つけた。)

何度か繰り返していくうちに情報を掴めてきた気がした。
魔法を凌ぐために自分への攻撃から防御にマナを割くため、その間自分への攻撃が多少疎かになる。
そして、防御したあとまた攻撃を仕掛けるのに本当に一瞬だが間が空いていた。

アンナ(もう少し意識させてからね。)

仕掛けるタイミングを悟られぬよう、出来る限り少しでも多くの情報は集めておきたい。
様々な方法でその気づきが本当かどうか確証を持っておきたいのもあった。

アンナ「《ブリッツストーム》!」

やはりフェンの異能シノニムには上限がある。
思惑通り攻撃に徹していたマナ量が減少し、その分防御に徹していることが伺えた。

アンナ(じゃあこれは?)

アンナ「《エレキゲイザー》!」

試しに広範囲に及ぶ範囲攻撃魔法を撃ってみる。
単発攻撃と違って魔法を防ぐ量が純粋に増加するためだ。

フェン「……。」

フェンは無言のまま左手をスライドし、軽々と魔法を防いだ。
しかし、意外なことに単発攻撃と比較して攻撃と防御のマナ量の比率はほぼ変わらなかった。

アンナ(でもこれではっきりした。攻撃を防ぐ時のマナはあれより増加しない。言ってしまえば攻撃に使うマナもあれより減少しない。付け入る隙はある。)

そして隙もまた、計算済みだ。
攻撃を防いでからフェンが腕を振る。
その過程の時間を如何に伸ばせるか。
そして、その過程で攻撃を加えられれば自ずと隙は出来るはずだ。

アンナ「《ボルトチェイン》!」

アンナ(まずは視線誘導。嬉しいことにさっきから私が回避するために動き回ってるおかげで多方面からの攻撃も違和感を成さない。)

フェンの周囲を俊敏に動き回り攻撃を加えていく。
もちろんそれも簡単な話ではないが、今の実力ならば大きな問題はなく、むしろこういった俊敏性が問われる戦闘は得意だった。

アンナ「《ボルトチェイン》!」

アンナ(ここ!)

アンナは魔法を躱すために《エレキスパイラル》を使用し、高く宙に浮いた状態から《ボルトチェイン》を放った。
この自然な流れで仕掛ける事こそが最大の目的。
フェンは魔法を防ぐために上を向かなくてはならない。
その間に持ち味の俊敏性を活かし、反対側の下から回り込んで攻撃を加える。

アンナ(入った…!これで私の──!!)

アンナ「《ブリッツストーム》!」

フェン「!!」

高い姿勢、上へ向いた視線、瞬間的にマナが減る僅かな時間。
ずっと遠距離で戦っていたことを利用し、急接近からの背後かつ下方からの攻撃。

アンナ(──勝ちだ。)

雷撃が周囲に勢いよく拡散した。
それと同時にフェンとアンナを中心にして周囲に突風が吹き荒れた。
それにより邪魔となっていた瓦礫や砂塵は全て外野に放り出される。

アンナ「はぁ…はぁ…っ。」

小さく、そして細かく息を整えるように荒れた呼吸が周囲に響く。
静寂を包んだその場に流れる空気は圧迫されるほど緊迫感に迫られた。
やがて時間が経ち視界が晴れ、目の前の状況をようやく確認できたアンナは、思わず息を呑んだ。

アンナ「…!!」

フェン「残念、でしたね。」

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