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異端なる奇跡
神域に巣食うモノ
魔法使いアクゼリュスは強固な拘束と共に厩にぶち込み、私たち騎士は村民より貸し与えられた母屋で聖痕認定の会議を始めていた。
「出鼻をくじかれるようになってしまったが、我々聖痕探索福音騎士団の指針は変わらん。このオルロス村で起きている奇跡の真偽をこの目で確かめ。清き奇跡あるか確かめるぞ」
隊長の確固たる信念を述べ、地図を広げた。
「イーストウッド大森林は、広大だ。下手を打てば永遠にこの森の中を彷徨う事になる。各員コンパスの携帯は忘れるな」
「しっつもーん」
軽々しい口調と共にベーヴィンが手を挙げ、ヘラヘラと胡散臭い笑い顔を浮かべながら隊長に聞いた。
「前回の聖痕認定でオルロスの奇跡は否定されたのに、今回に限って何ーんで再認定を?」
「前回の調査の報告に眼を通していないのか?」
「俺、字読むの苦手なもんで」
隊長はハアと大きなため息を付いて、説明する。
「前回の調査では、死者の蘇りは『遺物』と認定されていた。聖痕の痕跡は確認されたが、すでに神の神格たる祝福は効力を失い、死者が蘇るどころか、深き森の獣すら立ち入らない地域と化していて、聖痕認定は見送られたんだ」
「じゃあ、今回はその神格が復活したって事っすか」
「再臨した可能性はある。しかしながらそれは神がこの地に降りて来た事でありそうであれば、死者復活どこの話ではなくなる。確実な神の降誕だ」
カミラは手を挙げていた。
「神が降誕したとなると、主の神アルデールと言う事になるのですか? 。そうであれば、我々ではなく教皇庁直属の祝福認定官も来られるのでは?」
「ふん……ランドールの疑問も確かだ。これは伝承だが、この地方ではアルーデル信仰とは別の神がいたとされる」
別の神。
このダイダロス大陸で最大勢力の信仰を持っているのは善神で我々の主たるアルデールであるとされているが、しかしながら大陸各地に散っている複数の民族の中では固有の民俗信仰が存在しているのは確かだった。
砂漠の民ウィストであれば『水の神ウォースト』。海抜の船乗り達ならば『船守神クファート』で、それぞれの神を信仰している。
その神々は大抵が人々に寄り添い、慈しみ深き祝福を齎してくれている。
しかしながら時として荒ぶる神も存在している。
マンディス渓谷の民たちの間では死と願いを叶える『死の女神ロスト・ディビィ』や、海深き所に住まう『魔海バルドガ』は人を食らい畏怖されて信仰されている。
それらは人を害する魔神であり、最も人々に災悪を与えたのはアルク民族が信仰する『悪神アルバナ』であろう。
神と神との権威の、神格を得るために人々は争う。故に『ダイダロス大戦』が発生し混乱が起きたのだ。
「魔神……では?」
「魔神認定は我々の仕事との範囲外だ。それらは忌々しい事だが、『魔法使い』の仕事だ。人を蘇らせる奇跡、人は歓喜にするが、冥界に混乱を齎される。神のお考えは判らないが、バランスを崩す為か、それとも単なる幸福を齎す祝福か。それらを見極めなければならない」
隊長は別の報告書を取り出した。
黒い背表紙のそれは、少々厄介な代物だった。
「ここ最近この周辺で『アクマ』と思われる魔物の存在が確認されている。聖痕認定も我々の仕事の範疇だが、魔物討伐も我々の仕事だ。引き締まっていくぞ!」
『はい!』
カミラたちは声を張り上げ心臓に手を添え、騎士儀礼の姿勢でその言葉を受け止めた。
「明日、イーストウッド大森林の神域と呼ばれる場所に征く。各々精気を養うのだ」
会議はそれでお開きとなり、カミラは少し安堵する。
隊長の気迫は年の功で鬼気迫るものがある、周囲の仲間たちも似たような感じで思い思いに母屋から出て向かった場所は、酒場であった。
幾ら寂れた村であろうとも、酒を呑みたがる者たちはいるモノでこのイーストウッド大森林地方の特産品と言えば複数の薬草で作られた『パリツ』と言うハーブ酒が有名だ。
酒場は一瞬にして騎士たちで占領されウエイターはてんやわんやしているが、騎士とて分を弁えている。気性の荒い傭兵や山賊破落戸とは違い、聖都の紋章を背負っているのだ。悪名だけは建てないよう穏やかに粛々と酒を楽しむ。
カミラは席に着きウェイターにパリツを頼んだその時だった。
ドカッと向いに座ったベーヴィンだった。
「よう、『お嬢ちゃん』。酒の席だってのに相変わらずお堅い顔してるねえ」
「ベーヴィン……あなたこそいつにも増してふざけているのね」
「そりゃあふざけないと損ってもんだろう? 。こんなお堅い連中の中で道化を演じられるのは俺だけだ」
ベーヴィンとは聖ウルスール祝福学校とよく祝福の強度と成績を競った。真面目で、そして思慮深く聡明。故に人の気持ちや感情を逸早く気づき、和ませる。
騎士団に配属されてから彼が道化を演じるのは、騎士団全部に偏に言えるお堅く規律を重んじ自らを縛り上げるそれにみんな窒息しかけているからだった。
一人でも気を抜いている者が居れば自ずとそれに引き摺られみんなが道化になる。
気を抜き過ぎるのも悪いが、彼の場合そう言った事はなく守るべきルールを守ったふざけ方をして皆の重圧で圧し潰されそうな精神を保たせていた。
「今回の聖痕。レディの真意は?」
「清き聖痕であることを願うわ。異端の神の御業ではなく」
「じゃあよ。あの厩の魔法使い、なーんで現れたんだ? 。ハハハッ、おりゃあコイツは黒と思うねぇ」
「異端だと? 。見もしないでそう言うのは背徳的だと思うわ」
「神様ってのは見えないからこそ良いんだろう。人は見えないから祈れる。近くにいたら委縮しちまう、見えないからこそ、遠いいからこそ親しみが湧くってもんだ」
「神様と友達にでもなりたいの? 。馬鹿ねえ、友になってはそれは神とは言えないわ。それこそ異端よ」
「ハッ、神を憂う『聖女』様は言う事が違うねぇ。でもまあ、一理あるな。神は崇拝されるべき存在だ。友達になちゃあ変だなあ」
ウェイターが持ってきたパリツのグラス。深いグリーンの色をして独特な薬草の匂いと酒精の香りにベーヴィンは待ってましたと言わんばかりにそれに口を付けた。
「この森に潜むのは神様か、それとも異端の霊神か。──この酒を捧げて荒ぶる神ならきっとろくでもねえよ」
鼻で笑うベーヴィン。カミラの目に見えていた彼の醸し出すエーテルの雰囲気に妙に引っかかる。
エーテルは人と、人の魂に深く関わりを持った大気中に漂う神の残滓であり残り香。それが意味しているのは神が存在していたと言う事実と、神がすでにこの世界に居なかくなったと言う残酷な真実。
微かに残ったエーテルが人の魂と呼応し『オーラ』となる。
オーラを知覚できる人間は少ない。聖霊11族の中でも限られた人間だけが視られる異能だ。
オーラは人の内なる欲望を不定形な色や模様として見れる。彼はどうしたいのか、どういった願いを持っているのかそれがオーラとなってカミラの目で視認できていた。
「何か、不安な事でもあった。悪い事?」
「……この遠征の前にな、兄貴が死んじまったんだ、落馬だってよ。笑えるだろ? 。今時落馬で死ぬなんてヘマするのは馬鹿のやる事だ」
「人はいずれ神の身元に征くべき定めよ」
「じゃあなんで人は蘇った? 。この村での奇跡は世界のルールに反している」
「それは……──」
カミラも強く言えなかった。世界の通りに反する奇跡がこの世にある事に疑問を持つのは致し方ない事。だか、それだからこそ、それは奇跡であり『聖痕』と呼ばれるのだ。
「兄貴に謝っておけばよかった」
「喧嘩?」
「いや……、いや、そうだな。喧嘩だ。ろくでもないこの面のせいで」
自分の顔が憎々しいと言わんばかりに掻き毟るベーヴィン。
「俺は、この面のせいでこの顔のせいで兄貴の嫁さんに、見初められちまった。それ以来口利いてね」
伴侶の縁に色事は付きもだが不道徳な、『浮気』など。
彼はそれに罪悪感を持っていた。望まぬ恋だったのだろう。
一方的な恋慕を寄せられ、そしてベーヴィンの兄嫁に言い寄られ兄との関係に亀裂を生んだ。
どう慰めていいのかカミラは言い淀んでしまう。貴方のせいではない、そう言いたかったが、そう言ってしまうと彼の兄嫁に全ての責任を押し付けてしまう。
彼はそれを望んでいなかった。悪いのは自分の、自分の顔から産んだ増悪だった。
「謝っておけばよかった。家を出て、さっさと騎士になっておけばな……」
ベーヴィンの疲れた笑い顔は、悲しみに満ちていた。
哀れな、不憫で痛々しい笑い顔にカミラの顔は固くなってしまう。
「ああ……暗い顔すんなって。俺達は聖都の祝福騎士だ、世のため人の為に活躍できる機会を神様はくれたんだ。使命を全うしようぜカミラ」
「うん……そうね」
カミラもパリツのグラスを持って呑んだ。
──
────
──
翌朝、朝早くからカミラたちは馬に乗りイーストウッド大森林の最奥、『神域』へと向かい始めていた。薄暗がりの中カンテラの明かりを頼りに深き森林の奥地へと。
虫や獣の気配、木々の擦れる音と何かしらの気配にビクビクとしているカミラに隊長たちはその恐怖心も御くびにも出さず進んでいく。
エーテルの濃度も濃く、生き物たちの生命に溢れている森だ。
だがそれと比例するように魔素の濃度も比類なく濃い。
エーテルとマナ。それらは性質は似通っていながら本質は対極ある。
エーテルは大気中に霧散する『神の残滓』であり魂と共鳴させ奇跡を顕現させる。魂と共鳴する為にその者の生命力とエーテルの関わりは強く結びつく。
対するマナは言うなれば『神の残穢』。マナを操り奇跡を起こそうとすると何かしらの代償を求められる。それの対価はなんだっていい、金でも土でも木でも魚でも兎に角対価となる物が必要になりそれを得てマナは奇跡の形を顕す。
エーテルを媒介に行う業が『祝福』であり、マナを媒介に行う業を『魔法』と呼ばれる。
カミラたちは前者、『祝福』を主に使う騎士だった。
隊長が馬を止め手を挙げ、隊の進行を止めた。
カミラもその反応に過敏に反応していた。視えているのだ、渦巻くマナの蜷局をまくような荒々しいそれらが、草むらより出てくる生き物。
熊よりは小さく、狸や鹿よりも大きなそれ。無数に肉体に突き刺さった剣の柄や刃、それらを取り込んで肥大化している肉塊のようで、それらが形づくっていたのは途轍もなく巨大化した蟲であった。
視るのも辛くなってくる程、マナを大量に取り込んで変質し魔物化した昆虫類は総じて『スプリガン』と呼ばれている。
「皆、戦闘準備」
キシキシと歯を鳴らすスプリガン。その音に反応し無数の仲間を呼びよせている。
姿はまちまちだ、ムカデでもありハエでもありアリでもあるスプリガン達、それらに共通して言える事と言えばマナを大量に蓄え、肥大化し魔物化していると言う事だけ。
スプリガンを前にカミラたちは剣を抜き放ち、その刀身の腹を指でなぞり、祝福を唱える。
『聖なる純血。魔を討ち伐らん祝福たれ』
刀身に注がれるエーテル。それに反応しカミラの持つ剣、ミスリル製のそれらは絶大な切れ味を持った。
「──総員、解纜! アルデールの祝福あれ」
「出鼻をくじかれるようになってしまったが、我々聖痕探索福音騎士団の指針は変わらん。このオルロス村で起きている奇跡の真偽をこの目で確かめ。清き奇跡あるか確かめるぞ」
隊長の確固たる信念を述べ、地図を広げた。
「イーストウッド大森林は、広大だ。下手を打てば永遠にこの森の中を彷徨う事になる。各員コンパスの携帯は忘れるな」
「しっつもーん」
軽々しい口調と共にベーヴィンが手を挙げ、ヘラヘラと胡散臭い笑い顔を浮かべながら隊長に聞いた。
「前回の聖痕認定でオルロスの奇跡は否定されたのに、今回に限って何ーんで再認定を?」
「前回の調査の報告に眼を通していないのか?」
「俺、字読むの苦手なもんで」
隊長はハアと大きなため息を付いて、説明する。
「前回の調査では、死者の蘇りは『遺物』と認定されていた。聖痕の痕跡は確認されたが、すでに神の神格たる祝福は効力を失い、死者が蘇るどころか、深き森の獣すら立ち入らない地域と化していて、聖痕認定は見送られたんだ」
「じゃあ、今回はその神格が復活したって事っすか」
「再臨した可能性はある。しかしながらそれは神がこの地に降りて来た事でありそうであれば、死者復活どこの話ではなくなる。確実な神の降誕だ」
カミラは手を挙げていた。
「神が降誕したとなると、主の神アルデールと言う事になるのですか? 。そうであれば、我々ではなく教皇庁直属の祝福認定官も来られるのでは?」
「ふん……ランドールの疑問も確かだ。これは伝承だが、この地方ではアルーデル信仰とは別の神がいたとされる」
別の神。
このダイダロス大陸で最大勢力の信仰を持っているのは善神で我々の主たるアルデールであるとされているが、しかしながら大陸各地に散っている複数の民族の中では固有の民俗信仰が存在しているのは確かだった。
砂漠の民ウィストであれば『水の神ウォースト』。海抜の船乗り達ならば『船守神クファート』で、それぞれの神を信仰している。
その神々は大抵が人々に寄り添い、慈しみ深き祝福を齎してくれている。
しかしながら時として荒ぶる神も存在している。
マンディス渓谷の民たちの間では死と願いを叶える『死の女神ロスト・ディビィ』や、海深き所に住まう『魔海バルドガ』は人を食らい畏怖されて信仰されている。
それらは人を害する魔神であり、最も人々に災悪を与えたのはアルク民族が信仰する『悪神アルバナ』であろう。
神と神との権威の、神格を得るために人々は争う。故に『ダイダロス大戦』が発生し混乱が起きたのだ。
「魔神……では?」
「魔神認定は我々の仕事との範囲外だ。それらは忌々しい事だが、『魔法使い』の仕事だ。人を蘇らせる奇跡、人は歓喜にするが、冥界に混乱を齎される。神のお考えは判らないが、バランスを崩す為か、それとも単なる幸福を齎す祝福か。それらを見極めなければならない」
隊長は別の報告書を取り出した。
黒い背表紙のそれは、少々厄介な代物だった。
「ここ最近この周辺で『アクマ』と思われる魔物の存在が確認されている。聖痕認定も我々の仕事の範疇だが、魔物討伐も我々の仕事だ。引き締まっていくぞ!」
『はい!』
カミラたちは声を張り上げ心臓に手を添え、騎士儀礼の姿勢でその言葉を受け止めた。
「明日、イーストウッド大森林の神域と呼ばれる場所に征く。各々精気を養うのだ」
会議はそれでお開きとなり、カミラは少し安堵する。
隊長の気迫は年の功で鬼気迫るものがある、周囲の仲間たちも似たような感じで思い思いに母屋から出て向かった場所は、酒場であった。
幾ら寂れた村であろうとも、酒を呑みたがる者たちはいるモノでこのイーストウッド大森林地方の特産品と言えば複数の薬草で作られた『パリツ』と言うハーブ酒が有名だ。
酒場は一瞬にして騎士たちで占領されウエイターはてんやわんやしているが、騎士とて分を弁えている。気性の荒い傭兵や山賊破落戸とは違い、聖都の紋章を背負っているのだ。悪名だけは建てないよう穏やかに粛々と酒を楽しむ。
カミラは席に着きウェイターにパリツを頼んだその時だった。
ドカッと向いに座ったベーヴィンだった。
「よう、『お嬢ちゃん』。酒の席だってのに相変わらずお堅い顔してるねえ」
「ベーヴィン……あなたこそいつにも増してふざけているのね」
「そりゃあふざけないと損ってもんだろう? 。こんなお堅い連中の中で道化を演じられるのは俺だけだ」
ベーヴィンとは聖ウルスール祝福学校とよく祝福の強度と成績を競った。真面目で、そして思慮深く聡明。故に人の気持ちや感情を逸早く気づき、和ませる。
騎士団に配属されてから彼が道化を演じるのは、騎士団全部に偏に言えるお堅く規律を重んじ自らを縛り上げるそれにみんな窒息しかけているからだった。
一人でも気を抜いている者が居れば自ずとそれに引き摺られみんなが道化になる。
気を抜き過ぎるのも悪いが、彼の場合そう言った事はなく守るべきルールを守ったふざけ方をして皆の重圧で圧し潰されそうな精神を保たせていた。
「今回の聖痕。レディの真意は?」
「清き聖痕であることを願うわ。異端の神の御業ではなく」
「じゃあよ。あの厩の魔法使い、なーんで現れたんだ? 。ハハハッ、おりゃあコイツは黒と思うねぇ」
「異端だと? 。見もしないでそう言うのは背徳的だと思うわ」
「神様ってのは見えないからこそ良いんだろう。人は見えないから祈れる。近くにいたら委縮しちまう、見えないからこそ、遠いいからこそ親しみが湧くってもんだ」
「神様と友達にでもなりたいの? 。馬鹿ねえ、友になってはそれは神とは言えないわ。それこそ異端よ」
「ハッ、神を憂う『聖女』様は言う事が違うねぇ。でもまあ、一理あるな。神は崇拝されるべき存在だ。友達になちゃあ変だなあ」
ウェイターが持ってきたパリツのグラス。深いグリーンの色をして独特な薬草の匂いと酒精の香りにベーヴィンは待ってましたと言わんばかりにそれに口を付けた。
「この森に潜むのは神様か、それとも異端の霊神か。──この酒を捧げて荒ぶる神ならきっとろくでもねえよ」
鼻で笑うベーヴィン。カミラの目に見えていた彼の醸し出すエーテルの雰囲気に妙に引っかかる。
エーテルは人と、人の魂に深く関わりを持った大気中に漂う神の残滓であり残り香。それが意味しているのは神が存在していたと言う事実と、神がすでにこの世界に居なかくなったと言う残酷な真実。
微かに残ったエーテルが人の魂と呼応し『オーラ』となる。
オーラを知覚できる人間は少ない。聖霊11族の中でも限られた人間だけが視られる異能だ。
オーラは人の内なる欲望を不定形な色や模様として見れる。彼はどうしたいのか、どういった願いを持っているのかそれがオーラとなってカミラの目で視認できていた。
「何か、不安な事でもあった。悪い事?」
「……この遠征の前にな、兄貴が死んじまったんだ、落馬だってよ。笑えるだろ? 。今時落馬で死ぬなんてヘマするのは馬鹿のやる事だ」
「人はいずれ神の身元に征くべき定めよ」
「じゃあなんで人は蘇った? 。この村での奇跡は世界のルールに反している」
「それは……──」
カミラも強く言えなかった。世界の通りに反する奇跡がこの世にある事に疑問を持つのは致し方ない事。だか、それだからこそ、それは奇跡であり『聖痕』と呼ばれるのだ。
「兄貴に謝っておけばよかった」
「喧嘩?」
「いや……、いや、そうだな。喧嘩だ。ろくでもないこの面のせいで」
自分の顔が憎々しいと言わんばかりに掻き毟るベーヴィン。
「俺は、この面のせいでこの顔のせいで兄貴の嫁さんに、見初められちまった。それ以来口利いてね」
伴侶の縁に色事は付きもだが不道徳な、『浮気』など。
彼はそれに罪悪感を持っていた。望まぬ恋だったのだろう。
一方的な恋慕を寄せられ、そしてベーヴィンの兄嫁に言い寄られ兄との関係に亀裂を生んだ。
どう慰めていいのかカミラは言い淀んでしまう。貴方のせいではない、そう言いたかったが、そう言ってしまうと彼の兄嫁に全ての責任を押し付けてしまう。
彼はそれを望んでいなかった。悪いのは自分の、自分の顔から産んだ増悪だった。
「謝っておけばよかった。家を出て、さっさと騎士になっておけばな……」
ベーヴィンの疲れた笑い顔は、悲しみに満ちていた。
哀れな、不憫で痛々しい笑い顔にカミラの顔は固くなってしまう。
「ああ……暗い顔すんなって。俺達は聖都の祝福騎士だ、世のため人の為に活躍できる機会を神様はくれたんだ。使命を全うしようぜカミラ」
「うん……そうね」
カミラもパリツのグラスを持って呑んだ。
──
────
──
翌朝、朝早くからカミラたちは馬に乗りイーストウッド大森林の最奥、『神域』へと向かい始めていた。薄暗がりの中カンテラの明かりを頼りに深き森林の奥地へと。
虫や獣の気配、木々の擦れる音と何かしらの気配にビクビクとしているカミラに隊長たちはその恐怖心も御くびにも出さず進んでいく。
エーテルの濃度も濃く、生き物たちの生命に溢れている森だ。
だがそれと比例するように魔素の濃度も比類なく濃い。
エーテルとマナ。それらは性質は似通っていながら本質は対極ある。
エーテルは大気中に霧散する『神の残滓』であり魂と共鳴させ奇跡を顕現させる。魂と共鳴する為にその者の生命力とエーテルの関わりは強く結びつく。
対するマナは言うなれば『神の残穢』。マナを操り奇跡を起こそうとすると何かしらの代償を求められる。それの対価はなんだっていい、金でも土でも木でも魚でも兎に角対価となる物が必要になりそれを得てマナは奇跡の形を顕す。
エーテルを媒介に行う業が『祝福』であり、マナを媒介に行う業を『魔法』と呼ばれる。
カミラたちは前者、『祝福』を主に使う騎士だった。
隊長が馬を止め手を挙げ、隊の進行を止めた。
カミラもその反応に過敏に反応していた。視えているのだ、渦巻くマナの蜷局をまくような荒々しいそれらが、草むらより出てくる生き物。
熊よりは小さく、狸や鹿よりも大きなそれ。無数に肉体に突き刺さった剣の柄や刃、それらを取り込んで肥大化している肉塊のようで、それらが形づくっていたのは途轍もなく巨大化した蟲であった。
視るのも辛くなってくる程、マナを大量に取り込んで変質し魔物化した昆虫類は総じて『スプリガン』と呼ばれている。
「皆、戦闘準備」
キシキシと歯を鳴らすスプリガン。その音に反応し無数の仲間を呼びよせている。
姿はまちまちだ、ムカデでもありハエでもありアリでもあるスプリガン達、それらに共通して言える事と言えばマナを大量に蓄え、肥大化し魔物化していると言う事だけ。
スプリガンを前にカミラたちは剣を抜き放ち、その刀身の腹を指でなぞり、祝福を唱える。
『聖なる純血。魔を討ち伐らん祝福たれ』
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「──総員、解纜! アルデールの祝福あれ」
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