番(つがい)と言われても愛せない

黒姫

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後編

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 アタシの家は首都警察お抱えの魔道具屋で、アタシは10歳の頃から魔道具作りをしていた。

「やあマイラ、探索防御の指輪は出来たかい?」
「はい、この石を回すとスイッチが入って探索の魔法から身を隠す事ができます。」
「おお、素晴らしい。でも普通に探されたら見つかってしまうわけだな。」
「そうですね、視覚による感知を防ぐ魔道具は実用的じゃないです。裸で何も持たず、背景に何も無い場所でじっとしていない限りバレてしまいますから。」
「なるほどね、いや、張り込みにはこれで十分だよ。君はまだ15歳だよね?大したものだ。」
「有難うございます。私も納得できる物が作れた時はとても嬉しく思います。仕事に戻っていいですか?お支払いは母にお願いします。」

「あら刑事さん、いらしてたのですね。すみませんね、褒められてもニコリともしない愛想のない子で。上の子と同じように育てたつもりだったのにどうしてこんな情の無い子になってしまったのかしら。」
「他人との心の繋がりを必要としない子供は少ないけれどいるものですよ。別に他人を害するわけではないし、ほとんどがルールを守って真面目で仕事熱心な大人になります。」
「でもそれは人として足りない異常者なのではないかしら?男ならともかく、情の無い女の子なんて嫌だわ。もっと普通の娘だったら良かったのに。」
「普通の人なんて本当はいないんですよ。私にもあなたにも普通でないところはあります。マイラは少し目立っているだけで人として足りないわけではありません。そうそう、取調室の記録魔道具が少し具合が悪いんで週明けに彼女を寄越して下さい。」

 夕ごはんを食べながらアタシは考えていた。姿を見えないようにするよりも、見えていても記憶に残らず、従って個人を特定できない認識阻害の方が実用的かもしれないな。突然、母が人の話をちゃんと聞きなさい、とアタシを叱る。どうやら祖母と母と姉はずっと喋っていたらしい。魔道具師の父は寡黙な人だが母達はとてもお喋りだ。ただ、お喋りの内容が噂話ばかりで他人の名前を覚えるのが苦手なアタシには良く分からないのでつい聞き流してしまうのだ。

 翌日の土曜日は探索防御の指輪に認識阻害を付与するのに熱中した。姉が仕事場にやって来て、一人で仕事ばかりしているから友達もできないのよ、と言う。友達というのは困った時に支え合う存在らしいが、姉が友達のナントカさんにやってあげることは彼女が泣いている時抱きしめて一緒に泣くだけだ。アタシには必要ないな。姉を意識から閉め出して作業に集中する。

 日曜日、姉は婚約者とデートに出掛けた。祖母がお前も少しはお洒落して女の子らしくしないと婿の来手が無いわよと言う。別に魔道具作りは力仕事でないから婿は必要ないのではと言ったらそういうところが可愛くないのよと怒り始めた。困惑していたら父が来て、まあ必要なくても婿をとらんと世間体が悪いからね、と言ったらその場が収まったので仕事場に戻って認識阻害の指輪作りを続けた。よし、出来た。これなら魔力や五感で感知されても個人の特定ができない筈だ。しばらく自分で使ってみて不具合がなかったら刑事さんに見せよう。

 月曜日、アタシは警察署で取調室の記録魔道具を修理していた。名前は忘れたけど、いつもアタシに話しかけて来る若い事務官が隣でずっと喋っていた。煩いので無視していたら声がどんどん大きくなり、そのうち刑事さんが来て彼の襟首を掴んで引きずって行った。

「済まん済まん、彼には厳重注意を与えた。」
「あの人は怒ってたんですかね。アタシは特に何もしませんでしたが。」
「うーん、彼は君にかまってもらいたかったんだよ。」
「?」
「大概の人は他人に好かれたり認められたいと思ってるんだ。特に自分が気にかけている相手にはね。」
「??」
「ほら、例えば君のお母さんが君が可愛げが無いとか愛想が無いとか言ってしょっちゅう腹を立ててるだろう。彼女は娘に期待通りの反応をして欲しいのさ。まあ、そういう期待が度を越すと自分が愛してるから相手も自分を愛してる筈だなんて妄想に囚われてストーカー行為をしたりするんだけどな。昨夜ストーカーの無理心中事件の始末が大変だったんだ。いや、もちろんさっきの彼は全然大丈夫だよ。」

 記録魔道具の修理を終えて、昼ごはんに間に合う様家路を急ぐ。いきなり周りに白い光が溢れ、次の瞬間アタシは広い部屋の真ん中に立っていた。話しかけて来た女の人によると、アタシは異世界に呼ばれて元の世界には戻れないらしい。一方通行の瞬間移動の魔道具なんて不便で危険な物を誰が作ったんだろう?しかも女の人がしている精神制御の魔道具首輪は随分嵩張る代物だった。どうやらこの世界には良い魔道具師が居ないらしい。きっとすぐに働き口が見つかるだろうと思っていたら、彼女の息子さんと結婚して欲しいという。それで皆が幸せになれるらしい。特に反対する理由は無いので承諾した。

 息子さんと並んで立ち、白い髭のお爺さんに質問されたので普通に答えたら、お爺さんは何故か慌て始めて女の人の首輪を外してアタシにつけた。精神制御の魔道具を了承なしに他人につけるなんて刑事さんが知ったら大変だよ。お爺さんはアタシに息子さんを愛する事を誓いなさいと命じた。最初からそう言ってくれればその場を収めるために嘘くらいついてあげたのに、首輪のせいで出来なかった。

 息子さんがアタシに話しかけて来た。

「私を愛しいと思う気持ちは無いのか。」
「ありません。婿を迎えないと世間体が悪いって父が言ってたので結婚するのは構いませんが。」
「だが私はお前を愛している。だからお前も私を愛するのだ。私の側から離れることは許さん。」

 あ、これ刑事さんが言ってたストーカーってやつだ。アタシは慌てて認識阻害の指輪のスイッチを入れて右往左往している人々の間に飛び込んだ。さっきの女の人が血塗れで倒れていてその旦那さんらしい人が号泣していて大混乱だ。広間を出て廊下を全速力で走る。後の方から怒号と悲鳴が聞こえ、背中に熱を感じたけど振り返らずに建物を飛び出し、そのまま門に向かって走った。門番がアタシを止めようとしたけど、その瞬間轟音と共に建物が燃え上がったので彼らもアタシと一緒に逃げ出した。1時間ほど走って商店街に着いた頃にはクタクタになっていた。おや、あそこに魔道具屋がある。とりあえずこの首輪を売り払って、どこかで昼ごはんを食べてそれから考えよう。








[あとがき 1]
 マイラが認識阻害の指輪を使ったことにより彼女の気配を見失った王太子は半狂乱になりました。彼は竜化して暴れ回って召喚陣を壊し、参列者のほとんどをファイアブレスで消し炭にした挙句魔力切れで自滅しました。この事件以来、番召喚などと言う悪習は無くなり王族の優位性も薄れて竜人国は共和制への道を歩み始めたのでした。

[あとがき 2]
 マイラはいわゆるスキゾイドパーソナリティ障害の気がありました。基本的に自分と自分の仕事だけに関心があり、他人に興味を持つ事も愛することもありませんが、世間と平和的な関係を保つために彼女なりの努力はしていました。竜人と人間だけでなく獣人やエルフやドワーフや魔族もいるこの世界ではマイラは特別視される事も無く快適に暮らしました。
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