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第2王子のこんにゃく廃棄騒動
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「アモルフォファルス公爵令嬢マンナ、私は貴様との婚約を破棄する。貴様はハンペン男爵令嬢マコにしつこい虐めを繰り返した挙句、階段から突き落とした罪で裁かれる。斬首が嫌なら一人で国境から歩いて魔王城に向かい、平和条約を締結して来い。」
もちろん冤罪である。人当たりが良く口が上手いがやや自己中心的な第2王子が学園の卒業パーティで長年の婚約者を断罪する暴挙に及んだのには理由があった。彼はアモルフォファルス公爵令嬢マンナのプリプリした体は気に入っていたが、そのあっさりした味わいに物足りなさを感じており、浅黒い肌色も好みでなかったのである (注1)。ちなみにこの国では婚前交渉は常識であり、婚約破棄も比較的容易であるが、離婚は非常に難しい。王子は卒業後すぐに婚姻して外務大臣に就任する事になっており、在学中も長期休暇の度にマンナと共に周辺国家を回って高位貴族達と親交を深めていた。外交官としての地盤を順調に固めつつある彼は目新しい文化を積極的に取り入れていたが、それに対して頑固で融通の効かないマンナは他文化に決して染まらず、それも彼の大きな不満となっていた。
そんなある日、第2王子はハンペン男爵令嬢マコと運命の出会いをしたのである。雪のように白い肌を持つマコは、そのフワフワと頼りない外見に似合わず中身はしっかりとコクがあり、王子がランダムに撒き散らす異国の風習をスポンジの様に吸収した (注2)。理想の伴侶を見つけた王子はすぐにマンナとの婚約を破棄してマコに乗り換えたかったのだが、頑固なマンナが同意するとは思えなかったし、彼女に瑕疵はなかった。いや、強いて言えば1つだけあった。マンナは体臭を気にしてか、閨の前に大風呂に湯をたっぷり張って体を洗うのだ。民に規範を示すべき王家の一員としてこの贅沢は看過できない。しかし彼が信頼する側近は異を唱えた。
「確かにマンナ公女の風呂好きは常軌を逸していますが、それを陛下に奏上したところで婚約者が体臭の少ない次女にすげ替えられるだけです。調べさせたところ彼女はマコ様の様に色白ですが、中身は姉のマンナ公女よりさらにあっさりしており、殿下の好みからは程遠いと思われます(注3)。」
「ううむ、何か手っ取り早い方法はないだろうか。私は卒業後すぐにマンナと婚姻し1ヶ月のハネムーンの後、北の魔王国に赴いて平和条約の為の話し合いをする事になっている。一旦婚姻が成立したら離婚は極めて難しい。王太子であれば側室も持てたのだが。」
その日から第2王子と側近はマンナの断罪と婚約破棄の根回しを始めた。王子はなけなしの私財を投じ、卒業パーティを学園キャンパスではなく北の国境地帯にある豪華リゾートで行う事とした。婚約破棄と婚姻をその場で済ませるために神官を買収してパーティに招き、会場を普段から目にかけている若い近衛兵達で固めた。政務に忙しい国王と王太子は当然出席できないのであらかじめ祝辞を書いてもらって預かった。そして、冒頭の宣言に至る。
一方的な糾弾に反論も許されなかったマンナは近衛兵に引き立てられ、魔王国との国境に連れて来られた。そこから魔王城まで女の足で3週間はたっぷりかかる。魔獣のひしめく極寒の地での一人旅。事実上の死刑宣告であった。薄いパーティ用のドレスしか纏っていないマンナに同情した門兵は携帯食料の入った袋を藁のむしろでしっかりとマンナの体に巻き付けてやった。マンナは魔王城に向けて道無き道を歩き始める。初日にイノシシやサルの魔獣に何度か出くわしたが、マンナをひと舐めすると皆顔をしかめて去り、幸いな事に2日目からは全く現れなかった (注4)。
魔獣の脅威が消えたとはいえ、旅は辛かった。凍てつく夜の外気に一晩中晒されて、陽の光でようやく乾くと今度は夕立ちでびしょ濡れになり、それが夜になるとまた凍りつく。しかし不思議な事に辛ければ辛いほどマンナの頑なな心はほぐれて行った。彼女の心と身体は魔王国に溢れる魔素をふんだんに取り入れ、魔王城に到着する頃には別人に生まれ変わったかの様だった (注5)。ヒト族でありながら魔力に満ち、流暢な魔族語を操るマンナを希少なる宝と認めた魔王は即座に彼女に求婚し、マンナはそれを喜んで受け入れた。
一方、邪魔者を追い払った第2王子はマコとのハネムーンクルーズを楽しんでいた。ただ、奇妙な事に上陸した島々で彼は住民とうまく意思の疎通が出来なかった。今までマンナと共に回った国々で現地人とのコミュニケーションに問題があった事は一度もなかったのだが。しかし幸せの絶頂にいる彼は相手が野蛮で知能が低いだけだろうと思い、深く考えなかった (注6)。
さて、5週間にわたるクルーズも終わりに近づき、第2王子一行は魔王国の東港に入港した。ここで入国の手続きをした後に陸路で魔王城に向かうつもりだ。王子は野垂れ死にしている筈のマンナが新婚旅行のついでに母国に立ち寄り、とっくの昔に平和条約を締結している事など想像だにしていない。彼はマコを伴って入国管理官に面会したが、普段なら王家の指輪を見せてちょっと話せば済むのに全く言葉が通じない。焦ってつい声を荒げると警備員が出てきて事務所に連行され、たまたま視察に来ていた四天王の一人、ジコクテンに引き合わされた。運の悪い事にジコクテンは新婚旅行に行ってしまった魔王に大量の仕事を押し付けられてイライラしていた。彼は書類をチラッと眺めて第2王子に話しかけるがやはり一言も通じない。
「ふん、言葉も喋れず通訳も連れていない連中が親善使節とは片腹痛いわ。偽物だと思われて成敗されても文句は言えまい。」
ジコクテンは結ばれたばかりの平和条約をコロっと忘れ、隕鉄で作られた魔剣を抜いて第2王子とマコの首を撥ねようとした。と、次の瞬間、新婚旅行先からテレポートしたマンナが現れて2人を庇う。なんと無敵の魔剣はマンナにかすり傷1つ負わせる事無くはね返された (注7)。
呆然とする第2王子とマコに対し、マンナは慈母の微笑みを向けて言ったという。
「殿下にマコ様、お二人の仕打ちを最初はお恨み申し上げましたが、わたくしは試練を経て生まれ変わりました。わたくしは魔王様の愛に染まり、魔族の文化を受け入れ、この国で生きて行く所存でございます。お二人も帰国なされた後は厳しい試練を課されるものと思いますが、どうか真摯にそれらに向き合い、末長く支え合って行かれる事をお祈りしております。」
マンナの慈悲に涙した第2王子とその一行は国境に転移させられ、待ち構えていた兵によって王都に連行されて怒り狂った国王に対峙した。王子と側近、断罪に関わった近衛兵達は身分を剥奪されて平民に落とされた。アモルフォファルス公爵は、長女が幸せな結婚をした事、国王が真摯な謝罪の後に次女を第3王子の婚約者に据えた事を鑑み、それ以上の処罰は求めなかった。男爵家の庶子だったマコは勘当されて平民の母の実家で冷遇されたが、大叔父の情けによって屋台のおでん屋として再出発する機会を与えられた。
ー10年後ー
その食堂は王都で最も治安の悪い下町にあったが、人当たりの良い旦那、男好きのする女将、旦那に忠実な雇われ店長、それに武装した屈強な給仕達が切り盛りしており、安くて美味しい食事を安全に楽しめる場所として評判だった。女将にベタ惚れの旦那はユニークなおでん種を次々と考え出して客を飽きさせなかったが、一度捨ててしまったものを拾うわけにはいかないと言ってコンニャクだけは決して使わなかったという。
(注1)コンニャクはコンニャクイモ (学名 Amorphophallus konjac)に含まれるマンナンという多糖を凝固させて作る。
(注2)ハンペンは白身魚のすり身とヤマノイモを練り混ぜて茹でたものである。高級品にはアオザメ (英名 Mako shark) やヨシキリザメが使われる。
(注3)コンニャクはたっぷりの水で下茹ですると独特の生臭さやエグミが取れて食べやすくなる。ただし精粉から作られた白っぽいコンニャクの中には下茹でが必要ない製品もある。
(注4)コンニャクイモは野生獣にとって嗜好性が低い植物とされている。
(注5)コンニャクを真冬の20日間戸外で冷凍・乾燥を繰り返して作ったシミコンニャクはダシを容易に含み、独特の食感を持つ幻の食材と呼ばれている。
(注6)コンニャクを食べると、あらゆる言語を自国語として理解できるようになる。この効能はある種の猫型ロボットがロッテ・ミュンヒハウゼン嬢と会話する際に発見したと言われている。
(注7)この魔剣は斬鉄剣という異名があり、13代目イシカワゴエモンという古の勇者が当代の魔王に献上したものだと言われている。
もちろん冤罪である。人当たりが良く口が上手いがやや自己中心的な第2王子が学園の卒業パーティで長年の婚約者を断罪する暴挙に及んだのには理由があった。彼はアモルフォファルス公爵令嬢マンナのプリプリした体は気に入っていたが、そのあっさりした味わいに物足りなさを感じており、浅黒い肌色も好みでなかったのである (注1)。ちなみにこの国では婚前交渉は常識であり、婚約破棄も比較的容易であるが、離婚は非常に難しい。王子は卒業後すぐに婚姻して外務大臣に就任する事になっており、在学中も長期休暇の度にマンナと共に周辺国家を回って高位貴族達と親交を深めていた。外交官としての地盤を順調に固めつつある彼は目新しい文化を積極的に取り入れていたが、それに対して頑固で融通の効かないマンナは他文化に決して染まらず、それも彼の大きな不満となっていた。
そんなある日、第2王子はハンペン男爵令嬢マコと運命の出会いをしたのである。雪のように白い肌を持つマコは、そのフワフワと頼りない外見に似合わず中身はしっかりとコクがあり、王子がランダムに撒き散らす異国の風習をスポンジの様に吸収した (注2)。理想の伴侶を見つけた王子はすぐにマンナとの婚約を破棄してマコに乗り換えたかったのだが、頑固なマンナが同意するとは思えなかったし、彼女に瑕疵はなかった。いや、強いて言えば1つだけあった。マンナは体臭を気にしてか、閨の前に大風呂に湯をたっぷり張って体を洗うのだ。民に規範を示すべき王家の一員としてこの贅沢は看過できない。しかし彼が信頼する側近は異を唱えた。
「確かにマンナ公女の風呂好きは常軌を逸していますが、それを陛下に奏上したところで婚約者が体臭の少ない次女にすげ替えられるだけです。調べさせたところ彼女はマコ様の様に色白ですが、中身は姉のマンナ公女よりさらにあっさりしており、殿下の好みからは程遠いと思われます(注3)。」
「ううむ、何か手っ取り早い方法はないだろうか。私は卒業後すぐにマンナと婚姻し1ヶ月のハネムーンの後、北の魔王国に赴いて平和条約の為の話し合いをする事になっている。一旦婚姻が成立したら離婚は極めて難しい。王太子であれば側室も持てたのだが。」
その日から第2王子と側近はマンナの断罪と婚約破棄の根回しを始めた。王子はなけなしの私財を投じ、卒業パーティを学園キャンパスではなく北の国境地帯にある豪華リゾートで行う事とした。婚約破棄と婚姻をその場で済ませるために神官を買収してパーティに招き、会場を普段から目にかけている若い近衛兵達で固めた。政務に忙しい国王と王太子は当然出席できないのであらかじめ祝辞を書いてもらって預かった。そして、冒頭の宣言に至る。
一方的な糾弾に反論も許されなかったマンナは近衛兵に引き立てられ、魔王国との国境に連れて来られた。そこから魔王城まで女の足で3週間はたっぷりかかる。魔獣のひしめく極寒の地での一人旅。事実上の死刑宣告であった。薄いパーティ用のドレスしか纏っていないマンナに同情した門兵は携帯食料の入った袋を藁のむしろでしっかりとマンナの体に巻き付けてやった。マンナは魔王城に向けて道無き道を歩き始める。初日にイノシシやサルの魔獣に何度か出くわしたが、マンナをひと舐めすると皆顔をしかめて去り、幸いな事に2日目からは全く現れなかった (注4)。
魔獣の脅威が消えたとはいえ、旅は辛かった。凍てつく夜の外気に一晩中晒されて、陽の光でようやく乾くと今度は夕立ちでびしょ濡れになり、それが夜になるとまた凍りつく。しかし不思議な事に辛ければ辛いほどマンナの頑なな心はほぐれて行った。彼女の心と身体は魔王国に溢れる魔素をふんだんに取り入れ、魔王城に到着する頃には別人に生まれ変わったかの様だった (注5)。ヒト族でありながら魔力に満ち、流暢な魔族語を操るマンナを希少なる宝と認めた魔王は即座に彼女に求婚し、マンナはそれを喜んで受け入れた。
一方、邪魔者を追い払った第2王子はマコとのハネムーンクルーズを楽しんでいた。ただ、奇妙な事に上陸した島々で彼は住民とうまく意思の疎通が出来なかった。今までマンナと共に回った国々で現地人とのコミュニケーションに問題があった事は一度もなかったのだが。しかし幸せの絶頂にいる彼は相手が野蛮で知能が低いだけだろうと思い、深く考えなかった (注6)。
さて、5週間にわたるクルーズも終わりに近づき、第2王子一行は魔王国の東港に入港した。ここで入国の手続きをした後に陸路で魔王城に向かうつもりだ。王子は野垂れ死にしている筈のマンナが新婚旅行のついでに母国に立ち寄り、とっくの昔に平和条約を締結している事など想像だにしていない。彼はマコを伴って入国管理官に面会したが、普段なら王家の指輪を見せてちょっと話せば済むのに全く言葉が通じない。焦ってつい声を荒げると警備員が出てきて事務所に連行され、たまたま視察に来ていた四天王の一人、ジコクテンに引き合わされた。運の悪い事にジコクテンは新婚旅行に行ってしまった魔王に大量の仕事を押し付けられてイライラしていた。彼は書類をチラッと眺めて第2王子に話しかけるがやはり一言も通じない。
「ふん、言葉も喋れず通訳も連れていない連中が親善使節とは片腹痛いわ。偽物だと思われて成敗されても文句は言えまい。」
ジコクテンは結ばれたばかりの平和条約をコロっと忘れ、隕鉄で作られた魔剣を抜いて第2王子とマコの首を撥ねようとした。と、次の瞬間、新婚旅行先からテレポートしたマンナが現れて2人を庇う。なんと無敵の魔剣はマンナにかすり傷1つ負わせる事無くはね返された (注7)。
呆然とする第2王子とマコに対し、マンナは慈母の微笑みを向けて言ったという。
「殿下にマコ様、お二人の仕打ちを最初はお恨み申し上げましたが、わたくしは試練を経て生まれ変わりました。わたくしは魔王様の愛に染まり、魔族の文化を受け入れ、この国で生きて行く所存でございます。お二人も帰国なされた後は厳しい試練を課されるものと思いますが、どうか真摯にそれらに向き合い、末長く支え合って行かれる事をお祈りしております。」
マンナの慈悲に涙した第2王子とその一行は国境に転移させられ、待ち構えていた兵によって王都に連行されて怒り狂った国王に対峙した。王子と側近、断罪に関わった近衛兵達は身分を剥奪されて平民に落とされた。アモルフォファルス公爵は、長女が幸せな結婚をした事、国王が真摯な謝罪の後に次女を第3王子の婚約者に据えた事を鑑み、それ以上の処罰は求めなかった。男爵家の庶子だったマコは勘当されて平民の母の実家で冷遇されたが、大叔父の情けによって屋台のおでん屋として再出発する機会を与えられた。
ー10年後ー
その食堂は王都で最も治安の悪い下町にあったが、人当たりの良い旦那、男好きのする女将、旦那に忠実な雇われ店長、それに武装した屈強な給仕達が切り盛りしており、安くて美味しい食事を安全に楽しめる場所として評判だった。女将にベタ惚れの旦那はユニークなおでん種を次々と考え出して客を飽きさせなかったが、一度捨ててしまったものを拾うわけにはいかないと言ってコンニャクだけは決して使わなかったという。
(注1)コンニャクはコンニャクイモ (学名 Amorphophallus konjac)に含まれるマンナンという多糖を凝固させて作る。
(注2)ハンペンは白身魚のすり身とヤマノイモを練り混ぜて茹でたものである。高級品にはアオザメ (英名 Mako shark) やヨシキリザメが使われる。
(注3)コンニャクはたっぷりの水で下茹ですると独特の生臭さやエグミが取れて食べやすくなる。ただし精粉から作られた白っぽいコンニャクの中には下茹でが必要ない製品もある。
(注4)コンニャクイモは野生獣にとって嗜好性が低い植物とされている。
(注5)コンニャクを真冬の20日間戸外で冷凍・乾燥を繰り返して作ったシミコンニャクはダシを容易に含み、独特の食感を持つ幻の食材と呼ばれている。
(注6)コンニャクを食べると、あらゆる言語を自国語として理解できるようになる。この効能はある種の猫型ロボットがロッテ・ミュンヒハウゼン嬢と会話する際に発見したと言われている。
(注7)この魔剣は斬鉄剣という異名があり、13代目イシカワゴエモンという古の勇者が当代の魔王に献上したものだと言われている。
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