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【第448話】もう一つの計画
しおりを挟む「起き上がれそうにないな……そうか、僕は負けたんだな」
全てを出し尽くしたディザールは仰向けのまま、どこか満足気な表情で呟いた。
今のディザールなら手を握って起こそうとしても突っぱねる元気はないはずだから、俺が起こしてやろう歩いて近づいていると、俺も限界だったらしく張りつめた糸が切れるように膝の力が抜けてディザールの横に倒れてしまった。
まさか二人して仰向けになって倒れて戦闘不能になるとは。この喧嘩は引き分けになるのだろうか? いや、俺の方が少し長く立っていたから俺が勝っているはずだ……などとくだらない事を考えていると、ディザールが笑顔で軽く吹きだしながら思い出を語り始める。
「ハッハッハ、思えば人間時代にグラドと殴り合いの喧嘩はした事がなかったな。まぁ、僕の目が見えなかった事もあるし、口喧嘩なら何度もあるけどな。僕の拳でグラドに似たお前の顔をぶん殴れて少しだけ気持ちが良かったよ」
「最後の最後まで歪んだ性格は治らねぇな……。まぁ人間としてならまた喧嘩ぐらい付き合ってやるさ。その時は牢獄の中になるけどな」
「牢獄の中……か。相変わらず甘い奴だな。だが、甘さもここまでいけば不撓不屈を貫く強さになるのかもな。ガラルドは最強でもなければキレ者でもないが、グラド譲りのしぶとさだけは大陸一だろうな」
そう呟いて笑い続けるディザールの顔は過去視で見た魔人化前のディザールそのものだった。多くの仲間に守られながらバトンを繋ぐことで、ようやくディザールらしさを露呈させることが出来たのだと思うと、立てなくなるまで戦ったかいがあるというものだ。
それからディザールと俺は10分ほど互いの昔話をしていた。昔話と言っても特別印象に残っている思い出を話すわけでもなく『今、思い返すと楽しかった事柄』が主な内容だ。
俺は仲間達との普段の食事や特訓、旅の途中で交わした雑談などを呟き、ディザールは五英雄やクローズとの何気ない日常を呟いていた。
俺はグラドの息子であり、ディザールの細胞を取り込んだディザールの息子でもある。だから、初めて普通の親子の会話を出来ているのかもしれない。
お互い手足が動かなくても口だけは動かす事ができて本当によかった。今更普通の親子みたいに仲良くすることは出来ないけれど、それでも戦いだけで終わるよりはずっといい。
激しい戦闘が嘘だったかのような普通の会話と極度の疲労の影響で少しずつ瞼が重くなってきた。互いにもう動けないのだから、寝てしまってもいいかと瞼を閉じていると、俺達の周りに多くの足音が聞こえてきた。
仰向けに倒れたまま首を動かし周りを確認すると、そこには一緒に廃王園へ突入した仲間達全員が立っていた。
とはいえ何とか立っているという表現が正しく、グラッジは黒猫サクの背に乗せられていて、フィル、レックはそれぞれシンとリリスに肩を借りて立っているようだ。
リリスは一旦レックを座らせて、倒れている俺に駆け寄るとスキル・イントラの影響でボロボロになったままの両手で俺の右手を握ると、回復魔術をかけながら涙を一粒落として呟く。
「本当に終わったんですね……勝ったんですね、私達……」
「ああ、皆に散々守られながら最後に俺が何とかディザールを倒す事ができたよ。みんな、ほんとにありがとな」
回復魔術の影響で上半身だけ動かせるようになった俺は泣き続けるリリスの頭をそっと撫でた。そんな様子を寂しげな表情で見つめていたディザールはこぶしをギュッと握ると、意を決した声で自身の想いを語り始める。
「負けてしまったことで僕は強い無念を抱くと同時に何故か晴れやかな気持ちにもなっている。心と体、そして自分自身を出し切ったからだろうか? それとも、もう頑張らなくてよくなったからだろうか? 自分の心がよく分からないが、一つだけ確かなことがある。それは戦いに負けたからこそ、僕とクローズが進めていた計画について吐露したくなったという気持ちだ」
ディザールもクローズもサラスヴァ計画とは別の計画があるような事を言っていた記憶がある。死闘を終えてディザールが穏やかな気持ちになっている今こそ『計画の詳細』について聞いておいた方が良さそうだ。
俺は「どれだけ時間がかかってもいいから話してくれ」と伝えると、ディザールは小さく頷き、話を始めた。
「話を進めるに至ってまずはサラスヴァ計画について理解してもらう必要はあるが、我々が進めていたサラスヴァ計画がどんなものなのかは過去視を見たガラルドは理解しているな?」
「ああ、確か一つの種族につき一度しか魂を宿せないスキル転生を使えるクローズが永遠に他種族の体に乗り移っていく為に新しい種族を作れるようにするのが目的だったよな、サラスヴァ計画は。その過程で合成の霧の研究を進める事でディザールにも細胞を追加していき、永遠に生きられる肉体を作るのも狙いだったよな?」
「その通りだ。永遠に体を変えられればクローズは一生研究・探求を続けられる。そして、僕が合成の霧によって若さを保ち続けられればクローズは僕という一生の相棒を手に入れる事ができる。一生クローズの相棒になるなんてゾッとする話だが、永遠を生きられるなら悪くないと思ったよ」
「……それで、永遠の転生と永遠の肉体を手に入れる手がかりは掴めたのか?」
「いや、二人で散々研究を続けたが生物の進化、そして細胞の追加にも越えがたい天井があることに気付いてしまったんだ。いや、正確に言えば天井すらも超える事は可能なはずだが、天井を超えるには何万年単位の研究時間が必要であると計算によって導かれてしまったのだ」
「ってことはクローズだけは種族を転生していく事で何万年も生き続けて研究を完成させることはできるかもしれないんだな。一方、ディザールは自身を永遠に生きられる肉体に進化させることはできない……いや、時間が足りないという事か」
「そうだ。それが分かった瞬間、クローズはいつか訪れる僕との別れが寂しく思えたのか何とも言えない顔をしていたよ」
魔人は人間より寿命が長いものの、何千年も生きてきたクローズにとっては100年、200年なんてあっという間の時間感覚なのかもしれない。クローズが抱くディザールへの友愛は正直尋常ではない、だから本気で永遠を生きらせたかったのだろう。
100年も生きられない俺達人類にとってはスケールが大きすぎる話ではあるが、ディザールとクローズにとっては真剣すぎるほど真剣な話なのだろう。ディザールは少し遠い目をしながら話を続けた。
「まったく……クローズは馬鹿な奴だよな。僕は魔人として200年~300年生きられるだけで十分満足しているというのに奴は全く満足していなかった。それどころかクローズは僕が生きている内に大きなプロジェクトを一つ成し遂げようと言い始めたんだ」
=======あとがき=======
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