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【第429話】圧倒的な力と不安定な精神
しおりを挟む遂にアスタロトが動き出してしまった。死の扇動で大量の魔獣を動かした後だからそれなりに疲れている状態だったらいいのだが……。死の山でも湖の洞窟でもまるで歯が立たなかったアスタロト相手にどこまで戦えるだろうか?
アスタロトの強さの大半が魔人細胞を取り込んだ『合成の霧』や『変化の霧』にあるのならレストーレを当てれば大きく弱体化させることが出来るだろう。
とにかく何とかしてレストーレを当てることを最優先に考えていかなければいけないが、霧の力が無くても奴は五英雄と呼ばれてきた男だ。基盤の強さですら大陸最強クラスなのだからレストーレを当てた後も気を引き締めてかからねば。
俺は一旦バックステップで距離を取り、全員に指示を送った。
「ここからは分かれて戦うぞ! 俺とレックはアスタロトを相手にして、他はクローズとブロネイルを頼む。シンは最悪逃げられるように中距離主体で戦い、サーシャは前衛のグラッジをバックアップしてくれ。みんな……絶対に死ぬなよ!」
俺が指示を送ると全員が掛け声をあげて応えてくれた。遠くへ吹き飛ばされたリリスの事は気がかりだが、リリスを大事に思っているアスタロトが殺さないと言っている以上、信じて放っておくしかないだろう。
俺達は各自、戦う相手の前に歩いていくと、クローズはアスタロトとアイコンタクトをとり、ブロネイルと二人で西にある噴水広場跡の方へ飛んでいってしまった。
クローズは噴水横の石碑の前に立つと、グラッジ達の方へ向き、挑発的な目で手招きし始めた。アスタロトの邪魔にならないよう離れたところで戦おうと言いたいようだ。
下手にアスタロト達三人が連携をとるより、分断させた方がいいと思った俺はグラッジ達にクローズを追いかけるよう指示を出し、自分はアスタロトに向けて拳を構えた。
俺の構えに呼応するように魔力を高め、肉体を魔人化させたアスタロトは意外にも武器を構えず、両方の拳を前に構えた。過去視や過去の接触だと魔術師タイプの戦い方をすると思っていたから少し驚きだ。
拳で戦うならば火力より手数を優先してくるのだろう。だったら素早い攻撃に反応できるスタイルで戦うべきだ。俺は大きく深呼吸をし、魔砂を周囲に散らして『感知の型』を発動した。
すると、アスタロトは突然目をかっぴらいて、荒々しく地面を蹴ると、目にも止まらぬ速度でこちらへ突進し、右手で俺の頭を掴んで地面に叩きつけた。
「ぐああぁっ!」
感知の型を以てしても防御が間に合わず、頭を叩きつけられた俺は脳を揺らされて一瞬視界が定まらなくなった。叩きつらけれて三秒ほど経っただろうか、まだ俺の頭を掴んでいるアスタロトは指に力を込めて、凄まじい握力で頭を潰そうとしてくる……。
とんでもない痛みに声にならない声をあげた俺は歪む視界に映るアスタロトの顔を見つめた。すると、アスタロトは鬼のような形相でこちらを睨んでおり、荒々しい息遣いで言葉を発した。
「ハァハァ……役立たずのゴミ風情が……ハァハァ……一丁前にシルフィの技を使うな! お、お前はシルフィの子供なんかじゃないッ!」
怒っている様にも泣いている様にも見えるアスタロトの形相はハッキリ言って普通じゃない。
グラドに関わる者へのコンプレックスや亡きシルフィへの想いがここまで奴を狂わせてしまうのだろうか? それとも、長年人間の仲間がおらず、クローズみたいな狂人と関わり続けたせいでおかしくなってしまったのだろうか?
どちらにしても不安定すぎる精神を持ったアスタロトに掴まれた状態ではいつ殺されてもおかしくない。近距離にいる今こそレストーレを当てて弱体化し、俺の頭を掴んでいる手を離させたいところだが、あまりの激痛にレストーレを振るえそうにない。
策を考えようとしても痛みが思考をまとめさせてくれず、打開策が全く思いつかない……。少しずつ破壊されていく頭部に意識が遠のいていくのを感じていたその時、俺の頭に締め付けていた痛みが突然消え去り、前方から強烈な破裂音が響き渡ると同時にアスタロトがうめき声をあげた。
「ぐああぁっ! だ、誰だッ!」
俺の頭から手を離したアスタロトはすぐさま後方へ振り返ると、そこには植物でできた剣に血を滴らせているフィルの姿があった。フィルの激しく息切れしている様子から、どうやら急いで駆けつけてアスタロトを後ろから不意打ちしてくれたようだ。
行方が分からなくなっていたフィルが生きていた事は凄く嬉しいが、ドライアドよりも西方に行っていたフィルがどうして廃王園に来れたのだろうか?
俺はすぐに「生きていたのか! どうやって廃王園にこれたんだ?」と尋ねたが、フィルは首を横に振り、改めてアスタロトの方に剣を構えて言った。
「説明は後だよ! とにかく今はアスタロトから距離をとってくれ! 僕とガラルド君とレック君の三人で固まってフォローし合うんだ!」
フィルから指示を受けた俺とレックはすぐさまアスタロトから離れた位置に行き、三人で固まった。移動中にアスタロトから攻撃を受けるかと思ったが、何故かアスタロトは一歩も動かずフィルを眺めていた。
俺達三人とアスタロトの間に少しのあいだ沈黙が流れた後、アスタロトは大きく溜息を吐いて呟く。
「ガラルドの存在だけでも不愉快だというのにフィルまで現れたか。ひっそりと身を隠していればよかったものを……。ここに来たということはガラルドと同じく死にきたということだな、家出息子よ」
「久しぶりに話す息子相手に随分な言い様だね父さん。悪いけど僕は死ぬつもりなんてない。何年経ってもシルフィ母さんの死を……大切な人達の死を受け止めきれない弱い父親は僕が止めないとね」
「ザキール以下の力しかない末っ子が言うようになったじゃないか。いいだろう、ガラルド、レック共々軽く捻ってやる、かかってこい」
そう言うとアスタロトは魔力を杖先に纏わせて構えた。一方俺達はフィルが中心に立って対アスタロトの戦法を小声で話し始めた。
「二人とも聞いてくれ。アスタロトとの戦いにおいて間合いはとても重要だ。離れ過ぎたら魔術を放射状に広げられて避けようがなくなるし、近づきすぎたらさっきのガラルド君みたいに魔人族の圧倒的膂力によって掴まれて終わりだ。だが、幸い中距離ならやりようがある」
話を聞いていると中距離で戦ってもやられしまいそうな気がした俺は「やりようがあるってどういうことだ?」と尋ねると、フィルは説明を続けた。
「元々、典型的な魔術師タイプだったアスタロトは遠距離攻撃特化だった。そして、魔人の肉体を手に入れた今は膂力も得たわけだけど、格闘や剣の撃ち合いは土台がないのさ。そもそも々レベルで近接戦闘訓練を行える相手も自陣営にいなかったからね。だから近接戦闘、中距離攻撃、機動力の三点に長けた僕達が連携して戦えば太刀打ちできるはずさ。僕達は大陸最強のパーティーだからね」
普段なら鼻につく喋り方だが、今だけはフィルの自信満々の言い回しが心強い。それに固まって戦っていれば最悪強力な魔術を放たれたとしてもレックのバニッシュによって威力を減衰できるから生存能力も格段に高まるはずだ。
さっきまで頭を潰されかけていた俺だが何とかなりそうな気がしてきた。
俺達三人はそれぞれ武器と拳を構えて戦闘態勢を整えると、フィルの掛け声を皮切りにアスタロトへ一斉に走り出した。
アスタロトは俺達が走り出しても、腰を高くしたまま余裕の表情で杖を構えている。癪にさわるが余裕ぶっている奴にこそ勢いよく攻め込んで崩す事が大事だ。俺達三人はアイコンタクトを送り合うと一斉に技を放った。
「ウインド・カッター!」
「グリーン・アロー!」
「レッド・ホイール!」
風の刃と植物の矢と熱砂の車輪が一斉にアスタロトを襲い、奴の周囲を爆炎が覆った。煙が晴れるまでダメージを与えたかどうかは分からないが、正直俺のレッド・ホイールから伝わってきた感触からは手ごたえを感じられなかった。
フィルとレックの表情も渋く、恐らくダメージを与えられていないのだろう。煙が徐々に晴れてきて余裕の表情を浮かべたアスタロトが姿を現わした瞬間、俺は更に驚かされる事となった。
それはアスタロトが空中に浮かべた小さな3つの氷塊がピンポイントで俺達三人の攻撃を止めていたのだ。一瞬で攻撃の軌道を見切り、魔力を凝縮した氷塊3つを完璧な位置に移動させて、衝撃を抑え込むパワーも維持している……たった一度の攻防で圧倒的な力量差を見せつけられてしまう結果となった。
「お前達の力はこんなものか? もう少し面白い攻撃を放ってきたらどうだ?」
アスタロトは肩をすくめて苦笑いを浮かべながら呟いている。悔しいが奴の力は化け物じみていて、修行で鍛えた俺達を嘲笑えるほどの桁違いな戦闘力だ。
やはり勝利を掴む為にはレストーレを当てる事が必須条件だ。俺はフィルとレックの戦闘スタイルを思い出しながら必死に戦術を練っていると、レックが俺とフィルの前に立ち、作戦を提案してきた。
「ガラルド……お前はレストーレを当てることだけを考えて、隙を見つけ出して刺せ。その隙は俺とフィル殿で作り出す」
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