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【第426話】高次元の計画
しおりを挟む「やっと来たかガラルド、いや、シンバードの戦士達よ。私はこの時を待っていたぞ」
仮面を被ったアスタロトが宮殿の武舞台上から上擦った声で言った。この場の残存戦力から見ればアスタロト陣営よりシンバード陣営の方が上回っているにもかかわらず、アスタロトは余裕の態度だ。
アスタロトに対しては心をクールに保って色々と尋ねるつもりだったが、目の前で機嫌の良さそうな態度をとられたら逆にこっちの気分が悪くなってきてしまい、俺は負けじと言葉を返す。
「帝国がシンバード陣営と協力する形になった以上、戦争という点で見れば、お前達はもう終わりだよな。俺達へ個人的に復讐する事は出来るかもしれないが虚しくなるだけじゃねぇのか? 今からでも遅くはない、降参したらどうだ?」
「フッ、まだひっくり返す事は十分に可能だ。今日明日のうちに人類を滅ぼす事は出来ないだろうが、時間をかけさえすれば大陸人類を滅ぼすことはできる。私とクローズさえ生きていればな」
「時間をかけさえすればだと? どういうことだ?」
「言葉の意味を語るには昔話をしないとな。元々私達は50年近く前から人類を滅ぼす為の行動を起こし始めていた。三種の霧の研究を進め、魔獣の総数を増やし、魔人の仲間を増やし、着々と総合的な戦力をあげていき、20年前の時点で人類に勝てるほどの戦力が整った。それからも私達は戦力を増やし続けたが、10年前に我々を脅かしかねない存在が動き出した、シンバードの誕生だ」
この時俺は過去にフィルが言っていた言葉を思い出した。確かフィルは
――――僕やスパイが集めた情報によると、元々20年以上前の時点でアスタロト陣営は人類を倒せるほどの力を持っていたんだ。だが、アスタロトは100の力で80の敵を倒すより、200,300とより大きな力を得てから圧倒的に勝利した方が自陣営への被害が減らす事が出来ると考えていたんだ――――
と言っていたはずだ。しかし、結果は力の差をつけるどころか追いつかれそうになっている。シンの手腕と人柄と運はアスタロト達の壮大な計画すらも脅かすほどに凄いのか、と改めて驚かされる。
クローズやアスタロトや仲間達との会話を思い返している内に少し引っ掛かる点がでてきた俺は彼らへ尋ねる事にした。
「クローズも確か『少しずつ戦力を増やした』と言っていたな。それと同時に『戦争から逃げて0から再起を図るのは骨がおれるし、時間も限られている』とも言っていた。だからアスタロトとクローズの言葉を合わせれば『時間をかければ人類を滅ぼせる』という言葉に矛盾を感じるぞ」
俺が指摘するとアスタロトは舌打ちし、クローズはバツが悪そうに頭を掻きだした。この態度から察するにクローズはアスタロトにとって言ってほしくない情報を漏らしたのだろう。
アスタロトは大きな溜息を吐くと、言葉の真意を語る。
「クローズが言った余計な一言は忘れるのだな。そもそも私とクローズの言ったことは同じようで同じじゃない。時間をかければ人類を滅ぼす事ができるのは間違いないし、クローズの言った『時間が限られている』という言葉は戦争が終わった後に私達が成し遂げなければならない『計画』について言及しているのだ」
「計画? それって過去視で見たサラスヴァ計画ってやつか?」
「……サラスヴァ計画も含んだ、より崇高で高次元な計画だ。だが、計画の詳細をお前達に教える義理はない。シンとガラルド、そしてシンバードの戦士達を殺せば大陸人類は核を失い、弱体化する。そこから態勢を整えてじっくりと人類を滅ぼさせてもらうとしよう、人間にしては手強いモードレッドも消えてくれた事だしな。まぁ、本音を言えばもっと激しくシンバード陣営と帝国が戦力を潰し合ってくれればよかったのだがな」
「モードレッドもアスタロトと協力してシンバードを潰した後にアスタロトを潰すつもりだと言っていたが、お前も同じ様な事を考えていたんだな。だが、俺達は誰の思い通りにもならないぜ。ここでお前を倒し、全てを終わらせる!」
「フッ、どうやら私に勝てる気らしいな。だが、残念ながら今日この場所がお前達の墓場となる。そして愚かなトルロ族の魂が漂うこの場所へ新たに人類の魂が加えられる。トルロ族の終焉とお前達の終焉を手土産に此処から新しい世が始まるのだ……最高ではないかッ! フハハハッ!」
狂乱ともとれる声色でアスタロトが笑いだし、背中にかけていた杖をとって構えた。仮面で顔が見えないぶん表情が分からず余計に不気味さを感じるが、恐れている場面ではない。
俺は先制攻撃を加える為にレッド・バレットの構えをとった。しかし、俺の前にサーシャが手を出し、慌てて止めてきた。サーシャは首を横に振って構えを解くよう促すと、冷静な声でアスタロトに問いかける。
「待ってガラルド君! まだアスタロトさんに聞かなきゃいけない事があるよ。教えてアスタロトさん、人質のストレングさん達は何処にいるの? それに貴方の作った組織エンドの人間が何処にいるかも教えて!」
「この声はドライアドの聖女サーシャか? いいだろう、先に人質の姿を見せてやろう。命令だブロネイル、人質を武舞台の横へ連れてこい」
アスタロトは姿の見当たらないブロネイルの名を呼ぶと、武舞台近くの小屋から縄を持ったブロネイルが姿を見せると同時に縄で両腕を拘束されたストレング、シルバー、ルドルフ、ソル兵士長、それに加えてヒノミさんやレナなど要人だけではなく俺達に関わりの深い者達まで現れた。
拘束された皆は外傷こそ見たらないものの、一人の例外もなく衰弱しているようだ。アスタロト達に毒か何かを喰らわされたのだろうか?
どうやらアスタロトは俺達の交友関係までも把握していて人質で揺さぶりをかけたいらしい。しかも、ソル兵士長が拘束していたブロネイルが解放されてアスタロトの戦力に合流してしまっている、状況はかなり悪いと言っていいだろう。
だが、不幸中の幸いかザキールの姿が見当たらない。ブロネイルと同じようにソル兵士長に拘束されていたザキールがいないのはどういう訳だろうか? 俺は先に衰弱している仲間達の事をアスタロトに尋ねた。
「お前らが仲間達を弱らせて人質にしているのは理解した。拘束した後、毒でも使ったのか?」
「毒ではない、ただ闇属性魔術で体力を削っただけだ。下手に逃げられても面倒だからな。人質はあくまでガラルド達を呼ぶ為だけの道具に過ぎない。万に一つの確率でお前達が勝てば勝手に解放してやればいい」
「そうか、ならお前に勝って一緒にシンバードへ帰ることにするよ。もう一つ質問させてもらう。、ここにザキールの姿が見当たらないが何処にいるんだ? ブロネイルと同じく、拘束が解除された後にアスタロトのパーティーに合流したんじゃないのか?」
「……どうやら私は手下の育成に失敗したようでな。ザキールは拘束を解いてやると、探し物があると言って私の元から去ってしまった。奴が何を探しているのかは知らないが、戦いを放り出していくような奴になってしまったのは私の管理不足が原因だろうな……」
ずっと傲慢ともとれる態度をとってきたアスタロトが珍しく寂しそうに呟いた。アスタロトの子供である俺、フィル、ザキールの3人の中でザキールだけがアスタロト陣営の一員だから多少は情みたいなものがあるのかもしれない。
アスタロトに人間らしい心が残っていれば、もしかしたら説得できる時がくるかもしれないが……今は甘い気持ちを捨てて奴から情報を聞き出し、戦闘不能に追い込むことだけを考えよう。俺は続けてエンドの人間について尋ねた。
「それじゃあ次はお前が攫っていった学者達について教えてもらうぜ。お前はエンドって組織を作り、常軌を逸した研究を進めさせていたんだろ? その学者の中にはサーシャの両親もいるはずだ。彼らは今、どこにいる?」
「……本来なら黙秘するところだが、お前達は今日ここで死ぬことが確定しているからな、特別に教えてやろう。学者たちは今も全員私の研究所『ククルカン』に閉じ込めてある。その研究所は帝国東領の地下施設、つまりモードレッドが管理する地で研究させている」
「なっ! そんな目立つところに秘密を隠していたのか!」
「木を隠すなら森の中、とまでは言わないが天下の帝国領に別の組織があるとは思わないだろう? モードレッドとは部分的に協力していたからな、これくらいの仕込みは可能だ」
確かサーシャの両親でネリーネ夫妻の日記に『ククルカンに連れて行かれるかもしれない』と書いてあった覚えがある。ここにきてやっとククルカンが研究所の名称であることが分かった。
帝国に学者たちを隠していた事には驚きだが、ソル兵士長達と同じように廃王園の中で人質にされるよりはマシだ。強大な敵を相手に誰かを守りながら戦うのは厳しいから人質は少なければ少ないほどいい。
それにサーシャの実の両親がここにはいないのもサーシャの心に動揺が走らなくて好都合だ。これから厳しい戦いが始まるうえで安心材料が増えるのはありがたい。
これで知っておきたい情報はほとんど知る事ができた。アスタロトの言っていた『サラスヴァ計画も含んだ、より崇高で高次元な計画』とやらが気になるところだが喋ろうとしない以上、倒して聞き出すしか方法はないだろう。
後はアスタロトと決着をつけるだけだが、俺の頭の中にもう一つだけアスタロトに聞いておきたい事が浮かんできた。戦況を有利にするような質問ではないけれど、気持ちをすっきりさせる事に繋がる大事な質問となるはずだ、俺は早速問いかけた。
「最後にアスタロトの気持ちを聞かせて欲しい。グラドの忘れ形見であり、トルバートの代替品でもある俺を殺せばお前は本当に幸せになれるのか? 真の意味でディザールからアスタロトになれるのか?」
=======あとがき=======
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