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【第423話】離昇

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 アスタロトとの決戦当日の朝  起きてから顔を洗って外に出ると、集会所前にシンとレックと大勢の兵士の姿があった。

 二人はシンバードを包囲して攻めこむ地上軍の最終チェックをしているようだ。

 シンもレックも軍人的な職務に励んでいるところをあまり見た事がないから新鮮な気分だ。シンバード兵と帝国兵の混合軍は統率のとれた陣形を組むと、レックの号令とともにシンバードへと進みだした。

 地上軍を見送ったレックは一仕事終え、集会所内に戻るべく振り返った瞬間に俺の姿を発見し、朝の挨拶を交わす。

「おはよう、もう起きたのかガラルド。樹白竜じゅはくりゅうに乗って空を駆ける俺達は移動が速くて出発までまだまだ時間があるから、もう少し休んでおいた方がいいと思うぞ?」

 レックが気を遣ってくれていることだし、お言葉に甘えてもう少し部屋で休もうかと考えていると、シンが俺の元へ駆け寄り、険しい表情で話し始めた。

「おはようガラルド君。いきなりで悪いが良くない知らせを聞いてくれ。伝達兵の報告によると未だにゼロ君とフィル君の行方が分からないそうだ。幸い西に行ったトーマス殿は出来るだけ早く地上軍に合流してくれるようだけどね。そして、パープルズの怪我についてだが、残念ながら戦いに参加するのは無理そうだ。あの怪我では歩く事はできても戦うのは厳しいからね」

「そうか、まぁモードレッドの魔術を受けたパープルズが一生モノの怪我を負わなかっただけでも幸運だ。ゼロとフィルは心配だけど死んではいないだろう。これだけ広範囲に人も兵士も広がっていれば死んでいた場合必ず遺体は見つかるはずだしな」

「う~ん、逆に言えばアスタロト陣営に攫われている可能性も考えられるけどね。固まって行動していた我々とは違ってゼロ君達は狙いやすかっただろうしね。それに気絶さえさせれば空を駆けられるクローズ達なら簡単に廃王園はいおうえんに運べるだろうからね」

 最悪の想像ばかりが浮かんできて俺とシンは黙り込んでしまった。そんな様子を見ていたレックは俺のところまで歩いてきて肩を軽く叩き、励ましの言葉をかけてくれた。

「人質になってるならまだ生きているってことだ、アスタロトを倒して取り返せばいいだけだ、むしろ都合がいいとポジティブに考えよう。もし、縄か何かで拘束されているとしたら隙を見て解放させることが出来れば、加勢してもらえるかもしれないしな」

「……そうだな、ウダウダ考えたって俺らが取るべき行動は変わらないんだからポジティブになった方がいいよな。ありがとよ、レック」

「フッ、気にするな。あ、話は変わるがガラルドに渡しておきたいものがある。実は兵士がモードレッド兄さんの遺体から持ってきてくれたものなんだが」

 そう言うとレックは鞄から一冊の本を取り出して俺に渡してくれた。その本の表紙には古代文字が刻まれている。どうやら俺でも読めるぐらい基礎的な古代文字のようで表紙には『グリメンツの書』と書かれている。

「これがビエードやレックの部下に死の契約を結ばせた『グリメンツの書』か。こいつが人の命を奪ってきたかと思うと今すぐにでも燃やしてやりたくなるな……」

「気持ちは分かるが絶対に燃やしたり捨てたりしないでくれよ? ジャッジメントと同じで使いようによっては世の中の役に立てる事が出来るかもしれないからな」

「ちゃんと分かってるさ。だが、どうして俺に渡すんだ? 一応グリメンツの書は帝国の所有物だろ?」

「ガラルドの方が……いや、シンバードの方がきっと上手く使ってくれると思ってな。現にシンバードはジャッジメントというアーティファクトを見事に施政に活かしている。強大で凶悪になりえる力こそ、善の心を持つ者に扱ってもらわないとな」

「これから帝国の中心になるであろうレックだって良い使い方をできると思うが……まぁ、モードレッド亡き今、帝国は慌ただしくなるだろうし、とりあえず俺達シンバード陣営が預かっておくことにするか」

 俺はグリメンツの書を鞄にしまう前に少しだけページを捲ってみた。すると、何百ページにも渡って色々な筆跡で契約内容が書かれていた。

 恐らく歴代の保持者が書いてきた契約文なのだろう、どれぐらい昔から使われてきたのかは分からないがあまりにも多くの契約が書かれていて正直ゾッとする。そして俺がびっくりした点はもう一つある、それは全ての文字に水平の一本線が引かれている点だ。

 一本線の意味が気になった俺は早速レックに意味を尋ねた。

「なあ、レック。契約文に引かれているこの一本線は一体何なんだ?」

「それは『契約を課した者が亡くなった、もしくは契約者が亡くなり契約が無効になった証』だ。礼をあげればビエード大佐が契約を違反する前にモードレッド兄さんが亡くなっていればビエード大佐は黒い煙に殺されなかったことになる」

「なるほどな。だから実行された呪いも未実行の呪いも一本線が書かれることになって、使用者が全員亡くなっている今のグリメンツの書は全ての契約に一本線が引かれている訳か。恐ろしいアーティファクトだが万能ではないわけだな」

 グリメンツの書のことが大体わかってきた。グリメンツの書は脅しに近い使い方をするのが基本なのかもしれないが、上手く使えば互いが互いを裏切れないような契約を結んで協力関係を作り出すことは出来ないだろうか?

 具体的な方法はまだ思いつかないが、やり方次第ではザキール達魔人と手を組んでアスタロト戦の戦力にできればいいのだが。だが、一歩間違えれば恐ろしいアーティファクトになり得るから極力は使わないようにしよう。

 三人で少しだけ雑談を交わした後、俺はレックの言葉に甘えてちょっとだけ休んでくることにした。とは言っても最近何故か体力・魔量回復が異様に早くて眠る必要はなさそうだから、集中力を高めるだけにとどめておこう。







 1時間、2時間と時間は流れて昼過ぎになり、遂に俺達が樹白竜じゅはくりゅうの洞窟へ行く時間が訪れた。俺、リリス、サーシャ、グラッジ、レック、シンの6人はドライアドの民と兵士から盛大な拍手と共に見送られた。

 皆の拍手と期待を込めた目が俺達に闘志を与えてくれる。高まり過ぎたテンションを何とか抑えながら樹白竜じゅはくりゅうの洞窟に辿り着くと、樹白竜じゅはくりゅう ラボレは待ってましたと言わんばかりに洞窟に入ってすぐのところで待っていた。

 リヴァイアサン以外の神獣と待ち合わせなんて初めてだから何て言葉を掛ければいいか迷っていると、ラボレは大きな溜息を吐き、クールに呟く。


――――運命を分かつ決戦だろうとも、私がかける言葉は何もない、さっさと背に乗れ――――


 最初の一言を選んでいたのが馬鹿らしくなるラボレの言葉に従い、俺達は順番にラボレの背に乗り込んだ。

 立ち上がれば十階建ての建物に匹敵するぐらい大きな樹白竜じゅはくりゅうは実際に跨ると、あまりの質量と迫力に現実味が湧いてこない。

 初めて会った時はこんな強大な存在に技をぶつけていたのかと思うとゾッとする。樹白竜じゅはくりゅうは洞窟の中で羽を広げると、地鳴りのような音と共にゆっくりと巨体を浮かせた。

 あと少し浮いたら俺達ごと洞窟の天井にぶつかってしまいそうでヒヤヒヤしていると、白い葉と樹の絡まった両翼を広げて、大砲弾の如く洞窟から勢いよく飛び出した。

 洞窟の周囲にいたであろう動物たちは一斉に散り散りになって逃げだし、遥か遠くの丘にある木々からも鳥が慌てて逃げ出しているのが見える。それだけ樹白竜じゅはくりゅうが動き出すという事実が直感的に恐ろしいのだろう。

 樹白竜じゅはくりゅうは洞窟から飛び出すと、目も開けていられない程のスピードで空気の壁を突き破りながら上昇し、あっという間に上空1000メードを優に超える位置へ到達してしまった。恐らくシンバードへの移動中に極力人目につかないように敢えて上空へ移動したのだろう。

 高すぎて若干寒さを感じた俺は体を揺らして温めていると、ラボレは得意げに呟いた。


――――ここから高速で東の空へ駆ける。精々振り落とされぬよう、しっかりと掴まっておくのだな――――


 ラボレは宣言通り、とんでもないスピードで東の空へと駆けだした。俺達6人は全員で体を支え合い、強烈な逆風を体に受けながら到着の時を待ち続けた。


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