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【第406話】心の奥
しおりを挟む「ううぅぅぐぅっ……に、逃げろ……ガラルド……」
暴走したレックは俺の首を締めながらも名前を呼んでくれている。どうやら僅かに残った理性で俺の事を認識し、守ろうとしてくれているようだ。
レックに名前を呼ばれた事で俺は改めて『真の敵は霧の力を利用する帝国の体制であり、レックではない』のだと怒りが燃え上がってきた。
無理やり暴走させられたレックが必死に抗ってくれているのだから今回の戦いは誰かと誰かの戦いではない……『帝国の意志』対『俺、レック、グラッジ、第4部隊』の戦いなのだ。
膂力の差でレックに抗えない以上、今は力でレックの手を離させるのは難しい。一瞬でいいからレックの締め付けを緩ませる隙を作らせなければ。俺はレックの理性へ語り掛ける事にした。
「ぐっ……レ、レック、この手を離せ……もう、お前に命令する……モードレッドは……負けた……死んだんだ……」
「グルルルゥゥッ……兄さん……が……死……ぐああぁぁっっ!」
一瞬だけ力が弱まった気がするが、それでも首を掴む手を離させることは出来なかった。モードレッドが負けて散っていったという事実ですら暴走するレックはちゃんと認識できないのだろうか? それともしっかり認識したうえでそれでも暴走が上回っているのだろうか?
まずい……本当に打つ手がない。グラッジも周りの兵士もまともに動ける状態ではないし、レックの力が弱まる様子もない。このままでは確実に俺が窒息させられてしまう。
死が近づいてくるのを感じる……折角わだかまりも溶けてレックと友になれたというのに俺がレックに殺されるなんてあまりにも皮肉が効きすぎている。呼吸が出来ず、頭が回らない状況だから余計な事を考える暇なんてないというのにレックとの思い出ばかりが蘇る。
ヘカトンケイルでパーティーを追放されるまでの仲の悪かった期間もあったが、ドライアドで再会して模擬試合を行ったり、樹白竜の洞窟で死に掛けのレックを助けたりと少し溝を埋めることができた。
モードレッドに威圧されて何も出来なくなっていたレックとタッグを組み、戦闘訓練でモードレッドに一撃喰らわせて認めさせることが出来た過去も印象深いし、共にイグノーラを守るために九頭竜ヒュドラやザキールを倒した思い出なんて一生忘れる事のない大切な思い出だ。
気が付けば俺の目からは涙が流れていた。この涙は痛みからくる涙ではなく悲しみと悔しさの涙だ。そして、泣いているのは俺だけではなかった。俺の首を絞め続けるレックもまた暴走に抗いながら涙を流していたのだ。
レックに友殺しの業を背負わせるわけにはいかないし、死なせるわけにもいかない。レックが悲しむ顔を見たくないし、レックが死んで悲しむ人の顔も見たくない。
まだ生きているバイオル達兄弟もきっと悲しむはず――――そんな想像をしていた俺の脳にレックの手を止める言葉が舞い降りた。
もしかしたらレックが大切にしているあの人の名を口にすれば手を緩めてくれるかもしれない……一縷の望みに賭けて、俺は言葉を発する。
「ぐっ……お前が……暴走し続けて……人を殺せば……きっとネイミーが……悲しむぞ……」
「グルルルゥゥ…………ネ、ネイ、ミー? 姉さん? うっ! あ、頭がッッ!」
レックが元パーティーメンバーであり腹違いの姉であるネイミーの存在を思い出した瞬間、俺の首を絞めていた手は嘘のように力を弱めた。その隙を逃さず体を捻って首絞めから脱出した俺は距離を取って息を整えた。
「ハァハァ……ハァハァ……いいぞ、その調子だ、レック。このまま理性で暴走を抑え込んで変化の霧の力を弱めるんだ!」
「ううぅぅっっ……ううぅっ……」
レックは小さくうめき声をあげると地面に膝をついてうずくまった。レックの体の中で破壊衝動と理性がどのくらいの割合で戦っているのか分からないが、確実に理性が割合を増やしてきているのは分かる。
俺は喉が千切れそうなくらい必死になって「頑張れ!」と叫び続けた。周りの兵士達も俺に続いて正気を取り戻すように叫んでいる。
レックは何度も叫び、唸り、地面を殴り、自分自身と変化の霧に向き合って戦っている。レックが地面を殴る度に重低音が腹まで響き、周囲が穴だらけになっていく。
時間にして三十秒も経ってはいないが苦しくて長く感じる状況が続いたところでレックは突然ピタリと動きを止め、全身に強い魔力を纏い始めた。
何か嫌な予感を覚えた俺は反射的に「みんな伏せろ!」と叫び、全員に防御を促した。すると、レックは自爆したのかと思うほどの爆風を全方位に放出し、周囲の地面は直径10メードほど跡形も無く消し飛んでしまった。
変化の霧の暴走に抗った結果、魔力が暴発したのだろうか? 爆風によって盛り上がった土からそっと顔をのぞかせると、レックの体は光る紋章が右半身に偏り、左半身からは紋章が消えていた。
半分とはいえ紋章が消えたのだから、ある程度理性を取り戻した可能性もあるだろう。俺は恐る恐るレックへ声を掛けた。
「大丈夫かレック? 暴走を抑え込めたのか?」
「…………」
俺の問いかけに対しレックは言葉を返さなかった。だが、今すぐ攻撃を加えてきそうな気配もない。もう少し近づいて様子を見てみようと歩み寄ると、レックは手から氷の刃を生み出し、剣先をこちらへ向けて静かに呟いた。
「近寄るなガラルド。俺は結局変化の霧を抑え込むことが出来なかった。自分の中にある邪念に勝てなかったんだ」
「な、何を言ってるんだ? 暴走の影響でさっきまで喋る事すらままならなかったのに今は普通に喋れているじゃないか。くだらない冗談はよしてくれ」
「冗談なんかじゃないさ。魔力の暴走こそ抑えられたが最後の最後で俺は誘惑に負けたんだ。内なる自分へ語り掛けてくる変化の霧の誘いにな」
「誘いだと? お前は何を言ってるんだ? さっぱり分からないぞ?」
問いかける事しかできず困惑していた俺とは対照的にレックは静かに呼吸を整え、氷剣を両手に構え、着々と戦闘態勢を整えている。未だ戦う覚悟の出来ていない俺に対し、レックは容赦なく斬りかかってきた。
レックの氷剣を棍で受け止めた俺はフリーになっている足でレックの腹を真っすぐに蹴った。しかし、レックは微動だにしない。足に伝わる感触は大岩でも蹴ったかのように強堅だ。
レックは一旦後ろへ下がり、腹についた土汚れを払うと少し寂しげな表情で話し始めた。
「肉体と魔力の暴走はある程度抑えることが出来たものの、変化の霧は心の奥底に閉じ込めていた感情をこじ開けてきた……それはガラルドに対するライバル心……いや、嫉妬の心だ」
=======あとがき=======
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