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【第401話】腐れ縁と敬意
しおりを挟むモードレッドに両腕を掴まれたことで俺は拳撃を封じられた。モードレッドが上から氷塊を降らす魔術で攻撃してくる一方、俺は腕が動かせない状況で放てる唯一の攻撃手段『頭突き』を繰り返し対抗していた。
十発、二十発と交互に攻撃を繰り返し、視界すら血で染まりかけてきた頃、モードレッドは肩を掴んでいた両手を手前側に引き寄せ「殴り合いはガラルドの専売特許ではない!」と叫び、俺の横腹に膝蹴りを放ってきた。
「ウゲェッ!」
初めて喰らうモードレッドの荒々しい膝蹴りで肋骨が折れ、血を吐き出した俺は一瞬意識が飛びそうになった。だが、膝蹴りが放てるぐらいに体を寄せたということは俺も蹴りが当たる距離にいるという事だ。
俺はお返しと言わんばかりにモードレッドの腹に膝蹴りを繰り出すと、モードレッドは衝撃と痛みで大きく仰け反り、遂に俺の両肩から手を離した。
「グハッ! し、しまった……だが、諦めてなるものか!」
不屈の闘志を目に宿したモードレッドは俺がとっくの昔に感知の型を解除していたことに気が付いたのか、双剣を構えた。
モードレッドの残り体力と魔量がどのくらいかは分からないが、少なくともダメージだけは相当蓄積しているはずだ。俺自身次に強力な攻撃を放てばもう動けなくなるのは分かっている……だから次の攻撃がモードレッドを倒す最後のチャンスだ。
モードレッドの構えに呼応するかの如く俺は旋回の剣を取り出して刀身を回転させた。5歩も歩けば剣が届く距離にいる俺達は沈黙し、間合いを探り合っていた。
間合いを探り合っている間にも俺の魔量は旋回の剣によって削られてしまう。早く勝負を決めなければ……沈黙を打ち破り、俺は先に動きだした。
「これで終わりだ! モードレッド!」
「来い! お前の渾身の一撃、我が剣術で受け止めてやる!」
どうやらモードレッドは双剣で一度旋回の剣を受け止めてから、反撃するつもりのようだ。ボロボロで火力が落ちているとはいえ、それでも旋回の剣は俺が出せる最高火力だ、絶対に止めさせるつもりはない。
俺はサンド・ステップで加速した体を勢いよく捩じり、旋回の剣を渾身の力で振り下ろした。
「喰らえ! 旋回斬!」
「弾け! 交天衝!」
旋回の剣が交差する双剣の中心へ勢いよく衝突すると、手元から脳の奥まで響いたかと思えるほどの振動が発生し、剣と剣の間から衝突音すら遅れて聞こえてくる爆風が生まれた。
時間にして瞬きよりも短い時間ではあるが、俺はモードレッドの放った防御技・交天衝に恐怖した。あまりに完成された双剣の弾き返しは掛け算の効果を生み出し、今のモードレッドの腕力・魔力以上の抵抗力を生み出した。
その結果、俺は剣を持つ両腕を真上に弾かれ、旋回の剣を手放してしまい、渾身の一撃を防がれてしまった。
きっとモードレッドは旋回の剣を吹き飛ばした瞬間に勝利を確信していただろう。だが、俺は旋回の剣が吹き飛ばされる事も想定して次の攻撃の準備をしていた。
いや、もはや攻撃と言うのも間違っているのかもしれない……何故なら次に俺が取る行動は胸元がガラ空きになったモードレッドにレストーレを振り下ろす事だからだ。
旋回の剣が弾かれるほんの少し前に俺は魔砂を操って背負っているレストーレを鞘から抜き出し、一瞬で握って振り下ろせるように頭上まで持ってきていたのだ。
旋回の剣が手から離れた直後にレストーレを握った俺を見てモードレッドは驚嘆の声をあげる。
俺は遂に訪れたモードレッドの大きな隙を目掛けて、レストーレで刺撃を放った。
「終わりだぁぁっ!」
レストーレの刀身がモードレッドの左肩を貫いた。ジャッジメント同様殺傷力こそないものの、刺された瞬間にモードレッドは膝を着き、体を激しく発光させながら呻き始めた。
「ウガアアアァァァッッ!」
獣の様な叫び声をあげたモードレッドは肉体の制御を失い、のたうち回っている。吸収の霧による強化を突然失う事はそれだけ反動が大きいのだろうか? 変化の霧による強化をレストーレで解除した時にはここまでの状態になっていなかっただけに心配だ。
のたうち回っているモードレッドが心配で近寄ろうとすると誰かが俺の肩を掴んで制止させた。後ろへ振り向くとそこには首を横に振るシンの姿があった。シンは膝を震わせながら立っているのがやっとの状態で呟く。
「もうモードレッドは終わりだ。君がレストーレを刺しても長期戦に持ち込んでもサクリファイスソードであれだけ魔力を吸いこんで強化してしまえば…………奴の言う通り生きてはいられないはずだ。だから俺達に出来る事はもう何もないのだよ」
「だ、だけど、まだモードレッドは生きているんだ、やれるだけの事はやっ――――」
「や……や、やめろガラルド……お前はどこまで甘いんだ……私の体は私が一番……分かっている……」
俺の言葉を遮るようにモードレッドが体を震わせながら声を掛けてきた。
「レ、レストーレはサクリファイスソードによる強化を引き剥がしたに過ぎない……故に肉体への反動を消した訳ではない。興奮状態によって感じられなくなっていた痛覚が蘇っただけなのだ。どうだガラルド? 憎い敵を止め、苦しむ姿を見れた気分は?」
「憎かろうが憎くなかろうが苦しんでる姿を見るのは辛くて堪らねぇよ……」
「ガラルドならそう言うと思ったぞ。だがな、戦いとは罪悪感と屍を乗り越え、散っていった者達の魂を背負う事と同義だ。だから、治してやるだなんて甘い考えは捨て――――」
「うるさい! 黙ってろ! 俺が絶対に元に戻してやる!」
モードレッドの言葉を遮った俺は再びレストーレを握り、刀身に付けていた薬草を拭き取って何度も何度もモードレッドの体へ刺した。もしかしたら重ねて刺すことで肉体を蝕んでいる反動とやらを消せるかもしれないと考えたからだ。
しかし、モードレッドの吐血が俺の浅はかな考えを否定する結果となってしまった。モードレッドは青白い顔に似つかわしくない満足気な表情で空を眺めながら自身の想いを語り始めた。
「私は絶対に勝つつもりで戦争に赴いていたが、仮に負けるならシンやガラルドと戦って負けたかった。それが帝国の為だけに働いてきた私の数少ない我儘だ。無念の気持ちだけを抱えて死ぬのではなく、どこか晴れやかな気持ちであの世へいけそうだ」
モードレッドの呟きを聞いたシンは憎き敵の死を見つめる表情はしておらず、かといって友の死を見つめる表情もしていない。どこか複雑で形容しがたい表情を浮かべている。悲しそうにも寂しそうにも見えるし、覚悟を決めた表情にも見える……二人の間に流れる空気が稀有な関係性を感じさせる。
気が付けばシンはモードレッドの手を握っていて、優しい声色で尋ねた。
「モードレッド、残された者に伝えたい言葉があれば俺が伝えておくぞ? お前の事は嫌いだが腐れ縁だからな、それぐらいはサービスしてやる」
「……フンッ、そんなものはない。言葉を残さなければいけないほど頼りない者は帝国に一人もいないからな。私が死んでもレックがシンバードを滅ぼし、次の皇帝が帝国の世を作るだろう。だが、私が帝国人ではなく帝国そのものに伝えたい言葉がある」
「帝国そのものに伝えたい言葉? なんだそれは?」
「私は千年の歴史を持つリングウォルド家の継承者として最後まで責務を全うしつづけた。非情と罵られようとも親族から恨まれようとも皇帝モードレッドの生き様を貫いたのだ……私は帝国の戦士であり続けた……だから皇帝モードレッドの歩みに微塵の後悔も無かった……。もう祖国へ帰ることはできないからな、その言葉を私が散ってゆくこの地へ置いていく」
「置いていく……か。お堅いモードレッドらしい言葉だな。だが、俺は今聞いた言葉を自分の胸の中だけにとどめておくつもりはない、お前の大切な仲間達に伝えさせてもらう。それが腐れ縁のよしみ……いや、大陸の頂きを争った好敵手としての敬意だ」
「余計な事を……いや、もう肩肘を張るのはやめて素直に礼を言わせてもらおう。ありがとう……シン。言いたい事を言えたから……これでもう……眠る事ができる……もし、魂の……輪廻があるならば……またお前の好敵手となり……あいつらの兄として生まれ……今度は平凡な……」
モードレッドは言葉を最後まで言い切ることなく瞼を閉じた。シンが握っていたモードレッドの手は握り返す力を失い、稲穂のようにゆっくりと垂れて地面に触れた。今、この瞬間にモードレッドの魂は旅立ったのだ。
モードレッド自身が『後悔はない』と言っていたのだからきっと本心だと思う。だが、それでも最後の最後に『来世と兄弟』について言及している点から責務を抜きにした普通の人間として生きる望みも抱いていたのだと思う。
モードレッドの最後を見届けたシンは気持ちを切り替える為に自分で自分の頬を叩くと、無理やり作った笑顔で俺に声を掛けてきた。
「さあ、これで帝国の要とも言える4兄弟のうち3人を止める事ができたわけだ。後は倒れているリリス君達を安全な場所まで運んで、体力が回復でき次第、今も離れた場所で戦っているであろうグラッジ君とレック君の元へ加勢に向かおう」
モードレッドと旧知の仲であるシンが毅然とした態度を貫いているのだから俺だってしっかりしなければ。俺は戦いで疲れ切った両足を引きずるように前へと動かし、シンと共に倒れているリリス達の元へと向かった。
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