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【第389話】帝国の優先順位
しおりを挟む「モードレッド……まさか、総大将のあんたが既にここまでシンバードに近づいていたとはな。シンを直接殺しに来たのか? それとも弟達の敵討ちか?」
俺の問いかけに対しモードレッドは首を横に振ると、ここにいる理由を語り始めた。
「シンもガラルドもこの場所にいるなんて私は知らなかったさ。ついさっき兵士から伝言を受けて知ったばかりだからな。勿論バイオルとミニオスの敵討ちでもない。そもそも極度のお人好しであるガラルドではバイオル達を拘束することは出来ても殺す事はできないだろう?」
モードレッドには見えないようにバイオルとミニオスを拘束して隠したというのにバレバレだったようだ。俺は一応反論しつつ、モードレッドの目的を探る事にした。
「さあな。バイオルとミニオスは既に殺しているかもしれないぜ? それか人質として交渉のカードにするかもしれないな。どっちにしても奴らがどうなっているのか答えるつもりはない。だが、モードレッドには俺の質問に答えてもらうぜ。お前はシンが西へ移動したことを知らなかったはずなのにどうしてここにいるんだ? それに、お前の最終目的は一体何なんだ?」
「私の質問には答えないくせに私には答えを強制させるのだな、まぁいい、教えてやろう。私がここにいる理由はシンプルだ。バイオルとミニオスがシンバード制圧に手間取っているから自ら赴いただけの事だ。我々帝国は一度シンバードの街に侵入できたもののシンバードの戦士と救援に来た同盟国が思った以上に抵抗しているらしくてな。やはり私が直接手を下さなければいけないと判断したわけだ」
「戦況的な事情は分かった。次は戦争を仕掛けた理由について尋ねさせてもらうぜ。帝国はアスタロト陣営と組んで『魔獣、変化の霧、吸収の霧』のような非人道的な力に手を染めてまでシンバードを攻める理由はなんだ? そんなに帝国の栄光が大事か?」
「簡単なことだ。同盟陣営は一国一国は弱くとも束になると手強く、帝国すら飲み込みかねない程に急成長しているからな。今は利害が一致するアスタロト陣営と組んで潰しておく方がいいと判断したのだ。協力して同盟陣営を潰した後は勿論アスタロト陣営とも決着をつけるつもりだ」
「堂々と言い切っていて清々しいくらいだな。帝国は自国の発展・存続の為なら同じ人間である善良なシンバード同盟陣営を皆殺しにしても構わないと思っているんだな?」
「我々帝国も人を殺さずに済むなら殺したくはない。だが、ものごとには優先順位がある。帝国は未来永劫大陸一の国であり続ける義務があり、その為なら手段を選んでなぞいられない、そして全ての歯車が統一された意思で動かなければならない。バイオルとミニオス、そして皇帝である私ですらも帝国の歯車でしかないのだからな」
モードレッドは自分の事をもっと絶対的な王であると主張するかと思っていたが意外な答えが返ってきた。それにアスタロト陣営との協力も一時的なものであり、将来的にはアスタロト陣営も倒すつもりだという言葉にも驚きだ。
だからといってモードレッドを倒さない理由にはならない。もう少し質問して情報を引き出してから奴と決着をつけることにしよう。
「帝国は将来的にはアスタロト陣営も潰すつもりなんだな。って事は勝算があるって事か? アスタロトの弱点を知っていたりするのか?」
「勝算はともかく、弱点があるなら私が聞きたいぐらいだな。せめてバイオルとミニオスが私と同じぐらいまで強ければ対シンバード戦を無事に終えた後、そのまま対アスタロト陣営と戦って情報の一つや二つを持ち帰ってもらう事が出来たかもしれないがね。まぁ元々期待してはいないが二人とも予想以上にあっさりとやられてしまったからな。やはり品の無い戦い方をする奴らでは碌な結果を生み出さないな」
「品の無い戦いか……父であるアーサーを殺し、弟を駒の様に扱い、グリメンツで人の生き方をコントロールするお前が偉そうに語ってんじゃねぇぞ。俺は旅を通して色々な人間と接してきたがモードレッドが一番血の通っていない人間だと感じたぜ」
あまり面と向かって人格の事を言いたくはないが俺には我慢できなかった。それだけモードレッドに対して怒っているし、モードレッド自身に異常だと気付いて欲しいからだ。
だが、俺の想いとは裏腹にモードレッドは馬鹿にしたように笑い始め、これまでの帝国について語り始めた。
「フフッ、そういえば戦争前にアーティファクト『グリメンツ』を使用した際、グリメンツの霧からガラルドの伝言を聞かせてもらったな。シンに負けず劣らず青臭い男だと笑ってしまったぞ。ガラルドは人間が根本的に善の生き物だと信じているのだろうな。だから皇帝である私の言動に憤り、説教し、生き方を変えてやろうと考えているのだろう? だが、そもそも前提からして間違っている」
「前提だと? どういう事だ?」
「ガラルドは例え帝国であろうとも魔日で襲撃された際は他の国と同じように怯え、必死に戦い、魔獣殲滅という夢を抱いている同志である……などと考えているのはではないか?」
「ミストルティンによる魔獣のコントロールがあると知った今では部分的に魔獣を戦力扱いしているのだろうなとは考えはじめたよ。それでも帝国は死の山へ兵士を派遣して魔獣を倒す意思を見せている側面もあるから根本的には魔獣殲滅を願っている国だと思っていたぞ……それすら違うって事か?」
「最終的には魔獣が一匹もいなくなればいいとは思っているが、優先順位が違う。私も歴代の皇帝も魔獣殲滅よりも先にまず他国を滅ぼしたいと考えていた。そして、皇族の血が直系で流れる者の大半がミストルティンを使えるという事実は我々をある行動に駆り立てたのだ。それはミストルティンを持つ我々皇族が魔日の一端を担うということだ」
「魔日の一端だと? もしかして八十魔日と九十魔日の内、どちらかが帝国の仕業だってことか?」
「ああ、その通りだ。我々帝国は九十魔日をコントロールしていたということだ。もっとも、この事実を知るのはレックを除く我々兄弟、そして私に忠誠を誓う極一部の者だけだがな」
モードレッドが告げた真実は吐き気を催すものだった。見方を変えれば俺達は魔獣を介して帝国と争っていた事になるわけだ。
俺はリリスと出会う前からハンターとして魔日に関わってきたことが何度もある。だから九十魔日とも何度か戦っている。
それに加えてリリスと出会ってからもヘカトンケイルとシンバードで立て続けに九十魔日を戦っていたのは記憶に新しい……。
俺とモードレッドの因縁は思っていたよりずっと前から繋がっていたのだ。それと同時にモードレッドは『レックがハンターとしてヘカトンケイルに滞在』している事実を知ったうえで魔獣群を差し向けた可能性すらある。
最悪の可能性が頭をよぎってしまった以上、真実を確かめないわけにはいかない。俺はヘカトンケイルが襲われた九十魔日についてモードレッドに尋ねた。
「まさか、ヘカトンケイルが襲われた九十魔日はレックが滞在している事を知っていて襲わせたんじゃないだろうな?」
「ほほう、ガラルドは中々勘が鋭いな。その通りだ、ヘカトンケイルを襲わせたのは私の指示だ。当時のレックは愚弟という言葉が相応しい一族の恥だったからな。魔獣群を差し向けて活躍すれば名を売れるうえに経験にもなると考えたのだ。そして、仮に戦死してしまったならばそれまでの男だったということになり、死を以てリングウォルド家から除名できる。故にどちらに転んでも痛くないというわけだ」
この言葉で確信した。モードレッドは根っこから腐っている人間だ。理不尽な過去によって心を闇に墜とされたアスタロトの方がまだ人間臭くて同情もできる。
モードレッドを倒す事に一片の迷いも無くなった。俺は棍の先端をモードレッドに向けて、宣言する。
「モードレッド、お前に負けられない理由が増えた。俺は絶対にお前を倒す、そしてレックへ謝らせてやるからな」
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