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【第385話】バイオル
しおりを挟む俺、リリス、フレイム、アクアの四人はグラッジ達と別れてバイオル殿下を追いかけた。バイオルは馬に乗っているものの、さほどスピードを出している訳ではなく、ドライアドから西へ2キード程離れたところで追いつく事が出来た。
俺は少し卑怯な手にはなるが背後から不意を突く形で攻撃出来ないかと考え、岩場に隠れたまま離れた位置からスキルを解き放った。
「気付かないでくれよ、バイオル……喰らえ、レッド・ホイール!」
燃えながら回転する砂が高速で一直線に進んでいく。このままバイオルの背中か後頭部に当たってくれと祈った俺だったが、その考えは甘かった。バイオルは後ろも見ないまま剣を背後へ振り回すと、レッド・ホイールを叩き落してしまった。
バイオルはこちら側を向くとレックに似た甘いルックスにはそぐわない野太い声で呼びかけてきた。
「背後から遠距離攻撃で不意打ちとはな、隠れてないで出てきたらどうだ、英雄ガラルド。回転する砂を当てる攻撃を放てる人間は貴殿しか該当しないだろう?」
どうやら完璧にバレているようだ。仕方なくバイオルの前に姿を現わすと奴は笑いながら俺の印象を語り始める。
「ほほう、貴様がレックの友であり、英雄と名高いガラルドか。実物は初めて見るが噂より強そうな見た目をしているものの、不意打ちを狙う小賢しい男のようだな」
「初めての会話だというのに随分な言い様だな。それを言うなら魔獣を使役したり、兵士を使い捨てのように扱うお前ら皇族はどうなんだ? 人の事を言えた義理じゃないだろう?」
「貴殿の言う通り我々は様々な手段を講じて最強の帝国を築き上げてきた。だが、それは最も気高く優秀な帝国こそが大陸を治めるのに相応しい国だからだ。多少の犠牲や闇が生じるのは仕方がないのだよ」
「優秀かどうかは知らないが気高くはないだろ……お前らは実の弟であるレックですら目的の為に監禁しているんだろ? 今のレックは誠実で優しい人間だ、そんなレックを封じ込めているような奴らが気高さを口にしてほしくねぇな」
「ふっふっふっ、そうかレックの事を随分と気にかけているようだな。流石は元パーティーメンバー兼友人といったところか」
俺の挑発に対し、バイオルは不気味に笑っている。何故レックの名前を出した瞬間に笑ったのかが分からなくて不気味だし気分も悪い。俺は笑っている理由をバイオルに問いかけた。
「大事な弟の話をしている時に何を笑ってるんだ? そもそも今もレックは監禁されているのか? レックがどうなっているのか答えやがれ!」
「さあな、レックを利用しているのは私ではなくモードレッド兄さんだからな、知りたければモードレッド兄さんに聞けばいい。だが、一つだけ私の知っている情報をやろう。少なくともレックは今、監禁は解かれているはずだ。私が帝国を出発した時に監禁部屋にレックの姿がなかったからな。良い情報を教えてもらえて良かったな、クックック」
「なるほどな、貴重な情報を二つもくれてありがとよ」
「二つだと? どういう事だ?」
「一つはレックが無事だって情報だ、これは俺にもレックの部下達にも大きな励みになる。そして、二つ目はレックの兄弟が心底腐り切った人間だって事だ。何が『レックを利用している』だ……弟の人生……いや、人間の尊厳をなんだと思ってるんだ? 利用しているモードレッドだけじゃない、レックの現状を笑いながら話すお前も吐き気がするクソ野郎だよ」
「大陸で最も高貴なリングウォルド家を侮辱するか、どうやら英雄様は死をお望みらしい。私が直々に殺してやろう」
バイオルは瞼を痙攣させながら静かに怒り、剣先をこちらへ向けた。バイオルが構えると同時に近くにいた兵士達も一斉に俺達を取り囲んだ。
普通ならまずは個の力が弱い兵士を確実に倒していき、敵の総戦力を削いでいくところだが、増援がくる可能性もあるから一気にバイオルを叩くべきだろう。
だが、今の俺達は死の山の戦争時とは違い人数が四人しかいない状況であり、後衛職のリリスとアクアも抱えている、ここはフレイムに彼女たちの守りを任せて俺が一人でバイオルを倒してしまおう。
俺は最初から全力で足に魔力を集中させて地面を蹴り出した。
「一気に勝負を決める……レッド・ステップ!」
火の熱量と空気摩擦の熱量を纏った俺の体は地面を燃やしながら高速でバイオルとの距離を詰める。周りの兵士達は動き出しを見ていたにも関わらず護衛が間に合っていない。
バイオルも他の兵士よりは反応が早いもののレッド・ステップが想像以上に速かったらしく、剣での守りが中途半端になっている。これはチャンスだ……俺は勢いをそのままにバイオルの右手首へレッド・インパクトを放つと、俺の拳に手首を破壊した感触が響き渡った。
「ぐああぁぁっ!」
俺のレッド・インパクトで剣を落としたバイオルは呻き声をあげながら膝を着く。レックとモードレッドの兄弟だから相当強いだろうと警戒していたが、どうやら無駄な心配だったようだ。
俺が強くなり過ぎたのか、それともバイオルが弱いのか定かではないが、この戦いは確実に勝てる……剣を失い防御がガラ空きになったバイオルにトドメの一撃を喰らわしてやる! 俺は棍に熱砂を回転させて、バイオルの左肩に振り下ろす。
「とどめだ! レッド・ブロウ!」
「ぐっ……まだだ、こいつを喰らえ!」
バイオルは苦痛に顔を歪めながらも勝利を諦めていない目で俺を睨んだ。すると、突然鎧の左肩部分が両開き扉のように開きだした。手も触れていなければ何かを起動した素振りも見せていない……それなのに開いた左肩は中から紫色の霧を勢いよく噴き出してきた。
あと拳一つの近さまで棍を振り下ろしていた俺は寸でのところで棍を止め、慌てて後ろへ跳んだ。紫の煙は空気と同じぐらいの重さなのかバイオルの周りを浮遊しており、ほんのりと甘い香りがする。
「おい、バイオル、何をしやがった? この甘い香りがする紫の煙はなんだ?」
俺が問いかけるとバイオルはニヤリと笑い、懐から口と鼻を覆える仮面を取り出して自身に装着し、紫の煙について語り始める。
「クックック、甘い香りを感じたということは紫の煙を吸ってしまったようだな。この煙はかつて七恵の楽園と呼ばれる場所を滅ぼした猛毒だ。それを父アーサーが地下の奴隷労働施設で戦闘用に生産・改良した猛毒兵器だ。もう終わりだな、ガラルド」
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