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【第377話】躊躇
しおりを挟むシンバードを飛び出し、馬で東方向へ駆けていた俺達は三十分ほど移動したところで馬を止めた。その理由は東方向に連なる足跡を発見したからだ。
サーシャは平原に残る足跡を凝視しつつ触れると、自分なりの推測を皆に伝える。
「足跡を見るに恐らく二十人以上がこの場所を駆けていってるよ。どうやらシンバード付近は少し前まで雨が降っていたみたいで痕跡が残りやすかったんだね。足跡のサイズからして人間の筈だけど、まるで猫が駆けるように無駄がなくて一歩の距離が長い走りをしているみたい。もしかしたらアサシンの人達かも。それに踏まれた草の状態から推測する限り、ここを通ってからほとんど時間が経ってないみたい」
足跡だけでここまで推測できるとはサーシャの知識量にはいつも驚かされる。これで俺達が進むべき方向がより定まったこととなる。俺達は馬を更に加速させて東方向へと駆け続けた。
足跡を発見してから十分、ずっと足跡を追ってきた俺達の前に円形の森が現れた。俺はこの森に見覚えがある。初めてサーシャやパープルズと出会い、底なし沼を利用してドラゴンニュートを撃破した森だ。
足跡は森の中へと続いているようだから中に入るべきだとは思う。だが、一つの懸念が浮かんできた俺はサーシャへ相談を持ち掛けた。
「このまま足跡に従って森に入ってもいいと思うか? 仮にシン達が中へ逃げ込んだとしても既に森を出ている恐れもある。森は視界が悪くて入り組んでいるうえに凸凹だからハズレを引いちまったら大きなタイムロスになっちまうよな?」
「森の中でも足跡を追い続けられる保証も無いからね。こうなったらちょっと難しいけど馬に乗りながら森を迂回しつつ、サクに森を探ってもらおうかな」
そう呟くとサーシャは黒猫サクを召喚した。サクに夜の死の山を駆けてもらった時はサーシャがテントでジッとしている状態だったから探索してもらうことが出来た。しかし、今回は遠隔操作に加えて自分の身体も動かし続けなければいけない事になる。
「本当に大丈夫なのか? 聞いているだけで頭が痛くなりそうな複雑さだぞ?」
「やれると思う……いや、やってみせるよ。サーシャだって修行を積んできたんだし、殻を破らないとこの先の戦いで負けてしまうかもしれないから」
サーシャは力強く言い切るとサクに信号弾を咥えさせて森の中へと走らせた。今はとにかくサーシャに頑張ってもらうことにしよう。俺達はサーシャがスキル操作に夢中になって馬から落ちないか気にかけながら森を迂回して移動を続けた。
サクの視界を受けながら走るサーシャは半目になりながら危なっかしい手つきで馬を進めつつ、細かく森の状態を呟く。
「うんうん、足跡は途切れずに続いているね。このまま進めば底なし沼に向かいそうだけど……」
底なし沼は森の中心にあったはずだから西から侵入している以上真っすぐに東へ逃げている事になる。これなら真っすぐ森を東に突き抜けて今は平原を逃げている可能性が高そうだ、と考えていると突然サーシャが大声をあげた。
「見つけた! シンさんとリリスちゃんだよ! でも、黒いローブに鉄仮面を被った人達に囲まれちゃってる……場所は以前ドラゴンニュートと戦った底なし沼付近で敵の数は二十人ぐらいいるよ。急いで助けに行かないと!」
サーシャは情報を伝えると同時にサクへ指示を送り信号弾を真上へ発射させた。赤い煙が空へと登り、森の中からでもハッキリと向かうべき方向が分かる、サーシャの作戦は大成功だ。
俺は一秒でも早くリリス達を助けるために馬を兵士達に預け、サーシャをおんぶしてレッド・ステップを繰り出した。グラッジも馬を降り、風の色堅で移動速度を高めて三人で一直線に底なし沼を目指した。
立ち塞がる草木を弾き飛ばしながら進み続けた俺達はあっという間に底なし沼へと到着する、そこには膝を着いて息を切らしているリリス、そしてアサシンの攻撃からリリスを守っているシンの姿があった。
シンはバキバキと草木を吹き飛ばしながら近づいてきた俺達の方へ視線を向けると、目をかっぴらいて驚愕する。
「き、君達、何故ここに! どういう事だいガラルド君?」
「説明は後だ! 今は鉄仮面達を退けてリリスを守るのが先決だろ? 手を貸すぜ!」
「やれやれ、リリス君だけじゃなくて俺の事も守って欲しいのだけどね。まぁ君達がいればアサシンたちも恐くないだろう。それじゃあいくよ!」
俺とサーシャはリリスの横に立ち、グラッジはシンの横に立つことで全員でフォローし合う陣形を展開した。これでひとまずは戦えるはずだ。
アサシンは全員が逆手でナイフを持ち、トリッキーな動きで俺達に攻撃を加えてきた。だが、いくら小さなフェイントを入れようが回転砂で広範囲に吹き飛ばしてしまえば問題ない、俺は少しでも早く敵数を減らす為に最初からレッド・モードを解放する。
「まずは頭数を減らさせてもらうぜ! 喰らえ、レッド・テンペスト!」
俺の両手から放たれた灼熱の砂嵐はあっという間に三人のアサシンを飲み込んだ。俺に続いてグラッジも虹ノ一閃から鎌穿を繰り出し、二人のアサシンを戦闘不能へ追い込んだ。
これで残りは十五人だ。俺は一気に敵を蹴散らしたことで戦意を削ぐことが出来たかと思ったが、その予想は甘かった。むしろアサシン達は大技を放たせない方がいいと考えたらしく、全員が距離を詰める戦術を取ってきた。
俺は回転砂をリリスの周囲に展開しつつ、近接攻撃でアサシンを倒すべく右の拳に魔力を集中させ、アサシンの腹を目掛けて振り抜いた。しかし、アサシンは吐血しながらも俺の腕をがっしりと掴み、俺が移動できないよう妨害してきた。
「ぐっ……離せ……この野郎ッ!」
「うぅぅ……ぐががが……」
アサシンは俺の腕を離してたまるかと言わんばかりに魔力を全開放していて、凄まじい膂力を持っていた。予想以上に一人一人が強敵なようだ。それに魔力砲によって自我を失った時の帝国兵のように人間らしくない呻き声をあげている。もしかして『変化の霧』か『吸収の霧』を使って理性が働かなくなっているのだろうか?
どちらにしてもこのままではマズい……片腕を抑えられている以上大技を放って引っぺがすのも難しい。かと言って残った左手を使い、旋回の剣で斬りつけてしまったら加減が効かずに殺してしまうかもしれない。
俺は自分の取るべき行動を選べず硬直していると、アサシンの後方からシンが現れて、容赦なく背中を剣で斬りつけてしまった。背中から血を撒き散らし、掴んでいた俺の腕を離したアサシンは崩れるようにその場へ倒れ込んだ、恐らくもう生きてはいないだろう。
シンは珍しく眉間に皺を寄せると、低い声で囁いた。
「敵を殺す事に躊躇していたらこっちが殺されるぞ、ガラルド君!」
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