見捨てられた俺と追放者を集める女神さま スキルの真価を見つけだし、リベンジ果たして成りあがる

腰尾マモル

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【第369話】真剣勝負への憧れ

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「ザキールは何もかもが上手くいかず気持ちが曇っているし、俺の事が堪らなく憎いだろ? だったら思いっきり殴り合いの喧嘩をしようぜ、お前の気持ちを受け止めてやるからよ。そして、お前が勝ったらアジトから逃げて戦争の続きをするなり、アスタロトに文句言いに行くなり好きにすればいいさ。その代わり、喧嘩の後は暗い表情するんじゃねぇぞ」

 客観的に見たら絶対に馬鹿げているであろう俺の提案にザキールは目を点にして驚いていた。案の定サーシャがすぐに止めさせようと前に出てきたけれど、グラッジとソル兵士長が同時に腕を上げてサーシャの前進を止めた。

 そして、グラッジとソル兵士長は俺の目を見つめると何も言わず笑顔で頷いてくれた。馬鹿な男が馬鹿な提案をする心情を分かってくれるのはやっぱり負けず嫌いで子供心を捨てきれない男の戦士だけのようだ。

「ハァ……もう、サーシャはどうなっても知らないよ!」

 心底呆れた表情で諦めたサーシャはそのまま後ろの方へと戻ってくれた。100%サーシャが正しいし、この喧嘩がザキールの為でもあると同時に俺の我儘が比重を占めているのは分かっている。

 本当はグラッジだって自分の手で祖父の敵討ちしたいはずなのに俺へ出番を譲ってくれたのだから絶対に俺だけの力で倒さなければ。俺が両こぶしを強く握ると、ザキールは激しく反論する。

「頭がイカレちまったのかガラルド? こんな事をやっても貴様にメリットはないし、以前の戦いでは三人がかりでギリギリ俺様に勝てたんだぞ? それに俺様の気持ちを受け止めるだと? 善人ぶるのも大概にしろよ!」

「俺だってイグノーラでの戦いからずっと修行を続けてきたから、あの頃よりずっと強くなっているんだ。それに俺は善人ぶってるつもりはないし、メリットだってちゃんとあるぞ。俺はお前が大嫌いだから自分の手で思いっきり殴り飛ばしてやりたかったんだよ」

「……大嫌いか、フッ、俺様なんざ嫌いを通り越して殺したくて堪らねぇんだよ! 俺様が欲しくも無かった兄弟二人と勝手に比べられて、勝手に失望された辛さが分かるか? 魔人族の体に生まれたせいでトルバートの器になるうえでスタートラインにすら立つことが出来ず、アスタロト様に見放された気持ちがお前に分かるかァッ? お前もフィルも心底目障りなんだよ! この手でぶっ殺してやるよ!」

 怒りのベクトルで活き活きとした表情を取り戻したザキールは勢いよく地面を蹴った。凄まじいスピードで俺の懐に入ったザキールは大振りのアッパーを顎に目掛けて繰り出す。俺は瞬時に上体を逸らし、辛うじて回避した。

「やっと、腑抜けた顔を捨てやがったか、今度はこっちの番だ、レッド・モード!」

 シンプルな殴り合いに出し惜しみは厳禁だ、俺は最初から全力のレッド・モードで回し蹴りを放つと、ザキールはそれを膝で受け止めた。骨が折れたかと思うぐらい脛が痛いが、今は手を休めている暇はない。

 俺は止められた蹴りを利用し、足先をザキールの膝裏に引っ掛けて自分に引き寄せた。態勢が崩れて前によろけ、隙が出来たザキールの顔と腹にすかさず拳撃を叩きこむ。

「グヘッ!」

 ザキールは鼻と前歯から血を出して仰け反っている、ここは追撃のチャンスだ! 俺はレッド・ステップで加速を乗せた拳を放った。しかし、ザキールはよろけながら右手で拭った血を加速している俺の目に飛ばしてきた。

 俺の目に血が入り、視界が塞がれて俺のレッド・ステップは不発に終わってしまった。俺は見えない状態でザキールの近くにいるのはマズいと思い、慌てて後ろへ飛んだ。

 しかし、こちらへ走ってくる音は聞こえない……それどころか見えない視界の向こうでザキールが動かずに何か大きな魔力を練っているのを感じる。

 何故追撃してこないんだ? と潰された視界を回復させながら考えていた俺はクリアになりかけた視界で理由を知る事となる。

 ザキールは俺の視界が塞がれている間にスキル『悪魔の右手』を発動し、長く大きく高質量の右腕を作っていたのだ。ザキールは部屋の壁に当たりそうな程に大きな腕を振りかぶると、上擦った声で叫んだ。

「さあ、準備完了だ、右腕に潰されちまえぇ!」

 まるで投石機のような遠心力でザキールの巨大化した腕が振り下ろされた。左右に逃げる余裕もなかった俺は仕方なく両腕を上に挙げて交差し、振り下ろしをガードする。凄まじい質量は俺のガードを易々と砕き、アジトの床に大穴を開ける。

「うぐああぁぁっっ!」

 自分の立っていた床は砕け、気が付けば俺の体はどこかへと落下していた。痺れる両腕と頭から流れる血に危機感を感じる間もなく、俺の体は真っ暗な空間の地面に叩きつけられた。

「くっ、ここはどこだ? アジトの地下か?」

 俺が視界もままならない暗闇の中で呟くと、上から誰かが落ちてきて着地する音が幾つも聞こえてきた、ザキールやグラッジ達が落とされた俺を追いかけてきたのだろう。

 俺が立ち上がろうとしている間に暗闇の奥からロウソクのような弱い火が灯ると、その光はザキールの笑顔を映し出していた。ザキールは口から血液交じりの唾を地面に吐くと、ここが何処かを教えてくれた。

「今いる場所はアジトの地下だった場所だ。もう何十年も放置されているけどな。基本的にアジトは寝食と研究と話し合いにしか使われていないからな」

「地下だった場所? じゃあ昔はどんなことに使われていたんだ?」

「アスタロト様が俺様やフィルに戦闘訓練を施してくれていた場所だな。だが、フィルが出て行ったうえに俺が魔人族として期待に応えられなかったせいでいつしか戦闘訓練をしてくれなくなった」

 ザキールはまた自分の事を『俺様』と言わなくなり、哀愁に満ちた目で暗闇の空間を見つめていた。どうやらザキールは気持ちが沈むと『俺様』とは言わなくなるみたいだ。戦いの経過とはいえ、因縁深い場所に落ちてくるとは皮肉な話である。

 ザキールは暗闇の中で周りを見渡し、グラッジを見つけると意外なお願いをしてきた。

「おい、グラドの孫。悪いが貴様のスキルで光属性の物質を生み出して、地下空間を照らしてくれないか? このままでは地形を把握している俺様が有利になってしまうからな。それでは対等な喧嘩とはいえない」

「お爺ちゃんの仇であるお前に指示されるのは癪だけど、これはガラルドさんの為だ、特別に聞いてあげるよ」

 グラッジは渋い表情を浮かべながらも周囲に光の短剣を浮遊させて地下空間全体を照らし出した。地下空間はオーソドックスな幅40メード程の正方形の空間で、上方に見える俺が落ちてきた箇所……つまり割れている床から見た限り高さは10メード程なようだ。

 地面を見てみると火山の岩場以上に足場が悪く、所々に体を隠せるぐらいに大きな岩が立っている。これは確かに地形を把握して暗闇の中で動いていた方がザキールにとって有利だっただろう。

 それにしてもまさかザキールの口から公平性を求める言葉が出てくるとは思わなかった。今のザキールも傲慢なところは変わらないが、少なくとも今回の喧嘩に関してだけはフェアな気持ちが働いているらしい、その気持ちに精一杯応えなければ。

 俺達は明るくなった地下空間で再び殴り合いを始めた。俺はレッド・モード、ザキールは『悪魔の右手』を使う事でお互いに身体能力の向上こそ求めたものの、不思議と二人とも肉弾戦に拘っていたように思う。

 俺は回転砂による中距離、遠距離攻撃はしなかったし、ザキールも得意な火属性魔術は使ってこなかった。殴られたら痛いし、殴る手は骨の芯まで痛いけれど、不思議とお互いに笑っていた気がする。

 気が付けば俺達はずっと泥臭い子供の様な殴り合いを続けていた。俺が馬乗りになってザキールの顔を殴り、ザキールはフリーになった足で俺の背中を蹴り、お互いがお互いを投げ飛ばし、掴み合いながら地面を転がり、武術も合理性も度外視した拳と蹴りの応酬はお互いの膝が震えても続いていた。

 しかし、喧嘩が永遠に続く事はない。お互いに顔はボコボコに腫れて、手足や口から血が滴り落ちながらも拳を構え続けていたけれど、とうとうザキールが膝を崩した。俺は呂律の回らなくなってきたカッコ悪い声でザキールを煽った。

「な、なんだ? もう終わりか? 俺はまだまだ戦えるぜ……ゴホゴホッ!」

「や、やかましい野郎だぜ。血を吐きながら言っても説得力はねぇんだよ……」

「……三人がかりでやっと倒せたザキールが、今度は俺一人に倒されるのか? シルフィ母さんに憧れてしまったせいで幻影魔術の特訓に時間を割きすぎたんじゃねぇのか? 俺にここまで言われて悔しくねぇのか?」

「……悔しくないと言えば嘘になるが、それでも最後に思いっきり大嫌いな兄弟を殴れたからな、意外とスッキリしてるぜ。俺様が子供の頃、フィルは俺様と本気で模擬試合をしたことはなかった。だから、貴様とフィルが真剣勝負をしたと聞いた時は正直羨ましかった」

「ザキール……」

 ザキールはまるで人生を謳歌した老人の様に安らかな顔になっている。今だけは少なくともザキールの心に自暴自棄な感情は抜けている様に見える。このまま俺がギリギリ勝てて戦いを終えてもザキールは納得して拘束されるだろう。

 しかし、俺は一つだけ引っ掛かっている事があった。それはザキールの持つ三つ目のスキルについてだ。魔人族は個人差こそあれど最大三つのスキルを持つことがあると聞いている。

 イグノーラの戦争では全知のモノクルでザキールを調べた際に三つスキルを持っている事が分かったものの、古代文字が読めずに内容は分かっていない。

 確かあの時ザキールは『一対複数の状況で使えるスキルではない』と言っていた。だから逆を言えばサシの戦いなら使えるスキルなのかもしれない。

 結局当時の俺達は戦いを有利に進める為にスキルを知っているとホラを吹いたけれど、本気で喧嘩をすると決めた今回はザキールに全てを出し切ってほしい。例え俺が負ける事になったとしても。

 俺は一旦拳を下げると、ザキールへスキルについて問いかけた。

「ザキール、お前は本当に全てを出し切ったのか? お前には三つのスキルがあるんだろ? まだ最後のスキルを一度も俺達に見せた事がないじゃないか」


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