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【第366話】クローズの狙い
しおりを挟む「白旗……か、俺様にとってはもはやどうでもいいんだよ。ガラルド達が死の山の戦争に勝とうが負けようがアスタロト様が大陸の支配者になることは変わりねぇよ。今日は特別に俺様がやる気を失った理由を教えてやる……それは、自分の価値と天井に気付いちまったからだよ」
諦念の表情を浮かべたザキールは吐き捨てるように呟いた。アスタロト陣営が負けるとは思っていないにもかかわらず、そんな言葉を吐く理由がさっぱり分からない……俺は言葉の真意を尋ねる。
「ザキールにしては随分と弱弱しい発言じゃないか、もしかしてアスタロト陣営をクビにでもされちまったか? 部屋に入る前に『全てを話してやる』と言っていたんだし、答えてくれよ」
「その問いに答える前に俺様からガラルドに質問だ。お前は今回の戦争で何か違和感を覚えた事はないか?」
「……正直、えらくあっさりと人類側が押しているな、と感じているよ。想定より三割以上魔獣が少ないうえにアスタロトやクローズの姿も見当たらないからな。そんな事をわざわざ聞くということは今回の戦争に隠し玉でもあるのか?」
「フッ、そんなものはねぇよ。死の山の戦争は見ての通り『魔獣60万と人間40万』がぶつかり合う防衛戦だ。そして、認めたくはないがガラルド達を筆頭とした個の力の揃った人類側に対し、俺様の陣営は頭の働かない魔獣と魔人がいるだけだ。多少の数のハンデなんて人類側は易々超えてくるだろうな」
「お前はさっきから何を言っているんだ? お前はアスタロトが大陸の支配者になると確信していると言ったかと思えば、戦争は人類側が勝つと言って矛盾しているじゃないか、訳が分からないぞ!」
俺が声を大きくして問い詰めると、ザキールは無言で本棚へと歩いていき、一冊の本を抜き出した。そして本を俺に向けて開き、とあるページを見せてきた。その本はどうやらクローズの日誌らしく、開かれたページには想像の斜め上をゆく最悪の言葉が綴られていた。
――――近々、死の山へ攻めてくるであろう同盟陣営が予想通りに攻めてきたならば人類側の負けが濃厚となる事だろう。人類側の多くの戦力が死の山に集中すれば、シンバードが比較的手薄になるはずだ。その時こそ、長い月日をかけてモードレッドに供給し続けた40万の魔獣を筆頭に帝国軍戦力、アスタロト、私を合わせた共同戦線でシンバードの歴史を終わらせることが出来るはずだ――――
これは一体どういうことだ? クローズ達が帝国へ魔獣を提供していたなんて信じられるはずがない……第一、魔人の死の扇動がなければ大量の魔獣なんて持て余すとしか思えない。
そもそも帝国がアスタロト陣営と手を組むなんて思いもしなかった。モードレッドは残忍なところはあるけれど、真面目過ぎるぐらい真面目に帝国の繁栄を願う男だったのに……。
それに帝国は他国と比較すると多くの戦力を死の山の戦争に送ってくれているから、死の山の戦争が終わるまではシンバードに攻める事はないと思っていた。
レックが送ってくれた手紙にも『モードレッドは死の山の魔獣を恐れているから多くの戦力を提供したのだろう』と書いていたはずなのに……モードレッドは俺の予想を遥かに超える常軌を逸した存在だったようだ。
真っ白になりそうな頭を何とか切り替え、俺はすぐさま日誌に書かれた言葉の意味をザキールに尋ねた。すると、腑抜けた態度の答え合わせをするかのようにザキールは語り始める。
「簡単な事だ、つまり俺様を含む魔人と60万匹の魔獣はガラルド達を引き付ける時間稼ぎ役、いや捨て駒でしかないって事だ。アスタロト様とモードレッドからすれば死の山で犠牲を出そうともシンバードを滅ぼしてシンを殺すことさえ出来ればいいからな。もう二日前にはアスタロト様とクローズはシンバードへ戦争を仕掛けているはずだ」
「ちょ、ちょっと待て! 仮にアスタロト陣営とモードレッドが本当に組んでいたとしてもシンバードへ進軍するのが早すぎるだろ! この計画は同盟陣営が約束通り死の山に来たのを確認してからじゃないと実行できない筈だろ? だから仮にアスタロト達がシンバード付近で待機していたとしても連絡をもらわなければ実行に移せないだろ? 死の山からシンバードへは馬をがむしゃらに走らせ続けても8日はかかるぜ?」
「それは陸路の話だろ? 俺様の仲間であり同じ魔人族のソニアなら二日ほど飛べば帝国でもシンバードでも情報を届けられるはずだ。死の山における魔人という戦力が一人減ってしまうが本命の戦いはシンバードだ、仕方がない。他の魔人は捨て駒にされている事すら知らずに今日も戦っているからな。俺様はまだ運が良い方だ」
魔人ですら駒扱いとは……相変わらずアスタロトとクローズは合理的で血の通ってない采配をするようだ。
恐らくモードレッドと組んでいるのも三勢力が三つ巴になっている現状を破壊する為に一時的に組んでいるだけに過ぎないのだろう。アスタロト達にとっては目的が達成できれば過程はどうでもいいのだ。
こうなると、ブロネイルもザキールも敵ながら不憫になってくるし、死の山から連れ出したであろう40万匹の魔獣を誰がどう扱うのかが気になってくる。俺はザキールに対する態度を少し柔らかくしつつ、シンバードへの進軍について尋ねた。
「ザキールは他の魔人と違ってアスタロト達の真の狙いを知らされていたんだろ? だったら教えてくれ。お前らは帝国に提供した40万匹もの魔獣をどうやって使役するつもりなんだ? 死の山での戦争は防衛戦だが、シンバードでの戦いは攻城戦だ。仮にソニアって魔人とアスタロトが死の扇動を使えても40万匹もの魔獣を進軍させることは出来ないだろ?」
「ああ、そうだな。そもそもアスタロト様はあまり死の扇動の扱いに長けていないうえにソニアは俺様より死の扇動の扱いが下手だ、40万匹どころか10万匹を操る事すら厳しいだろうな。それでも頭のキレるアスタロト様の事だ、きっと何か考えがあるんだろうな」
ザキールの言う通りわざわざ魔獣を40万匹も供給しているぐらいだから使役する方法を何かしら考えている筈だ。最悪の状況である以上、今の俺達がやらなければならない事は少しでも早くシンバードへ戻る事だ。
だが、さっき話した通り陸路で帰れば移動に8日はかかるから同盟陣営の面々が戦争を終わらしてシンバードへ駆けつける頃には10日は経っているだろう。その頃にはシンバードの戦争は決着がついているかもしれないがとにかくやるしかない。
とりあえず、俺、グラッジ、サーシャを含む一部の戦力だけはリヴァイアサンに乗り込んで海路から帰る事が出来れば今日を含めて2日ほどでシンバードに帰れるかもしれない……今は各々が出来る事を精一杯やる事にしよう。
そうなると、今の俺達にとって最も障害となるべき存在は目の前のザキールだ。ザキールを倒す事が死の山での戦争を早く終わらせる鍵になる。それと同時に俺達がリヴァイアサンへ乗り込むのを邪魔する存在を排除できることに繋がる。
俺は相変わらず元気の無いザキールに何故ここまで俺達へ情報を流してくれたのかを尋ねる事にした。
「ザキール、一つ聞かせてくれ。お前は何でアスタロト陣営のことをここまで教えてくれたんだ? 捨て駒みたいに扱われた腹いせに裏切りたかったのか?」
=======あとがき=======
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