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【第356話】謎の影
しおりを挟む「ハァハァ……遂に到着したね。パラディア・ブルーを使って真っすぐ南下したとはいえ、一日かからずに死の山の北端から南端まで行けるとは思わなかったよ」
サーシャの感想はもっともだ。俺達は死の海を迷路のように迂回しながら進んで約三十日かけて大陸南に到着した経験があるから、とても不思議な気分だ。とはいえ船は海流に弄ばれながら進み続けていた訳だから今回の走りより何十倍も長い距離を移動していることになるのだけれど。
自分達が旅してきた世界は捉えようによっては小さく感じるものなんだなぁ、と感慨深くなっていると、グラッジが南側を指差して歓喜の声をあげた。
「あっ! 皆さん見てください! 遠くに南東軍の人達が見えますよ。思っていたよりも戦線を北にあげてきてくれたみたいですね。ガラルドさん、アジトを探す前にソルさん達と合流して情報交換をしておきませんか?」
「そうするのが良さそうだな。それに働きすぎて今にも倒れそうなフレイムとブレイズを休ませるために南東軍で保護してもらおう。あと、ついでに少しだけ人手を借りて一緒にアジトを探してもらおうか」
俺達は疲労で脚を震わせているフレイムとブレイズの手を引っ張りながら、南東軍のいる地点まで歩を進めた。
南東軍はちょうどその辺りにある大穴の魔獣集落を潰したタイミングだったらしく、休憩をしている最中だった。俺は陣の中心で水分補給をしているソルの姿を見かけたから、近寄って話しかける事にした。
「やあ、久しぶりだなソル兵士長」
「えっ? ガラルド殿! それにグラッジ様と大陸北の方々まで……どうしてこんなに南の位置におられるのですか? 北東軍との合流は互いにもっと戦線を進めてからのはずでは……」
「ああ、実は色々あってな。俺達は昨晩から――――」
そして、俺はソル兵士長にクローズのアジトを探っている事を伝え、フレイム達を保護してほしいと依頼した。ソル兵士長は部下に命令して直ぐにフレイム達を休憩場所まで連れて行かせると、俺の話に独自の見解を述べた。
「実は我々南東軍の面々もサーシャ殿の調査と同様に違和感を覚える事がありまして……それは、死の山にある大穴の一部が塞がっていたり、以前の調査では見かけなかった隆起した岩場などが存在したりと不可解な事があったのです……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、魔獣が一万匹規模で暮らせる大穴が塞がるなんて絶対におかしいぞ。これは敵側の手かもしれない、手分けして早急に調べた方が良さそうだな」
「ええ、私もそう思います。我々南東軍が速やかに原因を調べ上げたいと思うので、ガラルド殿とお仲間にも手伝ってもらっても構いませぬか?」
「ああ、勿論だ、それにアジトを調べる上でも先に原因究明しておかなきゃならないだろうし、夜になる前に片付けないと厄介だから精一杯手伝わせてもらうよ」
「ありがとうございます。では、ひとまず塞がっていた大穴の方へ参りましょう」
ソル兵士長先導のもと、俺達と一部の南東軍は休憩場所から北西に2キードほど登っていったところにある大穴があった場所へと向かった。本来大穴があるはずの場所に辿り着くとソル兵士長が言った通り、そこ大穴は無く、でこぼこの地面が続いているだけだった。
サーシャとソル兵士長が同時に場所と地形を覚え間違えるとは考えにくい。恐らく敵軍の大掛かりな地形変動魔術か大規模な自然現象があったのだろう。とはいえ、いくら活動の激しい火山でも後者である可能性は低そうだが。
俺達は早速、等間隔で散らばり辺りを調べまわる事にした。そして、大穴があった場所を調べはじめて早20分――――俺達は何の成果も得られず、呆然と立ち尽くしていた。
調査をしている俺達も同盟陣営の戦力なのだから、成果の出ないことに時間を割き続けるわけにもいかない。ソル兵士長も同じことを考えていたらしく、悔しそうな表情で調査の切り上げを兵達に伝える。
「残念だが、調査はここまでだ。敵の狙いが分からず不気味なところではあるが、総合的に見ればまだまだ人類側の方が優勢だ、このまま慎重に戦いつつ魔獣の数を削っていけば必ずや勝利を掴めるはずだ。皆の者、一旦野営地へ戻るぞ!」
ソル兵士長の説得力のある言葉に納得した兵士達は辛そうな表情を浮かべることなく、そのまま速やかに帰りの陣形を整えた。流石はソル兵士長だ、複数の国の兵が混ざる軍団でもしっかり統率がとれているなと感心しながら坂道を下っていたその時、俺達の不意をつく事態が起きた。
なんと、さっきまで俺達のいた坂道の上側から百匹近い数のリザードマンの群れが現れたのだ。あの辺りは全員で周囲360度を警戒していたから魔獣はいなかったはずだ。
周りには草木が生えていない場所だから魔獣達が身を隠す所だってないはずだし、高さのある岩場も無いから絶対に隠れられるはずがない……訳の分からない状況を整理する暇もなく、魔獣達が高所から一斉に魔術・投石・ブレスを濁流のように放ってきた。
俺はすぐさまサンド・ストームで一団を守るべく両手を前に構えようとした。だが、そんな俺の両手を何故かソル兵士長が左手で抑え、残る右手を坂の上にいる魔獣達に向けた。
「お疲れのガラルド殿の手を煩わせるまでもない……総員! 受け流しの陣を展開せよ!」
ソル兵士長の号令と共に兵士達が一斉に風魔術で竜巻を作り始める。すると、一つ一つの竜巻が散開し、前方に長い三角形の陣へと変貌を遂げた。
上から飛んできている魔獣達の遠距離攻撃はソル兵士長の言った通り、竜巻によって作られた陣形に受け流され、俺達の斜め後ろの地面へ次々と着弾している。
敵の攻撃を全て受け流しただけでも相当驚かされたが、ソル兵団の凄いところはそれだけではなかった。なんと三角形の竜巻を維持したまま、全員が前方へ等速で走り出し、上にいる魔獣達との距離を詰めに行ったのだ。
兵団に守られたうえに置いて行かれた俺達はただただ唖然としていると、得意げに笑みを浮かべたソル兵士長が兵士達の強さについて語り始める。
「我が兵団の強さは如何かな、ガラルド殿。陣形を展開した兵士達のうち半分はイグノーラでの戦争を経験した兵士でしてね、そんな彼らはガラルド殿やグラッジ様の勇姿に感銘を受けて、自分達ももっと強くなりたいと願った結果、ここまでの強さと完璧な連携を身につけられたのです」
「それはありがたいような照れくさいような話だな。尊敬されて恐縮だが、俺の方こそ彼らを尊敬するよ。半分はイグノーラの兵ではないのだから連携だって取りにくいだろうし、一人一人の魔術の練度が相当高いから、かなりの研鑽を積んできたことが分かるよ」
「ええ、本当に彼らは頑張ってくれました。ガラルド殿が来るまでの我々はただ目の前の魔獣を倒し、グラド様とグラッジ様を憎むだけの毎日でした。ですが、イグノーラでの戦争以後は本当に倒さなければいけない敵を認識でき、グラハム様の家族を憎まなくてもいい日々がはじまって皆の眼がいきいきしてきました。改めて言わせてください、イグノーラを救ってくださり本当にありがとうございました」
「もう褒めたりお礼を言ったりするのはやめてくれ、むず痒くなっちまうぜ。それより本当に俺達が加勢しなくてもいいのか? 陣形を保ったまま敵に近づけてはいるみたいだが、魔獣だって遠距離攻撃だけが得意なわけではないし、手ごわい筈だぜ?」
「決して侮っているわけではないので、安心してください。ガラルド殿達に動かず休んでもらいたいというのは本音ですが、制止したのにはもう一つ理由があるのです」
そう言うとソル兵士長はぶつかり合っている兵団と魔獣達のちょうど真上辺りを指差した。俺は「その方向に何かあるのか?」と尋ねると、ソル兵士長は視線を空に固定したまま理由を話し始めた。
「実は昨日も今日も魔獣群との戦いの途中で上空に黒い影が飛んでいく姿が目撃されたのです。誰一人詳細な姿を見た者はいないので、ただの俊敏な魔獣である可能性もあるのですが、私はザキールもしくはザキールの仲間の魔人なのではないかと疑っているのです」
ザキールの死の扇動は魔獣に指令さえ与えることが出来れば、攻撃対象が遠い場所にいても攻撃しに行く特性がある。けれど、死の扇動で送る『指令自体の射程』は5キード程しかなかったはずだ。
イグノーラでの戦争時より死の扇動の性能を上げていたとしても極端に距離が伸びているとは考えにくい。ザキールは魔獣集落の魔獣を動かし始めるにあたって必ず近くに来なければいけないはずだ、だからソル兵士長が黒い影を魔人と疑うのは正しいと思う。
ソル兵士長の考えを知った俺達は体を休ませつつ、兵団と魔獣群の上方を五分ほど眺め続けた。すると、ソル兵士長の言う通り上空に一瞬だけ素早く動く黒い影を見つける事が出来た。
「ガラルド殿! 今の影、ご覧になられたか? すぐに我々も兵達のいるポイントへ向かいましょう!」
ソル兵士長の呼びかけに応じて俺達は互いに全速力で坂道を駆け上がり、兵団と魔獣群が戦っているポイントに着いた。しかし、そこには黒い影の痕跡はなく、兵士達と魔獣群の近接戦が続いているだけだった。
結局、黒い影の正体が掴めずモヤモヤしていると、ソル兵士長は突然震えた声で魔獣群を指差し、信じられない言葉を発した。
「ガ、ガラルド殿! 今戦っている魔獣達と既に倒れている魔獣を見てください……明らかに数が増えています……」
=======あとがき=======
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