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【第353話】ザキールらしくない態度
しおりを挟む死の山戦争一日目の夕方 突如上空に姿を現わした魔人ザキールは以前と変わない人を小馬鹿にした不愉快な笑みを浮かべている。もっと戦おうぜ、と挑発してくるザキールは戦争を楽しんでいるようで腹立たしいが、あいつのペースに乗ってはいけない、ここは皮肉の一つでも返しておこう。
「よう、久しぶりだな、ザキール! 優しいパパに羽を治してもらっただけじゃなく、脱獄までさせてもらえて良かったな。今度はパパに迷惑をかけないようにちゃんと活躍しなきゃいけないんだろ? それなのに早くも魔獣集落を幾つも攻め落とされちまって大変だな! お前こそ早く休戦して魔獣達を休ませた方がいいんじゃないか?」
俺が挑発で返すと、ザキールは手を強く握り、爪を皮膚に食い込ませるほど腹を立てていた。
このまま逆上して向かって来てくれれば、一気に死の扇動の使い手であるザキールを倒せて形勢が有利になるのだが、奴は単身で大軍に突っ込んでくるほど馬鹿ではなかった。
「フンッ、今は言いたいように言わせてやる。どうせお前らの命はあと僅かなんだからな。そんなことより貴様……さっきパパがどうのこうのと言っていたな? やはりシリウス辺りから過去の事を全て教えてもらったのか?」
「ああ、全て教えてもらったぜ。五英雄の過去も、アスタロトやクローズのことも、そして俺、ザキール、フィル三人の出生についてもな」
「……そうか、なら一層絶望を与える甲斐がありそうだな。全てを知ったお前達人類側が為すすべなく散っていくのを楽しませてもらうぜ」
「随分と自信たっぷりだな。一日でこれだけ魔獣集落を潰されてもそんな口を叩けるとはな。何か秘策でもあるのか? それともアスタロトがバックにいるから自信たっぷりなのか?」
「悔しいが現状俺様の魔獣群は押されているし、俺様は一度お前達に負けているから確実に勝つ自信があるわけではない……だが、例え俺様が散っても最後に大陸の覇者となるのはアスタロト陣営だ! それだけは断言してやる!」
あのプライドの高いザキールにしては弱気な言い回しだ、それに自分が負けてもアスタロト陣営は負けない――――なんて言い方をしているのが気に掛かる。現状俺達が優勢でいられてるのは、まだ強力な魔獣群と戦っていないからなのだろうか?
俺達は南北から死の山の魔獣群を挟撃している関係上、中心位置の勢力に辿り着けるのはかなり後の話だ、そこにはアスタロトやクローズが何か罠を張り巡らせて待っているのかもしれない。
ザキールの言葉が気になってしょうがないが、今は兵士達の士気を下げる訳にはいかない、強がって自信満々なフリをしておこう。
「人類側だってまだまだ力を残しているんだ、悪いが全くザキール達に負ける気はしない。慌てなくても近いうちに決着はつくんだ、お互いじっくり休んで全力をぶつけ合って決着をつけようぜ、じゃあな」
「チッ、相変わらずムカつく奴だ、あいつと少しでも同じ血が流れていると考えるだけで寒気がするぜ」
ザキールは悪態をつくと、そのままゆっくりと南へ飛んで帰っていった。恐らく死の扇動で動いていた魔獣達も命令を上書きされたのか、急に攻撃の手を止めて自陣へと帰り始めた。
今日の戦いで戦った魔獣の内、どれ程の数がザキールの死の扇動で操られていたのかは分からないが、もし大半の魔獣をザキールが操っていたのならイグノーラでの戦争時より死の扇動の力は上昇していそうだ。
死の扇動を使える可能性があるアスタロトとはまだ遭遇していないし、魔人族がザキールとアスタロトだけとは限らない。明日以降は更に用心深く戦わなければ。
俺達は確かな手応えと適度な緊張感を維持したまま麓へと戻って休息し、明日以降の話し合いを行う事にした。各国の代表や軍人たちは各々に意見を交わし始める。
――――明日はアスタロト陣営の回復を邪魔するべく、早めに出陣するのがよいと思わないか?――――
――――いや、魔人ザキールの自信に満ちた物言いが気に掛かる。ここは長期戦覚悟でじっくり攻めるのが得策じゃろう――――
――――南側の軍との連携はどうする? 出来るだけ早く西端・東端の魔獣集落を制圧すれば、それだけ南側とも繋がりやすくなるが――――
皆、ザキールの出現に緊張感が高まりつつも冷静に揉めることなく話し合いを出来ているようだ、流石は各国で要職を務める者達だ。そんな中、北軍を代表していた帝国所属のトーマスが意外な提案を持ち掛けた。
「皆さん、私から一つ提案させていただきたい。その提案とは明日以降の出陣において『我々帝国兵が先頭を進んで敵軍と最初に接触し、最も多く戦闘に関わる』というものだ。その理由は二つあって、一つは我々が戦闘技術に長けていること、もう一つは死の山に遠征してきた我々帝国部隊を信用してもらいたいことにある。正直なところ、リングウォルドは他国から良く思われていないはずだからな。少なくとも遠征組だけでも信用してもらいたい」
これはかなり思い切った提案だ。交換条件も無しに一番つらい役目を担うと宣言するとは、よっぽど信用してもらいたいと思っているのだろう。言い換えればそれだけモードレッドの事を信用できないとも解釈できる。
帝国以外の国にとって、この提案はハッキリ言ってメリットしかない。それ故に反対する国は現れず、トーマスの案は採用される事となった。
他にも細かく明日の事を話し合っている要人達を眺めていると、サーシャが後ろから俺の服の裾を引っ張り、俺とグラッジだけに聞こえるよう小声で話しかけてきた。
「ねぇねぇガラルド君、一つ提案があるんだけどいいかな?」
「どうしたんだいきなり? 戦争の提案なら皆に聞こえるように言ってもいいと思うが」
「戦争に関わる事ではあるんだけど、今からする提案はサーシャの能力に関する話でもあるから、大陸中の要人が集まっている状況ではなるべく避けたいの」
サーシャの能力……つまり忌み黒猫の拒絶の事だ。かなり稀有なサーシャのスキルについて皆の前で話すなら、能力を得た過程などを勘づかれる恐れもある。
トラウマきっかけで得たといっても過言ではないスキルだから説明を避けられるなら避けたいのだろう。俺が首を縦に振るとサーシャは説明を始める。
「サーシャね、黒猫サクで調べてみたい事があるの。それは過去視でアスタロト達が暮らしていたアジトが現状どうなっているのかってこと。もし今も拠点にしていて待機しているなら奇襲をかけるチャンスになると思うの」
「確かに言われてみれば今も使っている可能性はあるし、奇襲をかけられたら大きなアドバンテージになるな。だが、いくらサクとサーシャで視界共有ができたとしてもアジトまで移動させられるのか? アジトのあった位置って死の山の中でも南の方だっただろ? それに視界は夜で真っ暗だぜ?」
「サーシャも今日まで沢山修行をしてきたからね、サクをギリギリまで小さくして尚且つ能力を一切発動できない状態に制限をかけて、移動だけにしか魔量を使わないようにすればアジトまで持つはずだよ。それに視界の暗さも問題ないよ、猫は元々夜行性だから夜目が利くし、足場の悪い場所も人間よりテンポよく静かに進むことが出来るはずだから」
「そうか、ならサクとサーシャに頑張ってもらうとするか、長丁場になると思うがよろしく頼む」
「うん、任せて。その代わり寝ずにサクを移動させ続けるから、もしかしたら明日のサーシャは疲れて使い物にならないかもしれないって事だけは覚えててね」
「ああ、偵察が終わったらゆっくり休んでくれ」
「うん、それじゃあサーシャは自分のテントに戻って早速サクを移動させてくるから、ガラルド君は他の人達に忌み黒猫の拒絶の事は伏せた上でシンバード軍が偵察を飛ばすって事を説明しておいてね」
サーシャは難しい宿題を出すと、そのまま自分のテントへと行ってしまった。
今回の戦争はとにかく勝利を収める事で頭がいっぱいだったから忘れていたが、そう言えば赤ん坊の俺が暮らしていたアジトの近くで戦う事でもあるのだ。
明日以降、どのような戦いの流れになるかは分からないが、出来る事ならクローズの作ったアジトへ自らの足で行ってみたい。
もしアジトへ行けたなら過去視では部分的にしか確かめられなかったアジトの全容を確かめて、アスタロト、クローズ、そして母シルフィの足跡を見つけて彼らの事をより深く知りたいものだ。
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