上 下
347 / 459

【第347話】決戦の後も

しおりを挟む


 外が少し暗くなってきたことだし、そろそろ図書塔を出ませんか? とサーシャさんに声を掛けると、サーシャさんは「最後に見てもらい一冊があるの」と言い、僕を最上階まで案内してくれた。

 最上階に着いたサーシャさんは十年ぶりに来た図書塔だというのに迷いなく本棚から一冊の本を抜き出した。その本の表紙は相変わらず『勇者フォグスン』が描かれているが、タイトルだけは今まで見てきたものと少し違い『勇者フォグスン ~終わりへの航海~』と書かれている。

 早速僕は本を読み進めると、勇者フォグスンはシリアスな表情で『過去一番に危険な冒険となった』呟いており、最後には我が眼を疑うようなシーンが描かれていた。

 なんと勇者フォグスンの相棒を務めていた巫女と呼ばれる女性が厳かな祭壇で祈りを捧げ、自らの持つスキルを消し去っていたのだ。どうやら巫女は強大な力を持つ存在らしく、多くの人に自分のスキルを利用されて生きてきたらしい。

 そして巫女はフォグスンと出会い、色々な冒険を経て成長し、最後には忌々しく思っていた自分のスキルを消し去れる場所があると知り、祭壇の場所まで危険な冒険を続けてきたようだ。

 この本がフォグスンの冒険における最終章なのか、物語の途中なのかは分からないが、今までに描かれてきた冒険が現実のものである可能性が高い以上、スキルを消す事が出来る祭壇がある可能性も高いというわけだ。

 僕は勢いよく首を回しサーシャさんの方を確認した。するとサーシャさんは天使の様な優しい笑顔で語り始める。

「これが海底集落アケノスで素敵な景色をプレゼントしてくれたグラッジ君へのお返しだよ。今はまだ具体的な位置が分かっていないけど、世界のどこかに魔獣寄せを消すことが出来る場所があるはずだから、希望を持って生きて欲しいと思ってウィッチズガーデンに来てもらったの。ずっと何とかする方法がないかと色々調べまわった結果、答えのヒントが生まれ故郷にあったなんて人生って不思議だよね」

 サーシャさんの優しさに僕は涙が出そうになっている。常々僕のスキルを何とかしてあげたいと思っていたからこそ幼少期の記憶と両親の日誌を結びつけることが出来たのだと思う。

 そして、ずっと色々調べていてくれたという事実は祭壇の情報を得られた事よりも嬉しい。大好きなサーシャさんに大事に想われていることほど嬉しい事はないのだから。

 僕は満足した気持ちで本を閉じようとした、するとサーシャさんが僕の手を素早く抑えて、本を閉じるのを防いで言った。

「待って! 絵本の最後のページをよく見て欲しいの。最後のページには大団円といった感じでフォグスン一同の笑顔が書かれていて、そこばかりに注目しちゃうけど背景の壁に立て掛けてある地図を見てみて。モンストル大陸みたいな地形が描かれていて遥か西方の海に赤色の点が記してあるでしょ?」

 サーシャさんの言う通り、絵本の中に描かれている地図はモンストル大陸に見える。今まで読んできたフォグスンの物語は大陸内とも大陸外とも取れる内容のものが多く、スキルを消す祭壇も大陸の遥か外にあるかもしれないと思っていた。

 だけど、絵本に描かれている地図を見る限り祭壇は大陸にあるようだ、いや、正確には言えば大陸にあるという言い方は正しくないのかもしれない。

 東側へ三日月状に膨らんでいるモンストル大陸の陸地から遥か西方の海に赤色の点が記されているわけだから、大陸に連なる陸地ではないし、大陸からも距離はかなり離れている……つまり大陸外になるわけだ。

 絵本の荒い描き方のせいでよく見えないが、その辺りに島でもあるのだろうか?

 帝国が作っている一番詳細な大陸地図ですら大まかな陸地しか描かれていないし、大陸の南端はぼんやりとしか描かれていないのが現状だ。だから、ある意味絵本の背景に描かれている地図は帝国の地図よりも広範囲を描いた地図とも言えそうだ。

 位置的にはウィッチズガーデンから遥か南西に線を引き、死の山から遥か真西に線を引き続けて交差するポイントが祭壇のある場所のようだ。

 祭壇のある場所へ行くにしてもリヴァイアサンの進める海域なのかどうかは分からないし、仮に行けても島や海中での危険な冒険が待っているかもしれない。

 それでも多くの人に迷惑をかけてきた魔獣寄せを消す事が出来るのなら絶対に訪れたい……僕の心に熱い炎が灯されたのを感じる。

 僕は『いつかフォグスン達が訪れた祭壇に行ってみせる』と強く決意していると、サーシャさんは突然違う話題を振ってきた。

「グラッジ君、少し聞きたいことがあるの。グラッジ君は最終決戦に勝つことが出来たら、その後はどんな風に暮らしていくのかな? 何かやりたい事とかあるのかな?」

 正直、今すぐにでもフォグスン達が訪れた祭壇に行きたい気持ちだけど、多くの冒険をしてきたフォグスンが一番危険な場所だったと言っているぐらいだから直ぐに行くのはよくなさそうだ。それにガーランド団の人間としてやらなければならない事も色々あると思う。

 僕はグラド爺ちゃん、グラハム父さんの家族として、そしてガーランド団の一員としての立場を踏まえた上で答えを返す。

「最終決戦が終わっても魔獣が全ていなくなる訳ではありませんし、魔獣の掃討を手伝って大陸に貢献したいですね。それにお爺ちゃんの墓もちゃんと作れていませんから、しっかりと作りたいですね。他にも記憶の水晶で知った本当の歴史を多くの人に知ってもらいたいと考えていますから、広めていく活動を出来たらと考えています」

「グラッジ君は立派だね。そんなグラッジ君をサーシャは凄く尊敬しているよ。だけど、サーシャが望む未来は……」

 サーシャさんは僕を褒めてくれていたけれど、途中で言葉を詰まらせてしまった。一体何を伝えたかったのだろうか? と続きの言葉が出てくるのを待っていると、人一倍緊張した様子のサーシャさんがカッと目を開いて、内に秘めていた想いを熱く語ってくれた。

「皆に愛されているグラッジ君は皆のものかもしれないけど、それでも……それでもサーシャにわがままを言わせて欲しい! あのね、最終決戦が終わったら……一緒にフォグスンの訪れた祭壇に行きたい! あの日、海底集落アケノスで言った約束を覚えてる? 『グラッジ君は大切な人だから、どうにかする方法がないか一生かけてでも探し続ける』って約束を……。だから、魔獣寄せを消す旅にサーシャを連れていって!」

 サーシャさんはまるで愛の告白でもするかのように必死になって想いを伝えてくれた。いや、命懸けで僕を助ける旅に出たいと言っているのだから、それ以上に必死だと言えるだろう。

 サーシャさんは『僕が皆に愛されている』と過大評価してくれているけど、ドライアドの長であり、シンバード陣営にとって欠かせない為政者であるサーシャさんの方がずっと必要とされている存在だと思う。だから念のために今一度尋ねておくことにしよう。

「本当にいいんですか? 危険な冒険になる事は間違いないでしょうし、モンストル大陸の陸地から離れた海域はどこも死の海のように危険な海域が広がっていますから一生シンバード領に戻れなくなる可能性だってあります。それに最終決戦を無事勝利で終える事が出来ればサーシャさんは実の両親と育ての両親とシルバーさんに囲まれて幸せな家族生活をおくれるはずです。それでも僕の為に祭壇への旅に出てくれるのですか?」

「うん、一生戻れなくなることも覚悟のうえだよ。それでもサーシャはグラッジ君の魔獣寄せを消してあげたい。だって、サーシャはグラッジ君のことを……」

 僕に情報を伝えた事、そして祭壇への旅についていくとお願いしてきたこと、両方とも強い勇気がいることだ。それに肩を震わせ、顔を赤くしながら語り、最後の一言が言えずに詰まっているサーシャさんが僕に対して友情とは別の感情を抱いてくれていることも今なら分かる。

 僕はいつもサーシャさんの世話になりっぱなしで、今回の旅に至っては何も男らしいところを見せられてはいない。小さな体でありったけの勇気を振り絞ってくれたサーシャさんに今こそ応えるべきだ。僕は自分の内にある心からの望みを伝えていた。

「ここから先は僕に言わせてください。サーシャさん、僕が魔獣寄せを消せるように祭壇への旅についてきてください。そして、魔獣寄せを消し去って、誰にも迷惑をかけない普通の人間になれたその時は、ぼ、僕の……僕の恋人になってください!」

 自分でも情けなくなるくらい震えた声で告白してしまった。だけど、ありったけの想いは言葉に詰め込むことが出来た。きっと想いは通じ合っているはず……と思ってはいてもサーシャさんからの返事が恐い。

 そんな情けない僕だけど視線だけはサーシャさんの瞳から逸らさなかった。すると、サーシャさんの瞳から大粒の涙が溢れ出し、雫を拭って濡れた両手で僕の手を握り、上擦った鼻声で答えを返す。

「はい……喜んで! たとえグラッジ君の魔獣寄せが消えなかったとしても、一生傍にいるよ」

 僕には勿体ない最高の言葉を贈ってもらえた喜びで、気が付けば僕の両腕がサーシャの体を抱きしめていた。それは図書塔に誰もいないから動いたのではなく、ただただサーシャさんが愛おしくて行動に移していたみたいだ。

 そんな僕に応える様にサーシャさんも抱きしめ返してくれている。僕はこの日を一生忘れはしないだろう。例えアスタロト達に負けて命を散らす事になったとしても、想いを伝え合えたのだから悔いは残らないだろう。



 窓から差し込む夕陽がまるで僕達の関係を祝ってくれているかのように図書塔の中を黄昏の輝きで満たしてくれた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

処理中です...