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【第347話】決戦の後も
しおりを挟む外が少し暗くなってきたことだし、そろそろ図書塔を出ませんか? とサーシャさんに声を掛けると、サーシャさんは「最後に見てもらい一冊があるの」と言い、僕を最上階まで案内してくれた。
最上階に着いたサーシャさんは十年ぶりに来た図書塔だというのに迷いなく本棚から一冊の本を抜き出した。その本の表紙は相変わらず『勇者フォグスン』が描かれているが、タイトルだけは今まで見てきたものと少し違い『勇者フォグスン ~終わりへの航海~』と書かれている。
早速僕は本を読み進めると、勇者フォグスンはシリアスな表情で『過去一番に危険な冒険となった』呟いており、最後には我が眼を疑うようなシーンが描かれていた。
なんと勇者フォグスンの相棒を務めていた巫女と呼ばれる女性が厳かな祭壇で祈りを捧げ、自らの持つスキルを消し去っていたのだ。どうやら巫女は強大な力を持つ存在らしく、多くの人に自分のスキルを利用されて生きてきたらしい。
そして巫女はフォグスンと出会い、色々な冒険を経て成長し、最後には忌々しく思っていた自分のスキルを消し去れる場所があると知り、祭壇の場所まで危険な冒険を続けてきたようだ。
この本がフォグスンの冒険における最終章なのか、物語の途中なのかは分からないが、今までに描かれてきた冒険が現実のものである可能性が高い以上、スキルを消す事が出来る祭壇がある可能性も高いというわけだ。
僕は勢いよく首を回しサーシャさんの方を確認した。するとサーシャさんは天使の様な優しい笑顔で語り始める。
「これが海底集落アケノスで素敵な景色をプレゼントしてくれたグラッジ君へのお返しだよ。今はまだ具体的な位置が分かっていないけど、世界のどこかに魔獣寄せを消すことが出来る場所があるはずだから、希望を持って生きて欲しいと思ってウィッチズガーデンに来てもらったの。ずっと何とかする方法がないかと色々調べまわった結果、答えのヒントが生まれ故郷にあったなんて人生って不思議だよね」
サーシャさんの優しさに僕は涙が出そうになっている。常々僕のスキルを何とかしてあげたいと思っていたからこそ幼少期の記憶と両親の日誌を結びつけることが出来たのだと思う。
そして、ずっと色々調べていてくれたという事実は祭壇の情報を得られた事よりも嬉しい。大好きなサーシャさんに大事に想われていることほど嬉しい事はないのだから。
僕は満足した気持ちで本を閉じようとした、するとサーシャさんが僕の手を素早く抑えて、本を閉じるのを防いで言った。
「待って! 絵本の最後のページをよく見て欲しいの。最後のページには大団円といった感じでフォグスン一同の笑顔が書かれていて、そこばかりに注目しちゃうけど背景の壁に立て掛けてある地図を見てみて。モンストル大陸みたいな地形が描かれていて遥か西方の海に赤色の点が記してあるでしょ?」
サーシャさんの言う通り、絵本の中に描かれている地図はモンストル大陸に見える。今まで読んできたフォグスンの物語は大陸内とも大陸外とも取れる内容のものが多く、スキルを消す祭壇も大陸の遥か外にあるかもしれないと思っていた。
だけど、絵本に描かれている地図を見る限り祭壇は大陸にあるようだ、いや、正確には言えば大陸にあるという言い方は正しくないのかもしれない。
東側へ三日月状に膨らんでいるモンストル大陸の陸地から遥か西方の海に赤色の点が記されているわけだから、大陸に連なる陸地ではないし、大陸からも距離はかなり離れている……つまり大陸外になるわけだ。
絵本の荒い描き方のせいでよく見えないが、その辺りに島でもあるのだろうか?
帝国が作っている一番詳細な大陸地図ですら大まかな陸地しか描かれていないし、大陸の南端はぼんやりとしか描かれていないのが現状だ。だから、ある意味絵本の背景に描かれている地図は帝国の地図よりも広範囲を描いた地図とも言えそうだ。
位置的にはウィッチズガーデンから遥か南西に線を引き、死の山から遥か真西に線を引き続けて交差するポイントが祭壇のある場所のようだ。
祭壇のある場所へ行くにしてもリヴァイアサンの進める海域なのかどうかは分からないし、仮に行けても島や海中での危険な冒険が待っているかもしれない。
それでも多くの人に迷惑をかけてきた魔獣寄せを消す事が出来るのなら絶対に訪れたい……僕の心に熱い炎が灯されたのを感じる。
僕は『いつかフォグスン達が訪れた祭壇に行ってみせる』と強く決意していると、サーシャさんは突然違う話題を振ってきた。
「グラッジ君、少し聞きたいことがあるの。グラッジ君は最終決戦に勝つことが出来たら、その後はどんな風に暮らしていくのかな? 何かやりたい事とかあるのかな?」
正直、今すぐにでもフォグスン達が訪れた祭壇に行きたい気持ちだけど、多くの冒険をしてきたフォグスンが一番危険な場所だったと言っているぐらいだから直ぐに行くのはよくなさそうだ。それにガーランド団の人間としてやらなければならない事も色々あると思う。
僕はグラド爺ちゃん、グラハム父さんの家族として、そしてガーランド団の一員としての立場を踏まえた上で答えを返す。
「最終決戦が終わっても魔獣が全ていなくなる訳ではありませんし、魔獣の掃討を手伝って大陸に貢献したいですね。それにお爺ちゃんの墓もちゃんと作れていませんから、しっかりと作りたいですね。他にも記憶の水晶で知った本当の歴史を多くの人に知ってもらいたいと考えていますから、広めていく活動を出来たらと考えています」
「グラッジ君は立派だね。そんなグラッジ君をサーシャは凄く尊敬しているよ。だけど、サーシャが望む未来は……」
サーシャさんは僕を褒めてくれていたけれど、途中で言葉を詰まらせてしまった。一体何を伝えたかったのだろうか? と続きの言葉が出てくるのを待っていると、人一倍緊張した様子のサーシャさんがカッと目を開いて、内に秘めていた想いを熱く語ってくれた。
「皆に愛されているグラッジ君は皆のものかもしれないけど、それでも……それでもサーシャにわがままを言わせて欲しい! あのね、最終決戦が終わったら……一緒にフォグスンの訪れた祭壇に行きたい! あの日、海底集落アケノスで言った約束を覚えてる? 『グラッジ君は大切な人だから、どうにかする方法がないか一生かけてでも探し続ける』って約束を……。だから、魔獣寄せを消す旅にサーシャを連れていって!」
サーシャさんはまるで愛の告白でもするかのように必死になって想いを伝えてくれた。いや、命懸けで僕を助ける旅に出たいと言っているのだから、それ以上に必死だと言えるだろう。
サーシャさんは『僕が皆に愛されている』と過大評価してくれているけど、ドライアドの長であり、シンバード陣営にとって欠かせない為政者であるサーシャさんの方がずっと必要とされている存在だと思う。だから念のために今一度尋ねておくことにしよう。
「本当にいいんですか? 危険な冒険になる事は間違いないでしょうし、モンストル大陸の陸地から離れた海域はどこも死の海のように危険な海域が広がっていますから一生シンバード領に戻れなくなる可能性だってあります。それに最終決戦を無事勝利で終える事が出来ればサーシャさんは実の両親と育ての両親とシルバーさんに囲まれて幸せな家族生活をおくれるはずです。それでも僕の為に祭壇への旅に出てくれるのですか?」
「うん、一生戻れなくなることも覚悟のうえだよ。それでもサーシャはグラッジ君の魔獣寄せを消してあげたい。だって、サーシャはグラッジ君のことを……」
僕に情報を伝えた事、そして祭壇への旅についていくとお願いしてきたこと、両方とも強い勇気がいることだ。それに肩を震わせ、顔を赤くしながら語り、最後の一言が言えずに詰まっているサーシャさんが僕に対して友情とは別の感情を抱いてくれていることも今なら分かる。
僕はいつもサーシャさんの世話になりっぱなしで、今回の旅に至っては何も男らしいところを見せられてはいない。小さな体でありったけの勇気を振り絞ってくれたサーシャさんに今こそ応えるべきだ。僕は自分の内にある心からの望みを伝えていた。
「ここから先は僕に言わせてください。サーシャさん、僕が魔獣寄せを消せるように祭壇への旅についてきてください。そして、魔獣寄せを消し去って、誰にも迷惑をかけない普通の人間になれたその時は、ぼ、僕の……僕の恋人になってください!」
自分でも情けなくなるくらい震えた声で告白してしまった。だけど、ありったけの想いは言葉に詰め込むことが出来た。きっと想いは通じ合っているはず……と思ってはいてもサーシャさんからの返事が恐い。
そんな情けない僕だけど視線だけはサーシャさんの瞳から逸らさなかった。すると、サーシャさんの瞳から大粒の涙が溢れ出し、雫を拭って濡れた両手で僕の手を握り、上擦った鼻声で答えを返す。
「はい……喜んで! たとえグラッジ君の魔獣寄せが消えなかったとしても、一生傍にいるよ」
僕には勿体ない最高の言葉を贈ってもらえた喜びで、気が付けば僕の両腕がサーシャの体を抱きしめていた。それは図書塔に誰もいないから動いたのではなく、ただただサーシャさんが愛おしくて行動に移していたみたいだ。
そんな僕に応える様にサーシャさんも抱きしめ返してくれている。僕はこの日を一生忘れはしないだろう。例えアスタロト達に負けて命を散らす事になったとしても、想いを伝え合えたのだから悔いは残らないだろう。
窓から差し込む夕陽がまるで僕達の関係を祝ってくれているかのように図書塔の中を黄昏の輝きで満たしてくれた。
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