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【第342話】アーティファクト グリメンツ
しおりを挟む――――長くなったがシンバードの無事を祈っている。絶対に死ぬなよ、ガラルド――――
レックの手紙はここで終わりのようだ。終始殴り書きだったから相当急いで書いたことが伺えるし、同時にレックの素直な気持ちが伝わってきた。モードレッドの駒にされるという文言とモードレッドに利用されるぐらいなら自害すると書いていたのが不安な気持ちを膨らませる。
駒にされるという言葉から察するにモードレッドはスキル『ミストルティン』を使って、無理やりレックを戦争で働かせるつもりなのではなかろうか?
過去に俺とレックがタッグを組んでモードレッドと戦闘訓練をした時はレックの強い意志でミストルティンに抗う事が出来た。だが、あの時のように上手くいったら、それはそれでモードレッドの反感を買い、殺されてしまうかもしれない。
理想としてはモードレッドに勝利した後、軟禁もしくは監禁されているレックを救い出すのがベストだ。どうかレックには早まって自害しないでほしいものだ。
死の山の戦争だけではなく、その後の対帝国についても考えなければならないなんて頭が痛くなりそうだが、情報を事前に得られただけ恵まれているだろう。とりあえず、命懸けで帝国から手紙を届けてくれた帝国兵にお礼を言っておこう。
「兵士さん、改めて言わせてくれ。レックからの手紙を届けてくれて本当にありがとう。恐らく貴方はレックが信頼をおいている部下だよな? 貴方の事はシンバードが責任を持って保護するし、必ずモードレッドの暴走を止めてみせる。安心して休養してくれ」
俺が礼を言うと疲れの溜まった帝国兵は一瞬だけ弱弱しい笑顔を返してくれた。しかし、彼は今後の自分の事や逃走した経緯などを話すこともなく、ただただ深刻な表情で俯いていた。
一段落したことだし、ベッドの上でくらい気を抜いて欲しいものだが、彼の表情からはシリアスさが消えない。何だか心配になってきた俺が「ずっと辛そうだが大丈夫か?」と尋ねると、彼は唾を飲み込み、震える声で語り始める。
「実は私のやるべき事は手紙を届ける事だけではありません。いや、正確に言いますと託された仕事は手紙を届けること一点なのですけど……。ここから先、私が喋る事は私がやりたくてやっている事だと認識して聞いてください、ガラルド殿」
「何だか、随分と改まった言い方だな。とりあえず貴方が個人的に何かをしようとしている事だけは理解したよ。で、それは一体何なんだ?」
「実は私がレック様から手紙を受け取った後、得られた情報がありまして……ですが、それを伝える前にガラルド殿には思い出して欲しい事があります。以前、ジークフリートでビエード大佐が帝国の情報を流した瞬間、黒い霧に襲われて殺されたことがありましたよね?」
「ああ、確かアーティファクトの一種なんだよな? 徐々に霧が顔の形になっていったな。殺したビエードの事を笑っていて凄く不快だった記憶があるよ」
「ええ、見るも語るも恐ろしい機能です。あの霧はアーティファクト『グリメンツ』が契約によって生み出したものです。グリメンツは本の形をしたアーティファクトでして、約束事を明記し、本に血を一滴落とし、宣誓することで、約束を守らないと死ぬ契約を作り出す事が出来ます。ビエード大佐はモードレッド様に『帝国の重大な情報を漏らすな』と契約させられましたが、自らの意思で契約を破ったのです」
「なるほどな。だが、そんな契約を頻繁に行使していたらモードレッドの信用も無くなりそうな気がするが……。それに死の直前に『帝国が嫌いだ』と言っていたビエードなら、そもそも契約を結びそうにも思えないんだがなぁ」
「勘が鋭いですね、ガラルド殿。まさにその通りでモードレッド様がグリメンツによる契約を施した人数は帝国全土でも三十人もいません。重要な情報を持つポストや危険そうな配下、それに加えて弱みを持っている人物などにグリメンツを使用していたようです。その中でビエード大佐は弱みを握られた結果、グリメンツの契約を結ばされた人間に該当します」
モードレッドは要所を抑えておけば組織的に裏切られる心配はないと考えていたようだ。結局、ビエードみたいに部分的に裏切る人間は出たものの、帝国をひっくり返すレベルの革命は今も昔も起きていない。
皇族たちが上手く統治し、グリメンツを有効利用出来ている証拠だといえるだろう。だが、帝国兵の話を聞いていると益々ビエードの握られていた『弱み』とやらが気になるところだ。彼が知っているか分からないが尋ねてみよう。
「貴方はビエードが握られていた『弱み』の詳細を知っているのか? 故人の事を死後に掘り返すのが良くないと思うなら、知っていたとしても言わなくても構わないが……」
「敵対国であり散々酷い目に合わされた相手だというのにガラルド殿は優しいですね。ですが、気遣い無用です。ビエード大佐が握られていた弱みを教える事をビエード大佐もきっと許してくれるでしょうから。ですので言わせてもらいますね。実はビエード大佐には重い病を持った弟と妹がいまして、モードレッドは治療費用を餌に帝国軍へビエードさんを勧誘し、グリメンツでの契約を結ばせたのです」
「なんだと? 百歩譲って高い給金を払う代わりに共に軍で働き、治療してあげろと誘うぐらいなら分かるがグリメンツでの契約まで引っ張りだしてしまったら、それはもう人の道を大きく外れちまってるだろ!」
「ええ、その通りです。元々はただの教師だったビエード大佐の優秀さに目を付けたモードレッド様は何としても手駒に欲しかったのでしょうね。この話を知ったのは随分と後ですが、正直私は反吐が出ました。それに、愛する弟と妹さんは治療の甲斐虚しく亡くなってしまいました」
出会ったばかりの頃はただの狂人だと思っていたビエードが最後に少しだけ俺達の味方をしてくれた事は強く印象に残っている。根っからの悪人ではないのかもしれないと思えたし、帝国の事が本当に嫌いなんだとあの時強く感じたが、その理由の欠片がようやくかっちりとハマった気分だ。
愛する弟と妹が亡くなってしまったのならば、その時点で帝国軍人を辞めればいいのではとも思ったが、その点も恐らくグリメンツで契約を結ばされているのだろう。奴の性格が歪みに歪んでしまうのにも納得が出来る。
これだけでも相当重たい話だったわけだが、帝国兵の話はまだ続くようで、彼は沈痛な面持ちのまま話を再開する。
「実はこの話にはまだ恐ろしい裏があるのです……。ビエード大佐の弟と妹が罹った大病は中々珍しいものでした。そんな大病がビエード大佐の家族へ二人同時に罹るなんて出来すぎていると考えたレック様は過去の医術記録や医師に圧力をかけて徹底的に調べ上げました。そして、得られた情報は最悪なものでした。なんとモードレッド様が二人に毒を盛って大病を仕立て上げたのです。さらにモードレッド様は時間をかければ完治させることが可能だった二人にわざわざ毒を追加してトドメを刺したという事実も発覚しました。モードレッド様はビエード大佐を孤独に追い込み、軍人一筋の強い駒にしておきたかったのでしょう」
ずっと酷くて悲しい話が続いて吐き気を催してきた……。もはや、モードレッドの頭の中には帝国を最強にするという目標しかないようだ。
理想の国を作れるなら、卑怯で非人道的な手段に手を出すし、とことん合理的な選択をしていくつもりなのだろう。ある意味一番人間臭くて純粋なアスタロトより冷酷無情なモードレッドの方が恐いかもしれない。
改めて分かった帝国とモードレッドの怖さに俺達は全員黙り込んでしまった。そんな俺達をベッドの上から見回した帝国兵は自分の胸に手を当てて、今日一番の険しい顔を浮かべた後、俺の眼を真っすぐ見つめながら今後の事を話し始める。
「これで皆さんに帝国の恐ろしさを分かってもらえたと思います。なので、ここからはシンバード陣営が勝つ為に未来の話をさせてください」
=======あとがき=======
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