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【第335話】憧れと嫉妬
しおりを挟む「ほらほら、ガラルド君! このままじゃ場外負けだよ? 砂が重くなった理由も、動きが読まれる理由も解明できないまま、君は負けてしまうのかい?」
フィルが嬉しそうにも残念そうにも見える表情で俺へ攻撃を加えている。フィルの言う通り、このまま一矢報いることなく負けるのは御免だ……あがけるだけあがいてやる。
俺はまだレックと同じパーティーだった頃に使っていた不得意な地属性魔術『サンド・ウォール』を自分の後ろ側である武舞台の端へと放出した。
ただの砂の壁であり、強い衝撃ですぐに壊れてしまうような壁だが、今は俺の体を外に放り出さないストッパーとして機能してくれればそれでいい。
フィルはスキルではない、ただの地属性魔術サンド・ウォールを一目見ると大きな溜息を吐き、残念そうに呟いた。
「ハァ……そんな雑な地属性魔術では窮地を脱することは出来ないと思うよ? せいぜい外に吹き飛びにくくするだけだろうね。それに君の身体ごと押し出すように衝撃を与え続ければ、すぐに壊れちゃうはずだよ」
「ふぅ……お前の言う通り、普段使っていない魔術は大した出来にはならないな。だが、魔砂の動きが鈍る以上、今はとにかく押し出しの対策さえ出来ればそれでいい。それよりもフィルは俺の心配をしてていいのか? もしかしたら俺は綿の分析を終えて、逆転の手を進めているかもしれないぜ?」
「へぇー、面白い煽りをするね。それなら僕の生み出した綿がどんな性質を持っているか言ってごらん。もし、君が本当に分析できているなら勝ち目がないと悟るはずだ。この綿は性質を知られても問題がない『シンプルな強さ』があるからね」
フィルは珍しく眉をひくつかせ、俺に探りを入れてきた。初めて戦った時から少し感じていたが、やはりフィルも俺やグラッジのように戦闘面においてプライドが高く、負けず嫌いなようだ。
だからこそ俺はフィルを動揺させたいし、好敵手と思われたい。自分の方が強いと張り合うなんて子供じみた思考かもしれないが熱くなる心は止められないし、フィルは張り合いたくなる魅力を持つ漢だ。
俺はフィルの要求に応え、自分なりに順を追って綿の分析を伝えた。
「俺を真似るような手を打つと言っていた事からも恐らく全体に散りばめた綿で敵の動き出しを感知しているんだろ? それに加えて綿そのものが大小様々なサイズで浮かんでいて、その全てが油や泥のような性質を持っているんじゃないか? 俺の動きが読めて、砂が動かしにくくなり、爆発する性質まであるんだから予想には自信があるぜ?」
俺が考えを伝えるとフィルは自嘲気味に笑いながら綿の性質について答える。
「……お見事だよガラルド君。僕が生み出した綿『モタルフ』は君が言った通りの性質を持っているよ。僕はね、ガラルド君が砂を感知の為に使ったのを見た時、正直悔しかったんだ」
「悔しかっただって? どういう事だ?」
「僕はただでさえシルフィ母さんからスキル魔砂を受け継げなかったのに、ガラルド君は魔砂を使えるだけじゃなく母さんみたいな使い方まで会得しちゃった訳だからね。だから僕も君に……母さんに近づきたいと思って、モタルフで代用させてもらったんだ。本来は別の用途に使う技だったんだけどね」
幼少期から死の山のアジトで育ってきたフィルは俺と違って母親シルフィの事をアスタロトから聞いて育ってきたのだろう。
肉体的・細胞的にはグラドやエトルの方がずっと実親なのだろうけど、家族かどうかは想いの強さや触れてきた時間が決めるものだ。きっと俺なんかとは比べものにならないぐらい母親シルフィへの憧れが強いのだと思う。
だったら神様はより強い想いを持つフィルにこそ魔砂のスキルを与えてやってくれと思うけれど、人生なんて皮肉に溢れているものだ。むしろ、フィルが一皮むける為にシルフィの力を引き継げない運命にされたのではないかと思うぐらいだ。
だから、自称フィルのライバルであり、兄でもある俺が出来る事はただ一つ、シルフィの形見とも言える魔砂で全力のフィルを受け止め、勝利する事だ。頭から雑念が消えていくのを感じながら俺は再び全身に力を込める。
「フィルの想いはよく分かった。シルフィ母さんに近づこうとするお前は能力を引き継ぐ事は無くても間違いなくシルフィ母さんの子供だよ。だが、俺だって負けるつもりはない。最後に互いの全力をぶつけ合って天国にいる親たちへ見せつけてやろうぜ」
「ふふふ、いいね。前回のコロシアムよりも血が湧きたっているよ。さぁ、互いに手札は見せ合った、後は純粋に力を出し切って楽しもうッ!」
俺とフィルは互いにゆっくりと前に歩き、拳が届く距離まで近づいた。数秒の沈黙が流れると、二人同時に右足から上段蹴りをぶつけ合い、痺れるような衝撃と激しい破裂音が響き渡る。
――――両者クリーンヒットにより、加点無し!――――
シリウスがクリーンヒットと解釈した通り、俺は脛の骨にヒビが入ったのではないと思うほどに痛みを感じたがフィルも同じだったようで、痛みを堪えて唇を噛んでいる。
そこから更に互いに拳撃を繰り出したけれど、まるで鏡と戦っているのかと錯覚しそうな程に攻撃角度とタイミングが一致し、正面からぶつかり合ってしまい、衝撃がかき消されてしまう。
俺は魔砂、フィルはモタルフを空間に浮遊させている以上、どうしても攻撃速度より感知が上回ってしまい、決定打に繋がらない。
そんな状況を見たフィルは「これじゃあまるで息の合ったダンスだね」と均衡した状況を皮肉してきた。
このまま長期戦を続けるのも一興だが、どうせなら気持ちよく勝ちたいところだ。俺は拳撃を繰り出しながらも決定打を模索し、フィルに探りを入れる問いを投げかけた。
「ハァハァ……確かにこのままじゃ芸がないな。どうだ? ここらで一発グリーン・セスタスでも装着したらいいんじゃないか? 魔砂も弱体化されて、レッド・モードも封じられた俺と違って、フィルなら問題なくスキルを使えるだろ?」
「ハァハァ……ガラルド君……分かってて煽ってるんじゃないだろうね? 僕は広範囲のモタルフだけでバテバテなんだ。グロースは同時使用で負荷が大きくなるって説明したよね? 僕が次に大技を繰り出す時は……」
「勝負を決める時って訳か。ハァハァ……互いに似たような……状況だな」
「……そう……みたいだね」
口数の減少と言葉の詰まりっぷりが互いの消耗具合を証明している。魔量が減ってきた際に起きる五感の鈍りも出始めた。
俺は少しだけ霞んできた視界と砂の感知を照らし合わせながら攻撃と防御を繰り返していたが、遂に歪みが発生してしまう。フィルの放った拳撃を肘で防ごうとした時、拳一つ程度外側にズレてしまったのだ。
フィルの放った正拳は俺の肘を掠めながら俺のみぞおちに直撃する。
「ぐふぅッッ!」
口から唾液と空気が抜け出し、俺の体が後ろにあるサンド・ウォールへ衝突する。一瞬、意識が飛んでいた気がするからサンド・ウォールが無ければそのまま場外負けしていたかもしれない。
俺は震える足で何とか立ち上がり再び拳を構えた。しかし、フィルは勝利を確信した笑みを浮かべ、両腕にグリーン・セスタスを装着して宣言する。
「先にガラルド君の体力・魔量が底をつくみたいだね。君が武舞台の端にいて、なおかつ消耗していている今こそが好機だ、一気に決めさせてもらうよ!」
フィルは疲弊しながらも力強い眼光と跳ねるような声でグリーン・セスタスの連撃を繰り出してくる。俺はガードするのが精一杯でポイントこそコールされていないものの、俺の両腕は岩を何度も受け止めたかのようにズキズキと痛んでいる。
俺が踏ん張っている足裏は徐々に外側へと押されていき、気が付けば俺の背中はサンド・ウォールにくっついてしまっていた。
連打を浴びせ続けるフィルの気迫は凄まじく「さあ! 壁と一緒に場外に落ちてしまえッ!」と叫びながら最高速の拳撃を繰り出してくる。
「くっ……このままじゃ……」
俺の体は押し返す事も出来なければ左右へ逃げる事も出来ない。後ろに押し出されるだけの俺はとうとうサンド・ウォールに亀裂を入れてしまった。
サンド・ウォールは後何秒持つのだろうか? サンド・ウォールという踏ん張りが無くなった瞬間、俺の体は場外へ押し出されるだろう。そうなったら例え魔砂で浮遊して一瞬だけ場外負けを回避しても、フィルのバンブレで叩き落されるのは目に見えている。
考えて考えて……とにかく考え抜くしかない! 俺は走馬灯のように過去の戦闘・経験を洗い出して手を考え続けた。しかし、その時間はあまりにも少な過ぎた。俺の背中に押されたサンド・ウォールは亀裂を端まで広げてしまい、とうとう破裂してしまった。
俺の体はグリーン・セスタスの重くて速い打撃に押されて容易く空中――――場外へと放り出されてしまう。俺は緩く弧を描く体を魔砂で作り出した空中の足場で何とか固定させた。
しかし、フィルは場外の宙に浮いている俺を叩き落して地につける為、リーチの長いバンブレを振りかぶって叫ぶ。
「これでトドメだ、ガラルド君! 落ちてしまえェッ!」
踏ん張りの効かない空中でバンブレの振り下ろしを喰らったら間違いなく叩き落されてしまう……いよいよ万事休すかと諦めそうになったその時、場外で吹き飛んでいる俺の視界に逆転の光が見えた。
俺は策を思いつくと同時に両手で高速回転する砂の球体を作り出し、フィルに向かって投げた。球体は真っすぐにフィルへ向かって飛んでいったが、所詮はただの投擲……あっさりと上体を逸らして避けられた。
フィルは勝ちを確信し、片方の口角だけを上げた笑みを浮かべながら呟く。
「最後の悪あがきかい? 無駄なこ――――」
フィルは最後まで言い切る前に言葉を詰まらせた。その理由が俺には分かる……フィルは投げつけられた球体の中に何が入っているのか気付いただろう。
だが、今更気付いたところでもう遅い――――あの球体の中にはモタルフを爆発させる為の火球が封じられているからだ。火でモタルフを爆発させるならフィルの近くで尚且つ武舞台の内側がベストだ、そうすることで武舞台の内側から外側へ衝撃波が発生し、フィルを押し出すことが出来る。
俺は顔から血の気の引いたフィルの近くで球体の砂を消失させる。
「自分の技でくたばっちまえッ! 魔砂解除!」
球体の砂が全て剥がれ落ちるよりも早く、球体の中心から眩い閃光が溢れ出し、凄まじい爆風が巻き起こった。
「うわあああぁぁぁっっ!」
フィルはモタルフの爆風を近距離で受け、大きなうめき声を上げながら武舞台の外にいる俺の方へ飛んできた。あれだけの衝撃を受けたなら、このまま放っておいても場外に落ちてくれるかもしれないが、また地面に植物を突き立てて場外負けを回避する可能性もある。
ここで確実に決めなければ……俺は飛んでくるフィルに合わせるようにレッド・モードを発動した。モタルフの範囲外である場外ならレッド・モードを使っても爆発しないからだ。
大ダメージを負って飛んできたフィルなら確実に場外へ叩き落せる……そう信じて俺は右の拳に魔力を集中させた。だが、俺の予想は甘かった。フィルは吹き飛んだ状態から猫のように体を捻り、強引に俺が立っている浮遊砂の上に着地したのだ。
相変わらず馬鹿げた身体能力と忍耐力だ。爆発の衝撃だけで倒せると思っていた自分は浅はかだったようだ。
俺達はコロシアム決勝の時と同じように狭い足場で立ち、拳を構えた。だが、あの時とは違い、今の俺達には余力が無い――――互いに渾身の力を込めた一撃で勝負が決まるだろう。俺もフィルも右手に最後の魔力を練り上げ、互いの胸に振り抜いた。
「レッド・インパクトッッ!」
「グリーン・セスタスッッ!」
芯から魔力を出し切った互いの拳は場外へ叩きつけるべく、ベクトルを斜め下に働かせる。破裂音でも無ければ重低音でもない独特の打撃音が空気を強く震わせ、俺達の耳へ届いた。それとほぼ同時に俺達の体は隕石の如く地面に叩きつけられた。
尻と背中を地面に激しくぶつけたせいで一瞬、気を失いそうになったが何とか堪えて俺は前方を見つめた。そこには俺と同じ姿勢で場外の地面に座るフィルの姿があった。
互いに9ポイントに達していなかった以上、どちらが先に場外へ触れてしまったかで決着がつく事になる。俺もフィルも同時にシリウスを見つめてコールを待っていると、彼は拍手しながら俺達に近づいてきて勝者の名を告げる。
「ほんの僅かな差だがフィルの方が先に場外に触れていた……よってこの戦い、ガラルド君の勝利だ!」
互いが互いを地面に叩き落とすという泥臭いフィナーレは神様が少しだけ俺に味方してくれたようだ。
正直、あまりにも小さな差であり、僅かでも出力と魔量と攻撃角度に違いがあれば勝者は違っていただろう。遅れて湧いてきた勝利の実感が体の奥をじわじわと侵食していくのを感じる。気が付けば俺は拳を天に突き上げて叫んでいた。
「よっしゃぁぁっっ!」
以前のコロシアム決勝とは違い、ギャラリーはほとんどいないけれど数の少なさを補うようにリリスとサーシャが激しく拍手してくれている。
「おめでとうございますガラルドさーん! かっこよかったです!」
「おめでとうガラルド君! 最期まで諦めない姿に感動したよぉ!」
ようやく終わったんだ……と疲れた体を勢いよく横にしていると、空を見つめていた俺の視界にフィルが現れた。フィルは握手を求めて手を差し出し、俺が応じるとそのまま体を起こし、称える言葉を贈ってくれた。
「おめでとうガラルド君。正直、過去視で多くの事実を知った今の君には兄弟としても同盟陣営としても絶対に負けたくなかったから悔しいよ。でも、それ以上に楽しかった。流石は僕のお兄ちゃんと言ったところかな」
「お兄ちゃんなんて呼び方やめてくれよ……それにナフシ液で止まっていた時間を考慮すればフィルの方が数年長生きしているんだぜ? 今まで通りガラルドって呼んでくれ。そしてこれからも味方でありライバルであり続けてくれ」
「ふふふ、了解。それじゃあ僕達は休憩がてらシンさんとグラッジ君の試合を見に行こうか。まだ試合は続いているみたいだし、二人だけで話したいこともあるからね」
自分の戦いに集中していたせいでグラッジ達のいる武舞台を全く見れていなかったが、まだ試合は続いているみたいだ。正直、シンとグラッジの戦いは最初から見ていたかったぐらい気になっていたから途中からとはいえ腰を据えて見れるのはありがたい。
フィルの言う『二人だけで話したいこと』の中身も気になるところだし、とりあえずリリス達から少し離れたところに腰かけることにしよう。
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