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【第326話】フィルのこれまで

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「僕がガラルド君達と接触した理由を話した事だし、次は僕が生まれてから今日までどんな生き方をしてきたのかを話そうかな」

 ローブマンあらためフィルがどんな生き方をしてきたかは正直かなり興味がある。一応、生まれた順番で言えば俺の方が早いからフィルは弟になる訳だが、肉体の年齢は何歳ぐらいなのだろうか?

 ナフシ液に長い間浸かっていた俺の肉体年齢は大体二十歳ぐらいだが、フィルも同じぐらいに見える。そんなフィルはお世辞にも楽しそうには見えない表情で過去を語り始める。

「僕は母シルフィがガラルド君を連れ去ってから二年後に誕生してね、ザキールは僕より一年早く生まれたから一応アスタロトの細胞を取り込んだ息子と考えれば三男と言えるのかな。僕はザキールと違って肉体が完全に人間だったからガラルド君の代用品――――つまりグラドの息子トルバートの代わりとして大事に育てられていたんだ。そういう意味では僕らは同一存在と言っていいかもしれないね、ガラルド君」

「見た目も声も戦闘スタイルも全然違うんだから、似ても似つかねぇよ。見捨てられた俺よりフィルの方がずっと優秀さ。それより、フィルはどんな幼少期を過ごしたんだ?」

「基本的には父アスタロトからひたすら座学と戦闘訓練を受ける毎日だったよ。本当はクローズとも関りたかったけど、母シルフィの件があってアスタロトとクローズはほとんど会話を交わさないほど仲が悪くなっていたんだ。いや、正確にはクローズから話しかけてはいたけれど、アスタロトが避けていたと言うべきかな」

 クローズが間接的にシルフィを殺したと思ってしまう状況なだけに、こうなるのも仕方がなさそうだ。現代の二人も仲が悪そうだったから溝の深さは相当なもののようだ。

 そして、フィルは更に話を続ける。

「そんなアスタロトからの教育を受け続けて十年――――僕の体にある異変が起きてね。それは両目が緋色になるという事件だった。僕の体に遅れて母シルフィの細胞が適応し始めたという事実は親子の繋がりを感じられて嬉しかったよ。それと同時に母の生き方や兄ガラルドの行方も気になっていて、自分の生き方にも疑問を持っていた……僕はこのままアスタロトの駒になっていいのだろうか? とね」

「俺もフィルの立場なら同じことを考えそうだな。それで脱走してダリアに入ったのか?」

「いや、脱走なんてアスタロトを恐れているみたいで嫌だから本人にアジトから出ると言って正面から出て行ったよ『僕はもっと広い世界を見たいし、貴方の復讐なんて興味はない。好きな植物を愛でながらのんびり暮らすんだ』って言ってね」

「おいおい、そんな言い方をして出て行けるわけがないだろう、下手すれば殺されるだろ?」

「結論から言うと正面から出て行く事は出来たよ。アスタロトからは何度も怒鳴られたし、出て行こうとする度に殴られたけど、それでも僕はしつこく何度も正面から出て行ったんだ。すると、アスタロトは遂に根負けしたみたいで殴るのを止めたよ。殺してしまうより、しばらく放置した方がマシだと思ったのかな? それとも緋色の眼がトルバートを名乗らせるうえで障害になるから僕は使い物にならないと思ったのかな? それにアスタロトは何だかんだで僕には甘いところもあったからね、理由は色々考えられるよ」

「長年育てた『情』みたいなものがあったのかもしれないな。それも優秀さ有りきの情かもしれないが。じゃあフィルは十歳頃にアジトを出て、アスタロトは三番目のトルバートも作成に失敗した訳だな」

「そういうことになるね。結果的に僕は力と知恵を得たうえで人類側の存在になった訳だ。アスタロトは去り際に『ガラルドは力が足りず、ザキールには品格と知性が足りず、フィルには心が足りなかったようだな』と呟いていたのが、印象に残っているよ」

「何が『心が足りない』だよ。自分の想い通りに動く駒にならなかっただけの話じゃねぇか。それじゃあ結局、アスタロトのトルバート作成計画は完全に失敗した訳だな。既にトルバートを拉致してから十年の時が経っている段階で新たな命を作っても年齢がトルバートに追いつかないからグラドに息子だと信じ込ませられる見た目にならなくなるもんな」

「その通りだよ。だからアスタロトはこの時点で僕を心変わりさせる以外の方法はないと考えたはずだ。だからしばらく泳がせて僕を再び説得しに来るはずだと警戒する毎日を過ごしていたんだ。そんなある日のこと、僕は旅先でシリウスと出会ったんだ」

 フィルはシリウスを見つめながら喋ると同時に鞄から謎の紙の束を取り出した。紙の束を手にしたフィルは早速それを俺に手渡してきた。

 紙の束を上から順に見ていくと、どうやら何十年分ものカレンダーになっているようで、日にちによって赤色と青色でチェックマークが入っている。少し考えてみたが俺にはチェックマークの意味が全く分からない、フィルに聞いてみよう。

「フィル、このカレンダーとチェックマークは何なんだ?」

「それに答えるより先にアジトを出た僕が何をしていたかを話しておくよ。元々ダリアを警戒していたアスタロトの影響で僕自身ダリアの事を知っていてね、目立つ緋色の眼を餌にして早速、ダリアと接触を試みたんだ。そこでシリウスと仲良くなって協力関係を結び、激しい特訓で自分を鍛えて、各地で暗躍する立場になったんだ。そのチェックマークは僕が赤が活動していた日を表していて、青が止まっていた日を表しているんだよ」

「止まっていた日? 休んでいる日じゃなくてか? 妙な言い方をするんだな。それに文句を言いたい訳じゃないんだが、やけに休んでいる日が多くないか? 少々怠けすぎだと思――――いや、もしかしてこれは!」

「お! 鋭いねガラルド君。そう、止まっていた日というのはナフシ液で肉体の時間経過を止めていた日ということさ。僕は若い肉体を維持して少しでもアスタロト陣営へ抵抗する時間を長くする為に肉体の停止と起動を繰り返していたんだ。人より長命のアスタロトと決着をつけるのはいつになるのか分からないからね」

「し、正気かよ、フィルの覚悟はどれだけ凄いんだ……。じゃあ実際に肉体が活動していた時間はどのくらいなんだ?」

「う~ん、大体24年ぐらいかな。ダリアの活動は対アスタロトだけじゃなく、危険な魔獣が現れた時に討伐する仕事もあるんだけど、そういう時はナフシ液に浸かった僕を他の仲間が現地まで馬車で運んで、着いたら僕が討伐する流れが多かったりしたからね。朝に起きる時もあれば夜に起きる時もあったし、数十日規模の誤差はあるかもしれないね」

「そういう意味では働き詰め・特訓漬けの人生だったんだなフィルは。もしかして俺とコロシアムで戦った日も肉体の状態はベストじゃなかったんじゃないか?」

「言い訳臭くなるけど正直全然ベストじゃなかったね。やっぱり肉体停止を解除してから十日ぐらいは経たないとまともに戦えないかな」

 ベストなフィルを倒す事が出来なかったのは残念だが、強くなった今の俺ならベスト状態のフィルを相手にしても戦えるのではないだろうか? これは男にありがちな思考かもしれないが、やっぱりどっちが強いか白黒はっきりとつけたいと思ってしまうのだ。

 いつか、改めて手合わせ願いたいと考えていると、今度はシリウスが前に出てシンバードへ訪れた理由を語り始めた。

「フィルも一通り話したいことを話せたはずだから次は私の番だな。私が今日シンバードに来た理由は至ってシンプル。戦争に勝つ為の具体的な方法を伝えに来たのだ」





=======あとがき=======

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