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【第321話】モードレットとシリウス
しおりを挟むシリウスは転生した後のクローズ達について話し始めた。
「赤ん坊のワンの体へ転生したクローズは子供時代をずっと研究に捧げ、大人になってからはエンドという組織を立ち上げた。現在の規模も50人に満たない小さな組織だが、大陸中を暗躍する活動的で厄介な組織でね、確かガラルド君の仲間も襲われたと聞いているが」
「ああ、死の海を渡る少し前にフレイム達が襲われてしまったな。今思えば有名になってきていた俺達を潰しておきたかった考えがあったのかもしれないな。ダリアへ情報が流れた二の舞を踏みたくもないだろうし」
「エンドの連中がどんな考えを抱いていたのか細部まで分からないが一つだけ確かな事がある。それはネリーネ家……つまりサーシャ君の実の両親を嗅ぎまわっている連中を消しておきたかったという事だ。ネリーネ夫妻はエンドに拉致された人間だからね、些細な事からでも尻尾を掴ませたくなかったのだろう」
ネリーネ夫妻が拉致されている事は前から分かっていたが、クローズの危険な研究を知っている今となってはネリーネ夫妻が手を貸したくない研究に無理やり参加させられているのかもしれないと考えてしまって胸が苦しくなってくる。
サーシャも同じことを考えていたようで、エンドと両親について質問を重ねた。
「知っていたら教えてください、シリウスさん。サーシャのお父さんとお母さんは三色の霧みたいな危険な研究に力を貸す事になってしまったのでしょうか? 答えによってはサーシャは両親と間接的に戦う事になってしまいます……」
「実はそこが肝なのだよ。我々ダリアは幾度となくエンドと接触し、時には戦い、時には情報を盗んだり盗まれたりしてきた関係だ。その争いの中でネリーネ夫妻をエンドから救い出すことこそ出来なかったが、秘密裏に連絡を取り合う状況にまで持ち込むことが出来たんだ。現在、ネリーネ夫妻にはスパイのような形でダリアに情報を送ってもらいつつ、ワン達の研究を意図的に遅らせるよう細工してもらっている」
「よ、よかった……。お父さんとお母さんは人類に仇なす研究に力を貸していないのですね。むしろ、暗躍して人類側の為に戦っていると言ってもいいですね。でも、そんな事をしてお父さん達は無事でいられるのかな……」
「サーシャ君の不安はもっともだ。だからこそ我々は早いうちにクローズ達と決着をつけなければいけない。そういう意味では生きている実親を助け出したいサーシャ君が一番負けられない動機を得たのかもしれないな」
俺達はそれぞれ戦う理由はバラバラだ。だけど、その理由のほとんどが大切な人の無念を晴らす事、もしくは親友・家族の暴走を止めたいという過去から繋がる想いだ。
だが、サーシャだけは両親を取り戻して失った時間を埋めていく前向きな幸せを得る事ができる。いや、俺やリリス達だって勝利の果てに魔人や魔獣のいない幸せな世界が待っているはずだ。
全ての幸せと望みはクローズ達との決着に繋がっている、気合を入れて戦わねば。
次にシリウスはエンドを作った後のワンについて話しを続けた。
「ワンは妻子を作り、エンドを作り、今の魔力砲の元となった技術を習得し、ゼロ君の祖父サウザンドと戦って敗北した後、暫く牢屋での生活を送っていた。だが、エンドの仲間達の助けによって牢屋を脱出して再び悪に手を染める日々が始まってしまった。そこからは死の山のアジトに戻り、アスタロトと時々協力しながら『三色の霧』をいくつかの勢力に渡して、サラスヴァ計画を進めていたようだ。一例をあげれば帝国のビエード大佐が扱っていたサクリファイスソードあらため『吸収の霧』も該当するね。あの力はまだ未完成なものだったが、それでも手強かっただろうガラルド君?」
「あれでまだ未完成なのか……確かに嫌になるほど手強かったよ。今となっては黒の霧を渡されたアーサー王と使役されたビエード大佐もクローズの実験台にされた可哀想な奴に思えるよ。結局、近年でクローズが霧の力を手渡したのはアーサー王だけなのか?」
「いや、ここ三十年で他の国の人間にも渡したこともあったらしいが結局扱いきれなかったり、滅びてしまったりとろくな結果にならなかったらしい。霧の力を渡しても破滅せずに使いこなす事が出来たのは結局アーサー王、そして君達のよく知るあの男しかいない」
「あの男? もったいぶらずに教えてくれ、シリウスさん」
「クローズが霧の力を渡したのは……モードレッドだ。クローズは巨大すぎる帝国がアーサーとモードレッドによって分割統治されている点に注目して、二人に別々の霧の力を与えたら面白い事になると思ったらしい。結果、アーサー王は『吸収の霧』、モードレッドは『変化の霧』を与えられたのさ」
「よりもよってモードレッドか……最悪な相手だな」
魔力砲をはじめとした『吸収の霧』の力だけでも相当厄介なのに『変化の霧』までモードレッドに与えているとは。
クローズは一度皇帝ヨハネスに変化の力を与えた結果、シリウスに倒された過去を経験しているというのに再び帝国に変化の力を与えるとは……それだけモードレッドの力を信用しているという事なのだろうか?
それとも、親子に二つの霧を与える事で一層強大な帝国を作り上げる事がクローズの目的なのだろうか? いや、それならモードレッドが吸収の霧の事を知っていなければ辻褄が合わない……モードレッドはジャッジメントを使ってまでアーサーの悪行を知らなかったと証明してみせたのだから。
俺達はモードレッドの事をまだほとんど理解できていないのかもしれない。今一度、皇族の血を引くシリウスに内情を尋ねてみよう。
「教えてくれシリウスさん。アーサーとモードレッドは互いに霧の力を得たものの、共有はしなかったわけだよな? もしかして内輪でかなり仲が悪かったりしたのか?」
「う~ん、確かに仲はよくなかったが対立する程ではなかったはずだ。互いに何か隠し事をしているのは感じていたと思うが、アーサーはモードレッドを次期皇帝にするつもりだったし、モードレッドもアーサーが近いうちに引退するだろうと踏んでいたからな。むしろ、モードレッドから嫌われていたのは私だろうな」
「え、どういうことだ? それはヨハネスを殺したことが関係しているのか?」
「いや、そうではない。私は父ヨハネスの死後、兄アーサーが皇帝になったタイミングでようやく国賊として追われる身ではなくなった。アーサーはヨハネスを止めた私を支持していたからな。だが、モードレッドは違った。奴はヨハネスのような強い軍事力を持つ者こそが偉いと考えていたんだ。だから謀反に近い形でヨハネスを殺した私が嫌いだし、邪魔だとも思っていたのだよ」
「先に変化の霧を与えられていた先輩を尊敬するとは皮肉な話だな、もっともモードレッドはヨハネスが変化の霧を使っていた事は知らなかったとは思うが」
「ああ、少なくともモードレッドがクローズから変化の霧を与えられるまではヨハネスが変化の霧を扱っていた事を知らなかったはずだ。だが、今は気付いているだろうな。奴は暇があればすぐにヨハネスの過去を探ろうとするうえに、敵対関係だった私の事も探っていたよ」
モードレッドが『ヨハネスと敵対関係だったシリウス』の事を調べているという事実で俺は過去の事を思い出していた。それはモードレッドと初めて会ったリングウォルド別邸跡地でのことだ。
あの場所にはシリウスとフィアの写真が落ちていたり、モードレッドが何かを探っていたりと深く印象に残っている。きっと夫婦となったシリウスとフィアが一時期暮らしていた場所だから、何か得られるものがあるかもしれないと思ってモードレッドは探していたのだろう。
だが、ここで新たな疑問が湧いてきた……それは、極力身を隠そうとしていたシリウスが別邸という目立つ場所で暮らしていたという事実だ。これではクローズに見つけてくださいと言っているようなものである。
いくらアーサーが皇帝になったことでシリウスが国賊として追われなくなったとはいえ、不思議でならない。俺が理由を尋ねると、シリウスは苦虫を噛み潰したよう顔で答える。
「そこは当然ガラルド君達も気になるだろうな。私が一時的にわざわざ目立つ場所で暮らしたのには理由がある。それはクローズをおびき寄せる為だったんだ。我々ダリアにとって一番の目的はクローズを倒す事だ、その為にはまずクローズの肉体を調べて弱点を探らなければならない。私はクローズの体から血の一滴だけでもいいから入手したいと考えた。それさえ出来れば既に老いぼれた私でも大きく役立てるし、後に続くダリアの面々の助けになれるだろうとね。だが、それは失敗に終わった、クローズは一度も別邸を攻める事はなかったんだ。奴は奴でこちらを警戒しているのだろう」
「リングウォルドの皇族ともあろう人間がまるで捨て駒みたいな行動に出るとは……いや、皇族だからこそ被害を最小限に抑えて、事を成せると考えたんだな。シリウスさんの覚悟はすさまじいな……」
「ダリアの頭が潰れようが、手足が潰れようが全てが潰れなければ再起して戦い続ける事が出来るからね。我々ダリアは全員が剣であり心臓であるという考えの元、活動しているのだよ」
俺はビエードの命令に従って魔力砲で『自身を酷使する帝国兵』と『ダリアの執念』に近いものを感じていた。善悪の違いはあれど、何が何でも組織を勝たせたい強い意志がある点では同じだからだ。
帝国人として、英雄として、そしてダリアのリーダーとして長きに渡って戦ってきたシリウスのおかげで多くの事が分かった。シリウスは最後に咳払いをすると、俺達が為すべき真の目的を話し始める。
「クローズが撒いた悲劇と災禍の種は大陸全土を揺るがしている。故にモンストル大陸を守るには死の山の魔獣群を討ち、アスタロトとモードレッドを止め、クローズを倒さなければならない」
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