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【第316話】シリウスとの再会
しおりを挟むシルフィがカンタービレでリーファ達と合流する日が訪れた。
今日まで可能な限りクローズの研究に関する情報を集め、盗み出せる物の厳選を続けたシルフィはかなり大きなリュックを背負ってアスタロトの部屋を訪れた。
「おはようアスタロト。朝からお願い事をしちゃって悪いんだけど、カンタービレに買い物へ行きたいから運んでいってくれないかな?」
「ん? 勿論かまわないがシルフィは相変わらずカンタービレがお気に入りみたいだな。それに縦横1メードぐらいありそうな大きなリュックを背負っているが、そんなにも多くの荷物を背負っていて他の物を買えるのか?」
「これは邪魔になった私物を売ってお金にしようと思って詰め込んだの。だから、途中で空になって買った物は入れられるから心配ないよ。で、今日はどんな私物を売っているのか見られちゃうと恥ずかしいから、一人で行動させて欲しいの。アスタロトは集合時間まで別行動してもらってもいい?」
これは中々上手な嘘だ。大きなリュックを持っている理由を違和感なく説明できているし、中身を探らせない牽制にもなっている。アスタロトは全く疑う事なく首を縦に振った。
このまま難なくシルフィがリーファと合流できると思った俺だったが、視線を横にやると半開きの扉の前にクローズが立っていて、二人に声を掛けてきた。
「アスタロト、悪いがシルフィさんは私が連れて行くことにするよ。私もそっちでちょっとした用事があるんだ。デートの邪魔をして悪いね」
「だ、誰がデートだ。僕はシルフィを運ぶときはいつも護衛だと思って真剣に仕事をしているんだ。そんな浮ついた気持ちでやってないぞ。お前こそボーっとしてシルフィを空から落っことすんじゃないぞ?」
「私がボーっとすることはないよ。ただ、好奇心に引っ張られてよそ見をすることはあるだろうけどね。それじゃあ、早速カンタービレへ行こうか、シルフィさん」
「……はい、よろしくお願いします」
シルフィは急遽運び手が変わったことで渋い表情を浮かべている。シルフィを全く疑う事のないアスタロトなら嘘をつき通すのも容易だったと思うが、抜け目のないクローズは少し厄介だ。
記憶の水晶を見ている俺達は不安を抱えながら、シルフィとクローズがカンタービレへと飛んでいく姿を見つめていた。
※
カンタービレ上空へ着いた二人は人目の付かないところで着陸すると、再集合の約束と別れの挨拶を交わした。
「それじゃあ行ってきますクローズさん。三時間後にまた入口で」
「うん、また後で」
クローズは挨拶を終えると、急ぐように東側へと飛んでいってしまった。何か用事があると言っていたけれど、急ぎの用事なのだろうか? どっちにしてもクローズにやる事があるという状況はシルフィへの警戒が下がるチャンスといえるだろう。
シルフィは買い物のフリをするフェイクを混ぜながら少しずつダリアのアジトへ近づき、二十分ほどかけて空き家風のダリアのアジトへ辿り着いた。
そこには以前よりも軽快に歩くリーファと一層逞しい顔つきになったシリウスと他のダリアのメンバーである屈強そうな男性三人が顔を覆っていた布を外し、笑顔で出迎えてくれた。
まず最初にシリウスがシルフィの手を握り、久しぶりの再会を喜んだ。
「久しぶりだな、シルフィ! 元気にしていたか? リーファから話は聞いていたが本当に大変だったみたいだな。体は悪くしてないか? 死の山のアジトでもちゃんと飯は食べているか? ガラルド君は元気に育っているか?」
まるで親のように心配の声を畳みかけるシリウスにシルフィが小さく吹きだして笑う。
「フフフ、相変わらずシリウスは優しいね。息継ぎしているのか心配になるぐらい長い早口で笑っちゃうよ。シリウスも色々あったみたいだけど、思ったより元気そうで安心したよ」
数年ぶりに再会しても、まるで昨日まで話していたかのように話せるのは根っからの仲良しである証拠だろう。辛い過去が多い記憶の水晶の中でこういう時間は俺の心を癒してくれた。
それから少しだけ三人で近況を語り合うと、シルフィが大きなリュックから色々な物を取り出して、ダリアの面々に説明を始めた。
「それじゃあ、私が持ち出してきた物を見せるね。これが事前に伝えていた『三色の霧』で、こっちがクローズさんの扱っていた実験器具、それでこっちが――――」
シルフィは大きなリュックから取り出すに相応しい量の物品を取り出し続け、説明を終えた。シリウスと仲間達は次々と語られる新技術と未知の物質に驚きつつも、必死に情報を噛み砕いている。
シリウスはざっくりと情報をメモにまとめると、改めてシルフィの手を握り、熱をこめて礼を述べる。
「これはあまりにも大きな収穫だ。この情報がなければ我々人類は暗躍する存在になすすべくやられていただろう。奴らがどんな強みを持ち、我々がどうやって対策を練るべきか、ぼんやりとした輪郭が見えてきた気がするよ。本当に助かったぞシルフィ。君はこの瞬間、大陸一の英雄になったかもしれないぞ」
「そ、そこまで褒められると照れちゃうよ……。そんな事より、私にはもう一つ、いやもう一人大切な人を紹介しなきゃいけないから、皆聞いて! 今からリュックから取り出すこの子が私の一番の宝物、ガラルドちゃんです」
シルフィはリュックの一番奥に両手を突っ込み、ズルズルと引っ張りながら大きなガラス容器を取り出した。その中には薄緑の液体の中で丸まって眠る赤ん坊の俺の姿があった。
リーファは膝を着いてガラス容器の中の俺を眺めると、蕩けた顔で感想を語る。
「いやぁ~ん、ちっちゃくてカワイイ~! あまりグラドには似てないみたいだね。それに寝顔なのに目つきが鋭くてちょっと面白いね」
「ふふふ、面白い寝顔だよね。私の細胞を取り込んだ瞬間、髪色が一層黒くなる変化を起こしたりしたから私の顔に似てきたりするのかなぁと思っていたんだけど、全然そんな事はなかったよ。髪色も栗色の私とは全然違うし。見た事はないけど、もしかしたらエトルさん似の顔なのかもね」
「そんな変化があったんだね。ますます合成の霧の凄さを実感するよ。ところでシルフィちゃんはよくバレずにガラルドちゃんを連れ出せたね。ディザールならリュックの中にあるガラルドちゃんの魔力にすら気づきそうだけど」
「今回、私を連れてきてくれたのはクローズさんだよ。でも、例えディザールと一緒にいても気付かれなかったと思うけどね。だって、クローズさん特性の仮死状態を維持する『ナフシ液』に浸かっていればまるで『時が止まった』みたいな状態になるから、微量の魔力すら放たなくなるの」
体の小さな赤子だからこそ出来る運搬方法に感心しつつ、俺はアジトに残っているアスタロトが赤子がいないことに気がついて、シルフィのところまで飛んでこないかが心配だ、その為にも早く移動して欲しいところだが。
赤ん坊の俺に関する話をしている最中、容器に入った俺をジッと見つめていたリーファは突然、驚きの言葉を口にした。
「ちょっと待って! ガラルドちゃんの首に三角の斑点が見えるよ! これは……心臓を蝕むプロディ病に罹ってる!」
=======あとがき=======
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