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【第315話】形のないプレゼント
しおりを挟むシルフィがリーファとの再会を果たした後、死の山のアジトへ戻って赤ん坊の俺をあやしていた。
アスタロトは帰ってきたシルフィに「さっきは出ていけなんて言ってすまなかった」と素直に謝った。だが、シルフィの頭の中は喧嘩の事よりリーファとの約束で一杯になっていたらしく、薄い反応を返してしまってアスタロトは困惑している。
「も、もしかしてまだ怒っているのかシルフィ? だとしたら僕はどうすれば……」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて。もう気にしてないから大丈夫だよ、私こそ強く言い過ぎてごめんね、それじゃあ部屋に戻るね」
そそくさと部屋に戻ろうとするシルフィを前にしたアスタロトの表情は相当な落ち込みようだったが、シルフィは気づいていたのだろうか?
シルフィが部屋に戻ってから1時間ほど経った頃、アスタロトはシルフィのご機嫌を取る為か、部屋の扉をノックして一つ提案をしてきた。
「な、なぁシルフィ。君にちょっとしたプレゼントをしたいんだが、ちょっと時間をもらえるか?」
珍しくオドオドとした低姿勢のアスタロトが扉を開けて部屋へと入ると、シルフィはいつもと変わらぬ笑顔でアスタロトを迎える。
「どうしたのアスタロト? プレゼントなんて珍しいね、何をくれるの?」
「物をあげる訳じゃないんだ。シルフィには次に生成されるガラルドとザキールの弟に名前を付けてもらおうと思ってな。結果的に色々あって死の山の子供は三人……三兄弟になる訳だろ? ガラルドは僕が、ザキールはクローズが命名したから末っ子は君に命名してもらおうと思ったんだ」
「ガラルドちゃんに弟が二人かぁ……なんだか家族感が増してきたね。生み出す動機は不純だけどガラルドちゃんに弟が増えるのは正直嬉しいよ。末っ子ちゃんに何て名前を付けようかなぁ。少し考えさせてね」
シルフィは五分ほど考えこむと突然手を叩いて閃き顔を見せ、考えついた名前を答える。
「決めた! 末っ子ちゃんの名前はフィルにするよ。命名したのは私だから勿論、ガラルドちゃんの時みたいに私の細胞を合成の霧で入れてもいいよね?」
もう記憶の水晶に驚かされるのは何度目の事だろうか。まさかシルフィの口からローブマン改めフィルの名前が出てくるとは。俺の兄弟はどうやらザキールだけではなかったようだ。
思えば死の山でザキールと対峙した時に奴はフィルについて気になる事を言っていた。
一つは『俺がフィルと同じ二種の魔力を纏っていること』そしてもう一つが『フィルがコロシアムで全てを語らなかったのは今の時点で話すとガラルドが困惑するから話さなかったのだろう』という言葉だ。
ザキールはあの時点でフィルと知り合いであることを匂わせていたが、まさか俺もフィルもシルフィの細胞を取り込んだ結果、緋瞳の戦士団の力を発現させる事になるとは。過去の出会いや言動が一つ一つ繋がっていくのを感じる。
シルフィが尋ねると、アスタロトは笑顔で首を縦に振り、命名理由を深掘りする。
「ああ、勿論大丈夫だ。むしろガラルドより頑丈で細胞の許容量も多いから拒絶反応も起きにくいし、一層強くなる可能性もあるだろうな。ところで君が『フィル』と命名した理由を聞いてもいいか?」
「……私が大事にしている二つのものから部分的に文字を取ったの。一つは両親から貰った大切な贈り物である私自身の名前シルフィ。そして、もう一つは……言わずに心の中にしまっておくよ」
シルフィはもう一つが何かを語らずに言葉を止めた。だけど、俺には何となくもう一つの正体が分かる。きっとそれはディザールという名前だ。フィルという名前の内『フィ』の部分をシルフィから取り、そして『ル』の部分をディザールから取ったのだろう。
モンストル大陸では両親の名から部分的に取り合って名付ける事がよくあるからシルフィも似たような事がしたかったのかもしれない。
ディザールがどんどんと闇に堕ちていき、アスタロトと名を変えても彼女にとってはずっと大好きな、あの頃のディザールのままなのだ。
アスタロトがこの時点でシルフィにどんな気持ちを抱いているのかは分からないが、表情を見る限り少なくとも自身の名から引用された事は勘づいているようだ。
アスタロトはシルフィの言葉に「そうか、クローズに伝えてくるよ」とだけ呟き、部屋から出て行った。
※
それからはいつもと変わらない日常が流れていった。アスタロトとクローズは研究を進め、シルフィは隙を見ては書物の情報を記憶の水晶に入れる為に熱心に読書を続けている。
リーファと会う約束の日まで少しでも警戒を解く為か、シルフィは度々クローズとアスタロトにお願いして、カンタービレ以外の町へ遊びに行っていた。
アスタロトが大陸北の町へシルフィを運んでいた時はアスタロトも人間状態になり、普通に二人で観光を楽しんでいるようだった。その時のシルフィはアジトでの非現実的な生活を忘れて本当に楽しそうに過ごしていた。
アスタロトが研究や復讐を忘れてくれれば、ずっとシルフィと二人で仲良く普通の暮らしをする事が出来るのになぁ……と切ない気持ちになりながら、俺は記憶の水晶を眺め続けていた。
そして、月日は流れ、遂にシルフィが赤ん坊の俺を連れてリーファと合流する日が訪れた。
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