見捨てられた俺と追放者を集める女神さま スキルの真価を見つけだし、リベンジ果たして成りあがる

【第309話】空から見るディアトイル

　記憶の水晶は大陸北の空を駆けるクローズと背中に乗ったシルフィの姿を映していた。

　喧嘩したアスタロトとシルフィの事を気にかけたクローズがシルフィをリフレッシュさせる為に大陸北の町へ連れていっている筈なのだが、珍しい組み合わせの二人が長時間空を飛ぶだけだから会話が続かず気まずそうだ。

　そんな空気を察してか、クローズが旅の感想を尋ねる。

「初めてきた大陸北の空はどうかな、シルフィさん？」

「高すぎてあまり大地が詳細に見えないので何とも言えませんね」

「……申し訳ない。それじゃあもう少しだけ高度を下げるよ」

　クローズが高度を下げると、ちょうど死の山の北端まで移動していたらしく、俺の視界にもディアトイルが見えはじめた。シルフィは始めて見るディアトイルを指差しながら問いかける。

「すいません、買い物をするのが目的ならあっちの村でもいいんじゃないですか？」

「あそこはディアトイルと呼ばれる村でね、大陸でも一、二を争うぐらい嫌われている場所なんだ。その事実を村民も自覚しているからか陰気な連中が多くてね。ディアトイルへ行くと私まで気が滅入るから別の町に行かせて欲しい」

「そうなんですか。何故そこまで嫌われているんですか？」

　シルフィが尋ねるとクローズはディアトイルが魔獣の死骸を捨てられていて、それを加工することで生計を立てている点を説明した。

　七恵しちけいの楽園でフローラが教えてくれた『帝国が噂を流してディアトイルを嫌われる存在に仕立て上げた』という事実をクローズも知っているかと思ったが、彼はその事を口にはしなかった。

　何千年と生きてきて大陸事情に詳しいクローズでも流石にその事は知らないのかもしれない……知っていて黙っている可能性も充分にあり得るが。

　クローズからディアトイルの説明を受けたシルフィは理不尽な理由に腹を立てていた。

「そんなのディアトイル民は全く悪くないじゃないですか！　周りから差別されていたら陰気になっちゃうのも仕方ないですよ。どうにか出来ないんですか？」

「ディアトイルを筆頭とした生まれによる差別は根強いものだから厳しいだろうね。私が聞いた噂によると一部の組織が大陸北に変革をもたらそうと頑張っているらしい。その組織にはシリウスがいるという噂もあるよ」

「もしそれが本当ならシリウスは頑張り過ぎていて心配になりますね……。大陸南を旅して、父である皇帝ヨハネスと戦い、変革組織でも奮闘するなんて……心と体が壊れちゃうよ……」

「いつの時代も理不尽に刃を向けて立ち上がる勇者が現れるものだからね。ある意味五英雄も該当するのかな？　もしかしたら数十年後には大陸を背負って変革を成し遂げる真の王が現れて、モンストル大陸を新しい形に変えてくれるかもしれないね」

　クローズの言及する可能性を現代で体現しているのはシンだと思う。スターランクを採用せず、生まれや身分などが関係ない街を作り、武力ではなく商業で領土を広げているシンこそ本物の英雄なのだろう。クローズの予想が一々的を得ているのが癪ではあるが、改めてシンの凄さを認識できた点は良かったと思う。

　その後も二人は暫くディアトイルや他の町について話していた。色々と知識が深まったシルフィはクローズ相手には珍しく屈託の無い笑顔で礼を伝えた。

「ディアトイルを中心に沢山の事を教えてくれてありがとうクローズさん。ディアトイルが差別されていることは残念だけど、大陸南とはまた違う事情を抱えた大陸北の町へ行くのが楽しみになってきましたよ」

「それは良かった。でも、あくまで今回は買い物と息抜きをするだけだから期待し過ぎないようにね。シルフィさんには基本的にアジトに籠ってもらうつもりだから。それとこれは差別的な意味で捉えないで欲しいのだけど、ディアトイルには極力入らない方がいい。あそこの近辺は野盗や魔獣も多いからね。それにディアトイル民に上昇志向は皆無だから名を上げた人物なんて一人もいないし、関りを持つメリットもない。訪れるのは商人ぐらいだろうね」

「上昇志向が皆無……ですか。白銀章はくぎんしょうを貰って喜んでいたアスタロトや私みたいにいつかは夢を持ってもらいたいですね」

　寂しげに呟くシルフィを乗せたクローズはその後も何事もなく空を駆け続け、ディアトイルの北東でありストーンサークル領の東に位置している『カンタービレ』と呼ばれる街を訪れた。

　以前ガーランド団が死の海を渡る直前に訪れた『歌と踊りを愛する港町セイレーン』に似た雰囲気を感じる。

　セイレーンとは違い港町ではないものの、ヤシの木のような暖かい地方にある植物が街路に沿って生えており、建造物のほとんどが赤いレンガで構成された街は俺ですらオシャレに感じる。

　時間的にまだ昼前ではあるけれど、街は人でごった返しており商業の活発さも伺える。街の至るところで人が歌っていて、一定間隔で設置されている石像は全て楽器・音符・吟遊詩人など、音楽に関連のあるものを形作っている。

　踊りに力を入れているセイレーンと対をなすような街にシルフィはとても感動しているようだ。

「凄い！　イグノーラに比べれば小さいけど、エネルギッシュだし歩いてるだけで元気になりそうだよ！　あっ！　見てディザール、あっちに大人数で合唱しているグループがあるよ」

「悪いけど私はディザールでもアスタロトでもなくてクローズだよ。咄嗟に彼の名前が出てくるあたり、相当テンションが上がっているみたいだね」

「あっ……すいません、恥ずかしいです……」

「ハハハ、元気になってもらうのが目的なのだから私としても嬉しいよ。今度はアスタロトと一緒に来るといいさ。憎くてたまらないであろう私と来るよりよっぽど楽しめるはずさ」

「……確かにクローズさんの事は恨みに恨んでます。貴方がいなければディザールは魔人にならなかったし、人殺しにもならずにすみましたから。だけど、カンタービレに連れてきてくれたのは別の話ですからお礼を言わせてください。ありがとうございます、クローズさん」

「……アスタロトがシルフィさんにとことん優しくて心を開いている理由が今、改めて分かった気がするよ」

「え？　どういうことですか？」

「いや、何でもないよ。それより私は暫くシルフィさんから離れる事にするよ。夕方になったら街の入口で待っているから一人で買い物したり街を眺めたりして楽しんでおいで。だけど、私は空から俯瞰で街を眺めて続けているから逃走できない事は肝に銘じておいてね。平原を歩く人がいたらすぐに目につくのだから」

「ガラルドちゃんを残して一人だけで逃げるなんて絶対にしませんから安心していいですよ。それじゃあ、また後で！」

　二人は合流の約束をして別れると、シルフィはメインストリートへ歩いていき、クローズは人目に付かないようこっそりと上空へ飛んでいった。