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【第303話】傍にいる理由

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 ディザールの考え出したトルバート拉致計画は俺達の知っている歴史通りに進んでしまったようだ。

 記憶の水晶が五英雄の体感した思い出から映像を作り出している関係上『盗賊がグラドの家で暴れる場面』と『エトルに暴力を振るって無理やりトルバートを奪う場面』を見ずに済んだ事だけは幸いだ。

 それでも、遠くから村を眺めているディザールの視点から物が割れる音やエトルの悲鳴が聞こえてきたから、かえって酷い想像を掻き立てられてしまったかもしれないが。

 盗賊はトルバートを抱えて村を出ると人目に付かないよう北にある平原へと向かった。そこで待っているディザールへトルバートを渡すと早速、盗賊のリーダーが報酬についての話を始める。

「へへ、あんたに言われた通り無傷で赤子を攫ってきましたぜ。約束通り報酬を頂いてもいいですよね?」

「ご苦労だったな。宣言通りお前達に金貨をやってもいいが、貰っても意味はないと思うぞ? あの世に金は持っていけないのだからな」

 ディザールはそう呟くと、突然手のひらを盗賊たちの方へ向けて魔力を溜め始めた。それを見た盗賊は手足を震わせながらディザールへ問いかける。

「わ、悪い冗談はよしてくれ! 俺達はあんたの指示通り動いたんだ! それなのに俺達を殺すっていうのか? あんまりじゃないか!」

「悪人に仕事を頼むことと悪人を片付けることを一緒にしないでもらいたいな。牢に入れられた囚人も国の指示に従って牢内で労働に勤しむことがあるだろう? それと同じだ。そして、これからお前達が死ぬのも散々悪事を働いてきたことへの報いだ」

「あ、あんたの言う事は分かった! だったら俺達は今から近隣の国で今まで犯してきた罪を打ち明けて償ってくる……だから、頼む、見逃してくれ!」

「お前らもカッツと同じような事を言うんだな。もう僕はその台詞を聞き飽きているんだ。決定が覆る事は無い、じゃあな」

 ディザールは盗賊の願いを無慈悲に却下し、強力な魔術エネルギーで跡形もなく盗賊たちを消し去ってしまった。殺しに対して一切迷いの無くなったディザールは表情一つ変えずにトルバートを片手に抱える。

「お前がグラドの息子なんだな。僕もグラドもまだまだ若者だと思っていたが、いつの間にか子供を授かってもおかしくない年齢になっていたんだな……なんて、感傷に浸っている場合ではないな。お前にはこれからグラド……そして世界に復讐を果たす為の道具になってもらわなければならない。名一杯働いてもらうぞ」

 そう呟いたディザールは南の方へと視線を向けた。その方向には病気の身でありながらも懸命に盗賊へ追いつこうと走るエトルの姿が小さく見えている。ディザールは少しだけ悲しそうな表情を浮かべると小声で謝った。

「あれはエトルだな。追いつけるはずもなければ取り返す力もないというのに懸命に平原を走っているな、あれが子を想う母親の強さか。エトルに全く恨みはないが、僕の望みの為にお前達の子供は貰っていく、悪いな」

 そして、ディザールは魔力の羽を広げるとトルバートを抱えてアジトに飛んでいってしまった。この後、プロネス病を患っているエトルが無理に走った結果亡くなってしまい、グラドが落ち込むことを知っているから、考えるだけで辛くなってくる。







 アジトに帰りついたディザールはトルバートを抱えたまま、一直線にシルフィとクローズのいる研究室へと向かった。片手に赤子を抱えるディザールを見たシルフィは口に両手を当てて驚いている。

「もしかして、ディザールが抱えている赤ちゃんがグラドの子供なの?」

「ああ、名前はトルバートと言うらしい」

「ディザールのやりたかった復讐ってグラドの子供を攫う事だったの? グラドの大事なものを奪って復讐したかったの?」

「……それもあるが、僕の復讐はもっと陰湿で狂っているよ。僕はトルバートを実験の道具にして、トルバート自身にグラドを殺させたいんだ。そうすれば魔獣寄せを持つ罪人グラドを殺す事が出来るし、グラドの大事な子供を奪い、グラドが我が子に殺される最高のシナリオが完成するじゃないか。僕はグラドが息絶える寸前にトルバートの正体を教えて、絶望の表情を浮かべるあいつを目に焼き付け――――」

――――いい加減にして!――――

 ディザールが言葉を言い切る前に、部屋に怒声と乾いた音が響き渡った――――シルフィがディザールの頬を叩いたのだ。目に涙を溜めて鼻息を荒くしながら怒るシルフィだったが、ディザールの目には光が宿っておらず、淡々と言葉を続ける。

「叩きたければいくらでも叩くといいさ。何をされようと僕は止めるつもりはない。それと一つ忠告しておく。仮にシルフィがトルバートを逃そうとしたり、グラド達にアジトや僕の計画の事を教えればその時点でトルバートを殺す」

「なっ……私を脅すつもりなの?」

「それぐらい本気だと思って欲しいのさ。シルフィが変な事をしなければトルバートは生きられるし、上質な教育だってしてやれる。だから、シルフィは黙って今まで通り僕のやりたい事を手伝ってくれればそれでいい」

「……人質に取られた以上は従うしかないよね……。でも、これだけは言わせて。私はディザールにとってどういう存在なの? 友達じゃなかったの? これじゃあただの助手にしか思えないよ……」

「……冷たい言い方をしてしまってすまない。シルフィの事は勿論大切に思っているさ。シルフィがいなければ僕は生きていなかったのだからね。もし、僕の事が嫌になってしまったのなら離れてもらっても構わない。僕には引き留める資格なんかないんだからね」

「そういう言い方はズルいよ……。私は出て行かないよ。少なくともトルバートちゃんがしっかりと育てられているか見届けるまではね」

 シルフィは睨むような目つきで力強く言い切った。今まではディザールのやることなら何が何でもついていくというスタンスだったと思うが、今はもう止める為に傍にいる感じだ。

 ピリピリとした空気が支配する中、クローズだけは相変わらず底の見えないニヤついた顔をしていた。


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