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【第299話】雨
しおりを挟むディザールの手がカッツ達の血で汚れてから三十分ほど経った頃、ディザールは村の外れで手紙を書いていた。このタイミングで手紙を書き始めるなんて、誰に送るつもりだろうかと眺めていると、ディザールは手紙を村長の家のポストへ入れた。
「村長が亡くなったのは僕のせいなのに、直接目を見て家族に謝れないことをお許しください」
どうやら手紙で村長の奥さん達に謝りたかったようだ。ディザールはカッツ達の言葉を気にして自分を責めているが、浄魔のネックレスを渡したのは村長の意思だ。
それに加えて以前カッツ達を殺さなかった事が結果的に村長の死へ繋がったというだけで、むしろディザールは殺意を必死に抑えて頑張ったのだから気にしないでほしいものだ。
とはいえ、そんな事が言えるのは俺が直接関わっていない第三者だからだろう。きっと他の人間がディザールと同じ立場でも少なからず自分を責めてしまうものだろう。
手紙を送り終えるとディザールは再び村の外へ出て、切り株の上に座ってボーっと夕暮れの空を眺めていた。
村長と会えなくなった今、もはやシルフィと共にアジトへ帰る事ぐらいしかすることがない筈だが、ディザールはシルフィの家に行く訳でもなければ、一泊する準備をする訳でもなさそうだ。
ディザールが何をするのか眺めていると、彼は突然人間から魔人の姿へ変化して、ペッコ村の上空へと移動した。そしてディザールは「村の皆は全員家に戻ったようだな、カッツ達以外の悪人も掃除しておかないとな」と呟き、手に強力な魔力を纏って、氷塊を大量に降らせ始める。
見るからに高質量の氷塊は満遍なく降り注ぐのではなく、特定の民家にのみ直撃し、多くの家を破壊してしまった。
「うわああぁぁっ!」
「キャァァァッ!」
多くの人間が悲鳴をあげ、氷塊が直撃しなかった家の人間はパニックになって外へ出てきている。氷塊が降ってきた家の人間は子供を除いた大半の人間が死んでいる、これが意味するところはディザールが特定の人物に狙いを定めて殺しにいったということだ。
氷塊と瓦礫の下敷きになった人間の姿は見えないが、床や地面に広がる血が彼らの死を確信させる。ディザールは光の宿っていない目で上空からしばらくペッコ村を眺めた後、自分に言い聞かせるように呟く。
「間接的に村長を死なせた医者と治癒術師、村長を侮辱したカッツ達、過去に僕を虐めてきた村人、生きる価値の無い奴は一通り掃除する事ができたな。僕は優しい人間が溢れる世界をつくる為に正しい事をしたんだ。間違ってはいない……はずだ」
シルフィが良かれと思って計画した里帰りも最悪な結果を残してしまった。ディザールが自らの手でコルピ王を殺した時点で後戻りは出来なくなっていたようだ。ディザールは故郷ペッコ村で第二の覚醒を済ませ、いっそう黒の道へと進んでしまった。
記憶の水晶は視点をディザールからシルフィへ移し、村の惨状を映すと同時に泣きながらディザールを探すシルフィを映している。
もう、過去を見ているだけの俺ですら心が折れそうだ……そんな悲惨な過去を目を逸らさずに、見続けているリリスとシリウスは英雄と呼ばれるに相応しい精神力だ。
ペッコ村でディザールの名を叫び続けるシルフィの声が響き渡る中、ディザールは脱力しきったフラフラとした飛行で村の外れにある丘へと降り立った。
※
俺はこの丘がどこかを知っている……かつてグラド達五人がキャンプをした池のある公園跡だ。
ディザールは池の傍に座り込み、水面に写る自分の顔を見つめながら呟く。
「僕は生きる価値の無い人間を掃除したけれど、僕自身に生きる価値はあるのだろうか? 関わる者がどんどん不幸になっていき、僕が至らないせいで素晴らしい友人も離れていってしまった」
ディザールの虚しい呟きが暗くなった丘へと消えていく。ずっとこの場所から動かなくなってしまったディザールに追い打ちをかけるように冷たい雨が降り注ぎ始めた。
しかし、ディザールは数時間経っても一切動く事は無かった。色々な事がありすぎて心が完全に壊れてしまったのだろうか。誰でもいいからディザールを屋根のある場所で休ませてやってくれと願っていると、ディザールに手を差し伸べる者が現れた。
「風邪ひいちゃうよディザール。ほら、私の家で休もう」
手を差し伸べたのはシルフィだった。シルフィは靴も服も泥だらけにして、顔も疲れ切っている。よっぽど急いでディザールを探し回ったのだろう。手を差し出したシルフィに対し、ディザールは消え入りそうな声で問いかける。
「シルフィは僕が村の人間を殺したことを分かっているんだろ? 責めないのか?」
「ディザールが牢屋の方へ行ったことも、カッツ達を殺したことも、恨みを持っている村人を殺したのも、村長が亡くなった理由も後から全部知っちゃったよ。雨が降り始めてから色々調べまわったからね。だけど、私はディザールを嫌いにならないよ、私だけは何があってもディザールの味方だから」
「シルフィ……僕はもっとシルフィに相談するべきだったのかもしれない、今となっては手遅れだが。僕は本当に馬鹿だよな、なのにどうして馬鹿な僕が生き続けてしまうんだろうな。優しいグノシス王や村長が亡くなって、僕やカッツみたいな悪人が無駄に生き残ってしまうなんて、この世界はどうなっているんだろうな?」
「もうやめてディザール!」
シルフィは悲痛な叫び声をあげながらディザールへ抱きついた。ディザールの顔に雨とは違う一筋の水が流れ落ち、彼は言葉を続ける。
「カッツ達を殺して、村人を殺して、カーラン家の人間を殺して、人間以外にも目障りなカーラン家の屋敷やペッコ村の家屋も壊した。そうすれば見たくないものに蓋を出来るからな。だからグラド達との思い出がある公園跡の丘も壊してやろうかと思ったんだ……だけど、それだけは出来なかった」
「それでいいんだよ……悪人を憎む貴方、傷つきやすい貴方、思い出を大事にする貴方、全部ディザールなんだから。私だけは死ぬまでディザールについていくから、どうかこれ以上自分自身を嫌いにならないで……」
「シルフィ……」
雨はその後も二人を容赦なく濡らし続けた。ディザールを後ろから覆うように抱きついているシルフィがまるで冷たい雨からディザールを守り続けているように見える。
俺は早く雨の当たらない位置へ行って体を休めて欲しいと願ったが、心の折れたディザールは動く気力が無くなっているらしく、ずっとその場から離れようとはしなかった。
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