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【第293話】罰に対する考え方

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「ちょっと聞きたいことがあってね。突然だけどグラドは『人を殺す人間』についてどう思う?」

 クローズがグラドに対していきなり妙な質問を投げかける。グラドは問いに困惑しながらも自分なりに熟考して答える。

「人を殺す人間か……人を殺す『魔人』なら過去に戦ったディアボロスの件もあるから理解できなくもないが……。奴は魔人族が生きる場所を奪われるのを恐れた結果、人類を殲滅しなければという考えに至り、戦っていたからな。だが、人が人を殺すことについては理解は出来ても認められないな」

「理解は出来ても認められない? それはどういう意味だい?」

「さっき、青の魔人にも似たような事は言ったが、私怨で人を殺したくなる気持ちも分からなくはないし、俺だって人を恨んだ事くらいはある。だけど、私怨で人を殺せる世界になってしまったら復讐の連鎖は止まらないし、間違いなく国は崩壊するだろう。それに俺個人はどんな理由であっても人を殺めるような人間とは一生分かり合えないと思うよ」

「なるほどね、じゃあもう一つ質問だ。グラドは『死罪』や『有害な人間を殺す』ことに関してどう考えている? グラドの持論だと死罪だって人が人を殺めているのだから認められないよね?」

「国や社会は悪い事をしたら罰を与える仕組みになっているし、罪が重ければ刑も重くなる。法やルールというのは罪を犯させない為の枠組みだ。第三者が判決し、刑を執行する以上、個人の恨みなどが極力関与しない仕組みになっている。だから国を守ることはあっても崩壊させることはないはずだ。理性と本能を併せ持つ人間はそうやって工夫しながら生きるのが最善なんだよ」

「最善という言葉を使うなら『有害な人間を殺す』ことについては賛成してくれてもいいんじゃないかな。悪人を一人殺せば十人の善人が助かるとしたらグラドはどうするんだい?」

「悪しき者を殺さず拘束する為に俺は強くなったんだ。そんな大悪党を改心させるまで牢に閉じ込める為にな。それでも改心しなかったら、その時は法に則って決めてもらうさ。私怨を切り離す為に皆で決めたルールだからな。悪いが、お前らが何と言おうが俺達は生き方を変えるつもりない!」

 グラドは優しくも強さのある声で言い切った。そして、グラドは再び剣を構えると、劣勢とは思えない程の晴れやかな表情で宣言する。

「最強の魔人が相手でも俺は引くつもりはない。この窮地を乗り切って親友のディザールとシルフィを探しに行かなきゃいけないからな!」

 魔獣寄せの能力を持っていることがほぼ確定していて、兵士の監視がついている現状でもグラドは一切諦めていないようだ。横にいるリーファも曇りなき眼で首を縦に振っている。

 ディザールが魔人になったことを知らず、姿を変えたディザール本人に友愛を語るグラドをクローズは黙って見つめている。

 一方、ディザールはこれまでのグラドの言葉で散々ダメージを負ってきたのに加えて、今の言葉で完全に心が折れたのか両膝を地についてうなだれてしまった。

 ディザールの様子に困惑して硬直するグラドとリーファとは対照的にクローズは薄ら笑いを浮かべながらディザールへ近づき耳打ちする。

「君とグラドはもう完全に別の道を進むことになったようだね。フフフ、大好きな友達と意見が真っ向から対立してしまった君はこれからどんな行動を取るのかな? 私はこれから先、君が本能のまま動く事を期待しているよ」

 クローズは黒への誘導とも取れる囁きを放つ。グノシス王が亡くなった後、ディザールが深く悩んでいたとはいえクローズが余計なことをしなければここまで闇に落ちる事は無かっただろう。そう考えるとクローズが大陸で一番の悪なのではと思えてくる。

 ディザールはクローズの言葉を受けると悲しい目をグラドの方へ向け、吹っ切れたような言い方でこれからの事を呟く。

「僕のやる事は決まっている。これからも大陸の掃除を続け、罪深き人間に相応の罰を与えることだ。これからも力を借りるぞ、クローズ」

「君は今、グラドの方を見ながら『相応の罰を与える』と言っていたけど、君の物差しだと彼らも罪深き人間ということでいいのかな? もし、そうなら君の考える相応の罰というのはどんなものなのかな?」

「……死よりも辛い罰だ」

 ディザールがそう呟いた瞬間、その場にいない俺ですら冷たい恐怖で体が震えあがった。常に冷静で余裕のあるクローズですら、高揚と恐れが入り混じった笑みを浮かべてたじろいでいる。

 この時、ディザールは真の意味でアスタロトになったのだと実感できる。悪魔と悲しみが生まれた今をクローズは転機と感じたようで、上擦った声でディザールを称える。

「君は僕よりずっと純粋で……ずっと道化師ピエロなようだね。これからが楽しみだよ」

 そして、二人は羽で体を浮かせて目線をアジトの方角へ向けた。帰ろうとする二人に対し、自分をそっちのけで話を進められたグラドは慌てて声を掛ける。

「おい待て! お前らどこに行く気だ? 人間に害を為す以上、お前達を逃すわけにはいかないぞ!」

 剣先を向けて戦う意思を見せるグラドだったが、ディザールは冷え切った目で大きな溜息をつき、手に魔力を込めて吐き捨てた。

「グラド、お前と僕とでは強さの次元が違うんだよ。これ以上追ってくるならイグノーラ全体に大穴を開ける事になるぞ、こんな風にな」

 ディザールは手から円柱状のエネルギーを放出する。すると、死の山で放った魔力と同様、地面をくり抜くように貫通して、底が見えない程に深い穴を作り出した。

 あまりに強い魔力を目の当たりにして、手を抜かれていたことを実感したグラドとリーファは何も出来なくなり固まってしまう。

 そんな二人を鼻で笑ったディザールはそのままアジトの方へと飛んでいってしまった。


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