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【第283話】シリウスの半生

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「シリウスが皇帝ヨハネスを止めようとしているだと? ヨハネスは『変化の霧』でそんなにも危険な存在になっているのか? シリウスはどうやって皇帝ヨハネスを止めるつもりなんだ?」

 シリウスの父であり帝国リングウォルド皇帝であるヨハネスはクローズが与えた『変化の力』を利用して凄まじい軍事力を得ているらしい。まだ変化の霧の力を言葉でしか聞いていない俺にはどのように軍事力を増大させたのかが分からないし、止める方法も検討がつかない。

「私が調べたところによるとシリウスが考えている方法は――――」

 クローズが説明を始めてすぐに突然記憶の水晶が一時停止してしまった。一体どうしたのかと水晶の方を見てみると、どうやらシリウスが停止させていたようだ。

 シリウスは沈痛な面持ちで大きな溜息を吐いた後、過去で自身がどのような行動を取ってきたのかを映像よりも先に教えてくれた。

「ここからは私が説明しよう。私が父ヨハネスに危機感を覚えたのは死の海を渡る二年前だった――――」

 そこからシリウスは長く苦しい過去を語ってくれた。どうやらヨハネスが与えられた『変化の霧』は帝国内で独自の研究が進んだらしい。クローズがガラス瓶に入れている赤い物質を人体に取り込めば、数十日後には身体能力・魔力・魔量など全ての能力が格段に上昇するらしい。

 この変化の力は取り込む肉体が強ければ強いほど効果が大きく、ヨハネスは戦闘力の高い優秀な一部の帝国兵に変化の霧を注入して、一騎当千の個体をいくつも作り出していたそうだ。

 クローズ曰く、瓶に詰められている変化の霧を生成するには希少な植物や鉱石を大量に消費しなければいけないらしく莫大な資源と金が必要になるようだ。それ故にクローズ自身はあまり運用できていないようだが、潤沢な帝国だと運用も実験も可能な技術らしい。

 他の者の手を借りて進化を促すというクローズの野望は早速達成されているようで、既にクローズの予想を超えるレベルで帝国は変化の霧を発展させているらしい。

 そんな帝国の内情を危険視したシリウスはこれ以上帝国に強化個体を作らせない為に死の海を渡り、解決策のある大陸南へ来たらしい。俺は大陸南にはどんな解決策があるのか分からずシリウスに尋ねると、その答えはアーティファクトにあると彼は答えた。

 どうやら大陸南には『レストーレ』と呼ばれる細剣レイピア型のアーティファクトがあるらしい。このレストーレは殺傷能力こそないものの、刺された相手は補助魔術や補助アイテムなどによってもたらされた強化を減衰させられるらしい。

 シリウスはグラド達と別れた後、単身大陸南の各地を旅して、何度も命を危険に晒しながらレストーレを見つけたそうだ。レストーレを見つけた後は帝国へと帰り、ヨハネスにバレないように裏で戦力を整えた後に、レストーレを片手にヨハネスの兵団を襲撃したそうだ。

 結果としては多くの犠牲を出したもののヨハネスの野望を阻止する事には成功して、帝国内での『変化の霧』に対する研究は終息したらしい。シリウスはこんなところでも英雄の様な活躍をしていたのかと感動した俺は全力でシリウスを褒めたのだが、彼は今日一番の渋い顔で首を横に振る。

「父ヨハネスを止められた事はよかったと思う。だが、私は息子という立場でありながらこの手で実の父親を殺したんだ。結果的に皇帝はヨハネスの弟に引き継がれ帝国はしばらく平和になったものの、私は国賊として追われる事となった。民衆を不安にさせない為に表向きは行方不明のような扱いになっているがね」

 もしかしたらモードレッドがリングウォルド別邸跡地を訪れてシリウス達の手掛かりを探していたのは『国賊を捕らえたい』という理由があったのかもしれない。

 これまで旅をしてきて『皇帝アーサーの弟』であるシリウスの話を噂レベルですらほとんど聞いてこなかったのもシリウス達が必死に身を隠してきた成果なのだろう。そういう意味では誰も寄り付かないディアトイルの付近の洞窟に身を隠しているのは理にかなっていると思う。

 若い頃にヨハネスを倒してから年老いた現代までずっと身を隠して頑張り続けたシリウスの事を思うと涙が出てきそうだ。気がつけば俺は労いの言葉をかけていた。

「シリウスさんは本当に凄いぜ。死の海を渡ってからこれまで五十年以上……よく頑張ってきたな。グラドに負けないぐらい尊敬するぜ」

「やめてくれガラルド君。さっきも言ったが私は結局犠牲を抑えられなかったし、父親もこの手にかけた人間だ。そういう意味ではアーサーを殺したモードレッドとかわらない。褒められる資格なんてないさ」

「貴方はずっと犠牲を最小限にする為に頑張ってきたんだから立派な人間だよ。モードレッドみたいな保身の為の親殺しじゃないんだからさ。だから胸を張ってくれよ、俺達は貴方を誇りに思っているんだからさ」

「ガラルド君……君は本当に優しいな、ありがとう。その言葉、心に沁みたよ」

 シリウスは目にうっすらと涙を溜めながらお礼の言葉を返してくれた。今まで洞窟にいる仲間にしか弱音を吐けなかったのだとしたら俺達が聞き手になれて本当によかったと思う。

 シリウスは少し晴れやかな表情を浮かべると、記憶の水晶に触れて映像を再開した。

 過去のクローズはシリウスがヨハネスを止める為にレストーレを探している事を知っていて、その事実をディザールへと伝えた。

 シリウスの意志の強さに驚くディザールを尻目にクローズは更に大陸の話を続ける。

「最近だとリングウォルド以外には神聖国アズイールという大国にも『変化の力』を与えたのだけど、それは失敗だったね。リングウォルドと上手く戦争をしてほしかったけど、彼らは勝手に変化の力を暴走させて内輪で壊滅してしまったよ。やっぱり力を渡す相手は慎重に選ばないといけないね」

 俺が子供の頃に学んだ歴史だと確かアズイールは原因不明の奇病で滅びたと聞いていたけれど、真実はクローズが与えた変化の霧が暴走して滅んでいたようだ。

 もしかしたら俺が知っている歴史もクローズによって歪められている箇所がありそうだ……色々と歴史の答え合わせをしたいところだけど、自分の学びが色々と否定されそうで少し怖い。

 これまで衝撃の事実の連続だったが、クローズの語りとシリウスの吐露で一通り過去の大陸事情は知ることが出来た。その点に関してはディザールもある程度納得がいったようだ。そしてディザールは残り二つの力についても尋ねる。

「帝国やシリウス、そして赤の変化の霧については大体わかった。次は生物同士を合成させる緑の霧、生物から力を吸収する黒の霧について聞かせてくれ」


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