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【第275話】新たな魔人
しおりを挟む「こんな俺の為に……ここまでしてくれてありがとな、リーファ」
必死にアイ・テレポートで追いかけて消耗したリーファ――――そして、熱意に押されて根負けしたグラドが愛情深くリーファの頭を撫でている場面は傍から見ていて固い絆を感じる。だが、俺は自身をグラドに投影して胸をズキズキと痛めていた。
この感情はきっと嫉妬だろう。今まで俺という男はリリスにとって特別な存在なれていると思っていたけれど、リリスの過去であるリーファはグラドに対して俺と同じような優しさを与えている。
二人の言動の意味するところは何なのか? と考えれば考えるほど苦しくなってしまって、自分の器の小ささが嫌になる。
数時間前に洞窟へ侵入してきたアスタロトがリリス対して『ガラルドはお前にとってどれほど大事な存在だ?』と尋ねた際、リリスは迷いなく『自分の命よりずっと大切で、初めて私に恋心を抱かせてくれた存在です』と言ってくれた。
あの言葉はきっと本心で俺の事を大事に思ってくれているのだろう。だが、リーファの記憶が戻った今のリリスならアスタロトの問いに何て答えていただろうか? 俺はグラドを超える存在になれるのだろうか?
俺が心から尊敬してしまう程にグラドは大きな男だ。そんな男を超えるなんて今までのどんな戦いよりも自信がない。
現代のリリスは記憶の水晶が映し出す場面を見て、どんな顔をしているのだろうか? 今は亡きグラドの壮絶な過去に涙を流しているだろうか? それとも、あの頃のグラドに会いたいと切ない表情を浮かべているのだろうか? すぐ隣にいるのに確かめる勇気が出ない。
思考がぐちゃぐちゃになって映像を見るのが辛くなっていたところで場面は突然イグノーラ城へと移った。記憶の水晶が誰もいない廊下を映し続けていると、煙人のシルフィが再び映像を一時停止して、時系列を語り始める。
「グラドとリーファちゃんが北方で合流してから十日が経ったイグノーラ城を映しています。二人は北方の小屋で迫りくる魔獣を追い払いながら忙しくも楽しく暮らしていました。一方シリウスはグラドの言葉に従い、部下を船で帰し、自身は大陸南部を一人で旅していました」
どうやらギテシンの運搬は完全に部下へ任せたようだ。死の海の渡航も大陸南部の一人旅も互いが互いを信頼していなければ任せられないから、シリウスと部下の信頼関係は相当強固なものなのだろう。シリウスを一人にさせた責任を部下がとらされてなければよいのだが。
そして煙人のシルフィは続けてディザールについて語り始める。
「この頃のディザールは精神的にかなり荒れていました。カーラン家の圧力、グラドの追放だけでも相当辛かったと思いますが、リーファちゃんが姿を消したことも相当ショックだったようです。ここからは私のスキルで抜き取ったディザールの記憶を中心に映像を進めていきます。何年分もの記憶を映すうえに辛く厳しい過去ではありますが、目を背けずに受け止めてください」
煙人はディザールの記憶を抜き取ったと言っているが、記憶の水晶というスキルは記憶を盗むような使い方も出来るのだろうか?
これから見るのは過去のシルフィがディザールと接触して得た何年分もの情報なのだから、シルフィとディザールは大人になってから最低一度は接触していたという事になりそうだ。
煙人のシルフィが記憶の水晶に触れると早速ディザールの過去が動き出した。
※
イグノーラ城の廊下を歩いていたディザールは頭を激しく掻きむしりながら横を歩いているシルフィに自身の思いを吐露している。
「グノシス王が殺され、グラドが追放され、シリウスはグラドの言葉に従ってあっさりと旅立ち、リーファまでいなくなるなんて僕の人生は呪われているのか? もう僕は頭がぐちゃぐちゃになってきたよ、シルフィ……」
「元気出してディザール……。シリウスはグラドが仲間の幸せを一番に望んでいる人間だって分かっているからこそ旅に出たんだよ? シリウスはグノシス王と同じように将来は為政者になるのだから、本当は私達に構っている暇すらない人なんだよ?」
「理屈は分かっているさ! だけど心が追い付かないんだよ! だが、それ以上に納得いかない事がある。僕が一番混乱しているのはグラドとリーファだ。グラドはあれだけ僕らに付いてくるなと言ったのに、無理やり追いかけたリーファだけは迎え入れているんだ……十日も帰ってきていないって事はそういう事だろ?」
「リーファちゃんが何を言っても折れない人だって分かっているからグラドも受け入れたんだと思うよ? 私はあんなに芯の強い女性を見た事がないもの」
「僕だって長年グラドの親友をやってるんだ、想いは負けてない! それなのにグラドは僕へ傍にいてくれとは言ってくれなかった……そして、リーファは僕とシルフィの二人よりもグラド一人といることを選んだ。僕は自分の価値が分からなくなってきたんだ……」
「で、でもリーファちゃんは孤独で危険なグラドを守りたいと思ったからこそ北へ行ったんだよ?」
「じゃあ逆に聞かせてくれ。もし北へ行ったグラドが孤独でもなければ危険でもなかったとしたらリーファは付いて行かなかったと思うか?」
「そ、それは……」
グラドとリーファの絆の強さが強固だと分かっているからこそシルフィはディザールの問いかけに言葉を詰まらせているのだろう。そんなシルフィを見てディザールは自嘲すると共に城の外へ歩き出す。
「シルフィも分かっているじゃないか。僕が蚊帳の外だってことが」
「そ、そんなこと、ディザールも私も二人にとって大事な存在であることには変わりないよ……悲しいこと言わないで」
「……とにかく今は仲間の事を考えるのが辛い、一人にさせてくれ」
そう言ってディザールはシルフィを置いて城の外へ出て行ってしまった。ディザールが外に出ると数人の兵士が取り囲み、その中で一番の年長者が敬礼する。
「ディザール様、お勤めご苦労様です。コルピ王の命令に従っていつも通り城の外を移動する際は私達が護衛させていただきます。仕事でも買い物でも散歩でもついていきますので、何なりとご命令を」
「偉大な偉大なコルピ王様が提案した『保護という名の監視』か、相変わらず鬱陶しいな。命令できると言っても付いてくるなとは指示できないから嫌になるな」
「……すみません、コルピ王の命令は絶対なので……」
「ああ、分かっているさ。今の僕はたとえ兵士に囲まれていようとも散歩がしたい。疲れている時こそ自然に触れるべきだからな、イグノーラ南の平原に行くぞ」
「かしこまりました!」
ぞろぞろと兵を引き連れながらディザールは沈んだ表情で散歩を続けていた。自分にとって親友でもあり恩人でもあるグラドとリーファがいなくなり、イグノーラでの居心地も悪くて居場所がない現状は気の毒すぎるほど気の毒だ。
ちゃんと足元を見て歩けているのか心配になるほどに魂の抜けているディザールは傍から見ていて心配になるレベルだ。そんなディザールは虚ろな目で空を眺めながら消え入りそうな声で呟く。
「僕は今、どうしてイグノーラにいるんだ? 僕の居場所はどこだ? 帰る場所はどこだ?」
ディザールのぼやきが虚しく空へと消えていく。このままディザールはどういう人生を歩んでいってしまうんだ? と心配になっていると、突然イグノーラ平原の空が不自然に暗雲に包まれた。
通り雨が降るわけでもなければ、雷がなるわけでもないのに真上の雲は禍々しく黒に近い灰色に染まっている。ディザールも傍から見ている俺達も嫌な予感がして身構えていると、ディザールの後ろの空から突然男の声が響く。
「淀みに淀んだ素晴らしい魔力だ。流石は賢者ディザールだな」
ディザールが慌てて振り返ると、空に青色の魔人が浮かんでいた。ザキールに少し似ている青の魔人は二番目にイグノーラを襲った魔人なのだろうか?
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