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【第271話】転換点
しおりを挟む「み、みんな、落ち着いて聞いてくれ。グ、グノシス王が殺されてる……」
謁見の間に広がる凄惨な光景は筆舌に尽くしがたいものだった。グノシス王が胸を剣で貫かれて殺されているだけではなく側近や兵士達も同じ様に胸を刺されて二十人以上殺されている。
そして、死体の中には襲撃途中で死んだと思われる見知らぬ顔の人間が数名返り討ちにあって死んでいる。
五人の中で一番はじめに謁見の間を覗いたグラドは他の四人が入ってこられないように扉を抑えて言った。
「待て! 入らない方がいい。中は血だらけの死体ばかりで凄惨な状況だ。特に痛々しいのが苦手なシルフィは見ない方がいい」
「で、でも、もしかしたら辛うじて息があるかもしれないよ? 恐いけど私は行くよ!」
グラドの脇の下を無理やり掻い潜って扉を押したシルフィは中の様子を見て吐きそうになり口を抑えた。戦争とはまた違う死体の並びようは精神の削られ方が違うのだろう。
シルフィに少しでも負担を与えないようにしようと考えたのか、リーファはシルフィの肩を掴み、アイ・テレポートでグノシス王の目の前に飛んだ。治癒術に長けた二人は一生懸命グノシス王の体を診たものの、とうに手遅れだったようだ。
死体の転がる謁見の間で五人が呆然としていると、何者かが扉を開く音が聞こえた。扉の方へ視線をやるとそこにいたのは大臣だった。大臣は両手を口元に持ってくると、廊下側に向かって仰々しく叫び声をあげる。
「うわああぁぁぁ大変じゃ! 兵達よ、すぐに謁見の間へ来るのじゃ!」
大臣は声量の割に表情に驚きや恐怖の色が少なく見えたが、その理由はディザールの呟きですぐに分かった。
「チッ、カーラン家のコルピ大臣か、面倒な奴に見つかったな」
ディザールの言う通り、コルピという名の大臣は大袈裟な口調でグラドに問いかけ始める。
「グノシス王達を殺したのはグラド達ではないだろうな? お前達なら王を殺して支配者になろうと考えかねまい?」
「わざわざ兵達の目を俺達に集めてからの印象操作か? やるならもっと上手くやった方がいいぞ、ローラン家と仲の悪いカーラン家のコルピさんよぉ。そもそも俺達は長い時間探索任務に出ていたんだぜ? 死体の様子を見るにどう考えても死後2,3時間ってところだぞ?」
腹の立つ言い回しのコルピ大臣に負けじとグラドも言い返している。グラドが皮肉っぽく言い返すことは珍しいからよっぽど腹が立っているようだし、カーラン家の誰かが犯人だと確信を持っているみたいだ。
コルピ大臣を睨むグラドからは得も言われぬ迫力を感じる。グラドに押されたコルピ大臣は視線を逸らしながらも憎まれ口を続ける。
「ゴホン! まぁ、探索任務を考慮して五人が殺していない事は認めてやろう。だが、これだけ大々的に殺されているということはローラン家のやり方によっぽど不満を持っている者達の犯行なのだろうな。グノシス王が亡くなった今、改めて国の在り方を考えていかねばなるまい」
「コルピ……お前、もしかして……」
グラドは両眉を上げ、言葉を失っている。グラドが何故このようなリアクションをしたのか俺は遅れて理解することができた。恐らくコルピ大臣は多くの兵士を城から出した状態を作り出してからグノシス王を襲撃する為に嘘の魔人情報を流したのだ。
そうすることで、城と王の守りが薄くなり襲撃が容易になると考えのだろう。魔人出現という国の一大事レベルの報告をすれば確かに可能だ。小賢しい残忍な手法に吐き気がしてくる。
一応俺の予想が外れている可能性もあるから現代のシリウスに問いかけてみたが、やっぱり俺の予想は合っていたようでシリウスは首を縦に振った。そして、シリウスは「ここから全ての歯車が狂い始めるんだ……」と意味深に呟いていた。
グラドはコルピ大臣の思惑を察しったようですぐに詰め寄り「白状しろ」と促したが、コルピ大臣は汗を掻きながらも認める事はなく反論を続ける。
「ローラン家寄りのグラドが私を黒幕扱いしたくなる気持ちも分からなくはないが、そもそも証拠はあるまい? 勝手な憶測で言われても困るのだよ」
「くっ、てめぇだって『ローラン家のやり方によっぽど不満を持っている者達の犯行』って決めつけているじゃねえか!」
「私の言葉は飽くまで政治的推察に過ぎないのだよ、犯人を決めつける君の様な人間と一緒にしないでくれ。どうしても私を追い詰めたかったら証拠でも見つけてくるんだな」
悔しいがコルピ大臣の言う通りだ。証拠がなければ追い詰めることは出来なさそうだ。この後、遺体の片付け作業を指示したコルピ大臣はまるで次の王にでもなったかのように偉そうに振舞いだした。
グノシス王暗殺――――というニュースはイグノーラ中へ瞬く間に広がっていき、それと同時にカーラン家のコルピが立場的に次期国王になるのでは? という噂も広がってしまった。
個人的にはグノシス王が亡くなったのなら他のローラン家の人間が次期国王を務めてほしかったのだが、ローラン一族で要職に務めている人間も何人も襲撃で殺されており、目ぼしい人材はほとんど残っていないようだ。
王を務めるには老い過ぎている、もしくは若過ぎる人がローラン家には多く、民衆もコルピが国王となることに反対はしなかった。そもそも民衆はローラン家とカーラン家がそこまで仲が悪い事も知らない者が大半で、近しい家柄の者が後釜を務めているぐらいの認識のようだ。
グノシス王は生前『両家が表立って争っている様子を国民には見せたくない。身内の争いは身内で解決すべきだし、後の世代が我々の仲違いを引き継がないようにも努めたい』と言っていたが、その心遣いが裏目に出た結果、両家の関係性が民衆へ周知できずに今に至るのだから皮肉な話だ。
こうして五人とローラン家にとって居心地の悪いカーラン家主体の政治が始まることとなった。
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