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【第267話】名付け

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「ディアボロス、あんたは本当に強かったぜ、敵なのが惜しいぐらいにな。もう喋るのも辛いほどにダメージを負っているだろうが答えてもらうぞ。お前の本当の目的は何だ?」

 致命傷を負い、動けなくなったディアボロスにグラドが問いかけた。しかし、ディアボロスはグラドを鼻で笑い、馬鹿にする。

「やれやれ、さっき私が言ったことを聞いてなかったのか? 人間という種族、特にお前達五人が我々にとって邪魔だから消す為に戦争を仕掛けただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「それは分かっている。俺が聞きたいのは人間に近い魔人がどうして魔獣側に立っているのかってことだ。人間が嫌いだとか魔獣が好きだからとか何かしら理由はあるんだろ? そうじゃなきゃ魔獣側にはつかないし、人間として暮らせばいいだけなんだからな」

「ふっ、如何にもイグノーラの人気者らしいグラドの言葉だな。お前の言葉はずっと愛されて大事にされてきた人間の言葉だ、それ故に軽い」

「何だと、どういうことだ?」

 意味深な言い方をするディアボロスにグラドが聞き返すと、ディアボロスはディザールの方を見て乾いた笑みを浮かべ、真意を語る。

「お前達人間の歴史を振り返ってみろ。どの時代でも常に異端者は弾かれ、差別されてきただろう? 私はお前達五人の事もある程度調べているから知っているぞ? そこのディザールという男はイグノーラに来るまで散々な人生を送ってきたらしいじゃないか。孤児で目が見えなくて優秀というだけの理由でな」

 魔人であるディアボロスが何故ここまで人間側の事情を知れているのか全く分からない。ザキールとアスタロトの関係みたいに人間側の情報を与え・与えられるような環境なら理解できるが、この時代にも現代のアスタロトのように暗躍する存在がいたのだろうか?

 ディアボロスから名指しされたディザールはこぶしを握り、手のひらに爪を食い込ませると震える声で言い返す。

「ディアボロスの言う通り僕の人生は苦い思い出が多い。だが、お前が言うほど悪いものじゃないぞ。僕はイグノーラから新しい人生が始まったと思っているし、心から信じられる仲間だっているんだからな」

「まぁここにいる五人の絆は本物かもな、直接戦った私も強固なものを感じたさ。だが、大半の人間は信じられたものじゃない、イグノーラの人間も今はお前達を英雄扱いしてくれるだろうが、戦いが終わり用済みになったらどうなることか。きっとペッコ村の時と同じように嫉まれるのがオチだろう。その時お前は正気を保っていられるかな?」

「黙れよ、魔人風情が……さっきからお前は何が言いたいんだ……」

 ディザールが怒るのも無理はない。ディアボロスはまるでディザールを狙い撃ちするかのように不穏な言葉をかけ続けている。その言葉がたんなる負け惜しみや恨み言ではなく、何かを悟っているかのような言い方をしているのも不気味でしょうがない。

 死に掛けとは思えない程に余裕を持って喋るディアボロスに苛立ちを募らせるディザールだったが、そんな事はお構いなしにディアボロスが言葉を続ける。

「私は直にディザールを見てきた訳ではないが、それでもディザールが忌み子であることは推察できるぞ。それはディザールという名前からも分かる」

「は? たかだか名前一つで何が分かるんだよ?」

「名前というものは願いを込めて付けられるだけではない。時には記号的、宿命的な理由で付けられる事もある。モンストル大陸ではかつてから『呪われしもの・不浄な存在・弱きもの』といった存在には名前や名称の最初に『ディ』を付ける慣習がある。人間から見て悪である我々魔人が付けるのは一般的だが、人間が付けられる時は決まって『忌み子・奴隷・生贄・悪魔・呪われた存在』と相場が決まっているのだよ」

「つまり僕は生まれた時から望まれていない存在、もしくは何かに利用されようとしていた存在と言いたいのか?」

「その通りだ、自己理解が進んで良かったじゃないか、ハッハッハ!」

 衝撃の事実にディザールは何も言い返せなくなってしまった。それと同時に俺は故郷ディアトイルの事を考えていた。ディアボロスは『呪われしもの・不浄な存在・弱きもの』の名称の頭に『ディ』を付けると言っていた、つまり人名だけではなく物や場所に付く可能性があるという事だ。

 大昔の故郷ディアトイルは差別されていなかった時代もあったらしいが、命名された時にはきっと負の理由があったのだろう。まさか五英雄の過去を覗いて故郷のことを気の毒に思うとは……全ての事柄は何か大きな一本の線で繋がっているのではと思わされる。

 いつの時代も魔人によって衝撃の事実を知らされて、落ち込まされてしまうのかもしれない。そんな皮肉な世界に嫌気を感じていると、グラドがディアボロスの前に立ち、ディザールを庇うように力強く言い切った。

「名前がどうだの、過去がどうだの、うるさいんだよお前は。名前に愛が込められているなら喜んで受け取って、悪い意味が込められているなら無視するなり反発するなりすればいいんだよ。それに人間に醜い部分があることなんて俺達は分かっているんだ。お前に言われなくても俺達人間は少しずつ考え方やルールを変えていって必ず幸せに暮らせる世界をつくるし、ディザールの価値だって俺達が保証してやる。そんな俺達をお前は牢屋から指を咥えて眺めていればいい」

「ふっ、グラドは青臭すぎて逆に気持ちがいいぐらいだな。そんなお前だから殺さずに『牢屋から眺めていればいい』なんて言いやがるのか?」

「ああ、何年後になるか分からないがディアボロスには反省してもらって牢から出て、人間たちと一緒に暮らしてもらうことになるだろうからな」

「……。」

 迷いなく言い切るグラドに対し、ディアボロスは何も言えなくなっていた。きっとディアボロスは殺されると思っていたのだろう。

 グラドは倒れて起き上がれないディアボロスを起こす為に手を差し出す。しかし、ディアボロスは下唇を噛みしめ、弱弱しくも精一杯手を振りまわし、グラドの手を弾いて言った。

「人間たちと一緒に暮らす……か。どこまでもお人好しで反吐が出る。私はお前達と手を取り合うつもりはない……だが、突き抜けた馬鹿であるグラドに免じて少しだけ我々魔人の話をしてやろう」


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