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【第260話】浄魔のネックレス
しおりを挟む後の五英雄となる五人が童心に帰って遊びつくした翌日、丘にあるキャンプ場を片付けたグラド達は早速村へ帰り、そのまま村長の家へと向かった。
グラド達が玄関の前に来たのを確認した村長は血相を変えて階段を降り、扉を開ける。
「お前達! 昨日は一日中どこへ行ってたんだ! 村にも狩場にも洞窟付近にもいなくて心配したんだぞ!」
ばつの悪そうな五人の中でグラドが一番に前に出て、真っ先に頭を下げて謝り始める。
「すまない村長。俺が半ば強引に四人を連れ出したんだ。理由を説明したり、今後の事も話したいから一旦家の中に入れてくれないか?」
「今後の事? まぁいい、とりあえず中に入れ」
村長はまるで門限を守らなかった子供を叱るように険しい顔をしているが、それだけグラド達のことを大切に思っているという事なのだろう。だから普段から口論が達者なディザールが何も言い返さないのだと思う。
村長の後をついていき、全員が客間に座ると早速グラドが昨日の事を話し始める。
「まずは謝らないとな、ごめんなさい村長。俺が皆を連れ出したのは訳があって実は――――」
グラドは村人のディザールへの接し方、村を出て行きたいこと、最後に思い出を作ってあげたかったこと、その全てを丁寧に気持ちを込めて伝えた。
最初の方は険しい顔をしていた村長も話が進むにつれて眉尻を下げて理解ある頷きを返してくれるようになっていった。グラドから全ての話を聞いた村長は胡坐をかいた両膝に手を置き、グラドの意見に応える。
「お前達の気持ちはよく分かった。グラド達が村から居なくなるのは大きな痛手だが仕方がない。若者はいつだって夢を持ち、羽ばたいていくものだからな。だからお前達が村を出て行くのを許可しよう。ディザールとシルフィのことをしっかり守ってやるのだぞ、グラドよ」
「ああ、もちろんだ。ありがとな村長。外の世界でも頑張ってくるよ」
「ワシに礼を言われる筋合いなんてないさ。お前達に不満を抱かせる村を作り上げてしまったのはワシなんじゃからな。特にディザールには居心地の悪い村にしてしまって本当に申し訳ないと思っている、謝らせてくれ。すまなかった、ディザール」
ディザールが嫌いになるような差別的な人間がペッコ村には沢山いた訳だが、少なくとも村長は本当に人間ができているようだ。頭を下げる村長を見て、ディザールは申し訳なさそうな顔をしながらフォローを入れる。
「別に苦手な奴らがいて、外の世界に興味があるから出て行くだけで、それ以上でもそれ以下でもないさ。村長は全く悪くないし、むしろ僕は村長の事を尊敬しているし親代わりのように思っているよ。だから謝らないで笑顔で送り出しておくれ」
「親代わり……そうか、こんなワシには勿体ない言葉だな。だが、ディザールがそう言ってくれるなら笑顔で元気に送り出そう、ありがとなディザール。そうじゃ! 旅立つディザールにワシからちょっとしたプレゼントをやろう。ちょっと待っといてくれ」
そう告げると村長は奥の部屋に行ってガサゴソと何かを取り出し始めた。そして奥の部屋から戻ってくると、机の上に一つのネックレスを置き、説明を始める。
「大陸北から来たシリウス殿とリーファ殿はこのネックレスを知らないだろうから説明させてもらおう。このネックレスは浄魔のネックレスという物でな。体内のあらゆる毒をゆっくりとゆっくりと浄化してくれる効果があるのじゃよ。これをディザールに貰ってほしい」
何だか説明を聞く限りそれなりに希少な物のように思える。実際、グラドもシルフィも浄魔のネックレスを差し出している事にかなり驚いている様に見える。ディザールも同様でネックレスを村長の方へ押し出すと首を横に振って貰うのを拒んでいる。
「いくら何でも浄魔のネックレスは貰えないぞ。これは村長にとって家宝みたいなものだし、村長が病気になった時も四六時中浄魔のネックレスを付けることでちょっとずつ治せたじゃないか、村長が大事に持っておいてくれよ」
「いいや、何が何でもディザールに貰ってもらうぞ。そもそもディザールが目を悪くしたのも魔獣の毒に侵された後に医者や治癒術師による迅速な処置が出来なかったのが原因だ。ワシはその時の反省を活かして村に医者と治癒術師を増やし、守り人の育成にも力を入れ始める事が出来た。逆に言えばそれらの対応がもっと早ければディザールの目も悪くならなかったし、ディザールの両親も……」
そこまで言って村長は言葉を詰まらせた。どうやら村長は過去にディザールの人生を左右する失敗をして今も引きずっているようだ。
村や町の運営なんて何かに力を入れれば別の何かが疎かになってしまうものだし、ましてや村長の職務なんてお手本が少なく手法が確立されていないものなのだから気にし過ぎないでほしいものだが、中々そうはいかないのだろう。
俺だってシンやサーシャ程ではないけれど施政に関わる者として多少は気持ちが分かる。
浄魔のネックレスを前にして困り顔なディザールに対し、村長は更に言葉を続ける。
「まぁ色々と言葉を並べはしたが、結局ワシが言いたいことはディザールに元気でいて欲しいということじゃ。ディザールがワシを親代わりに思ってくれている様にワシもディザールを息子や孫のように思っておるからな」
村長のこの言葉をきっかけにディザールの顔から迷いは消えた。ディザールは勢いよく浄魔のネックレスを手に掴むと、早速自分の首にかけて宣言する。
「村長の気持ちはよく分かったよ。僕は浄魔のネックレスと共に外で大きな活躍をしてきてみせる。そして村に帰ってきた時には何か大きな手土産を持ってこれるように頑張るよ。ありがとう村長」
「ああ、楽しみにしておるぞ」
ディザールにとって村の中での大切な存在がグラドとシルフィだけじゃなくて本当によかった。これから先ディザールがアスタロトとなり、どう歪んでいくのか分からないが、根底に人の心と善の心があるのなら奴の野望を止められる時がくるかもしれない。
五人はその後も村長と楽しく雑談を続けて、一緒に食事を交わし、今晩に訪れる満月の刻……ギテシンが咲く夜の時間を待ち続けた。
=======あとがき=======
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