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【第245話】リリスとライラの大事な人
しおりを挟む湖の洞窟へ辿り着いた俺達は松明を片手に洞窟の中を進んだ。昔、湖の周辺を歩いていた時でも洞窟の中には入ったことがないから故郷でありながらも新鮮な気分だ。
洞窟は一本道になっており、足元を確認してみると人が歩いた形跡もあるから人がいたのは間違いないだろう。奥へ奥へと進んでいくこと五分、俺達の前にやたらと頑丈そうな金属の扉が現れた。
早速俺が金属の扉をノックすると中から若い男の声が聞こえてきた。
「誰だ? 合言葉か、もしくは誰の紹介で来たか答えるんだ」
残念ながら俺達は合言葉なんて知らない。だからこの洞窟を知ることが出来た理由をそのまま答える事にしよう。
「帝国で暮らしているライラという女性から教えてもらったんだ。ここにはライラとライラの姉にとって大事な人間がいると聞いた。そして、多くの事を教えてもらえるとも言っていた、頼むから中に入れて欲しい」
「……ライラさんの名を出されたうえに、関係性にまで言及しているのなら問題なさそうだな。むしろ入れないとライラさん達に申し訳ない。いいだろう、開けてやろう」
そう答えると男は扉を開けて俺達を迎えてくれた。開けてくれた男は俺の予想通り若い男で眼鏡をかけて白衣を着ている如何にも学者か医者ですと言わんばかりの細身の男だった。
男の後をついていき中に入ると、ウィッチズケトルをちょっとだけランクダウンさせたような研究機関っぽい内装が視界一面に広がった。
男の他にも十人程白衣を着た男女が本や実験器具のようなものを持って頭を捻っている、やはりここは学術的な場所のようだ。
いくつかの部屋を横目に奥へと進んでいくと、一番奥の部屋の扉の前で案内をしてくれていた男が立ち止まり、中に聞こえるように俺達が来た経緯を伝えた。そして案内の男は「ここに我々の代表がいる、失礼のないようにな」と言い残して去っていった。
俺が扉をノックすると今度は中から「入ってくれ」と男の渋い声が聞こえてきた、この中にいる男はそれなりに歳を重ねてそうだ。扉を開けて中に入ると、一人の老年男性が俺達の顔を見て微笑んだ。
俺はその男と初めて会ったわけだが、名前も知っているし、何をしていた人間かも知っている。男は俺が聞くよりも先に自己紹介を始めた。
「やぁ、会えて光栄だよガーランド団……いやシンバードの諸君。私の名前はシリウス・リングウォルド、現皇帝アーサー・リングウォルドの弟だ」
まさかこんなところで五英雄でもありアーサーの弟でもあるシリウスに会えるとは……。シリウスはこんな穴倉の中でも貴族としての品格を保つ為か、燕尾服のようなビシッとした服を着こなし、身だしなみも髭も整えていて老紳士のお手本ともいうべき姿をしている。
顔もアーサーに似ているがどことなくシリウスの方が落ち着きもあり、大人びているように感じるが、髪は短髪ながらも全体を後ろへ流しているからワイルドさも兼ね備えている。
イグノーラの歴史書でシリウスの人相をある程度知っていたグラハムは俺以上に驚いていたが、シリウスはリリスを見た瞬間、目を点にしてグラハム以上に驚いていた。
そういえばリングウォルド別邸跡地で見つけた写真にはシリウスだけではなくリリスに似たフィア・リングウォルドも写っていたけれど、リリスの顔を見る事で何か感じるところがあったのだろうか? 固まっているシリウスに疑問を持ったリリスは早速理由を尋ねた。
「あの~シリウスさん、私の顔を見て驚いているようですが何かありましたか?」
リリスが問いかけるとシリウスは更に驚きの表情を強め、深呼吸をして自身を落ち着かせた後、理由を語り始める。
「ああ、すまない、顔も声も一緒で驚いたんだ気にしないでくれ。それより、銀髪の君、名前を教えてもらってもいいかな?」
「リリスです」
「失礼な聞き方になるが、貴女はとても品があり、どこかの貴族とお見受けしたのだが、違ったかね? 貴族や名を上げたものには大抵の場合、名前だけではなく家名があるものだからね」
シリウスの問いに対して返答に困ったリリスは俺の方を向いた。恐らく『女神ということをばらしていいか?』と聞きたいのだろう。俺が「全部話していいぞ」と返すと、リリスはシリウスの問いに答えた。
「実は私……人間ではなく女神族なのです。世間では女神は伝承の存在でしかありませんが、実在するのです。もっとも女神は亡くなった人間の姿をほぼそのまま引き継ぎますので、普通の人間にしか見えないと思いますが……」
「私は伝承の類は信じるさ、これまで嘘のような本当の冒険を沢山してきた身だからね。むしろ私の推察からすれば君が女神族である方がよっぽどしっくりくる。では、更に一つ質問させて欲しい。確かライラの紹介によって来たと言っていたが、どういう関係性なのかね?」
そして、リリスは女神族の転生の仕組み、木彫り細工を経由してレナがライラと接触できたこと、前世の記憶はほとんどない事、恐らくリリスの前世で双子の妹だったのがライラだということ、全てを伝えた。
それらの情報を伝えると何故かシリウスは涙目になって言葉を詰まらせていた。そして、落ち着いたシリウスは部屋の入口とは別のもう一つの扉に手を掛けて言った。
「女神であるリリスさんが記憶を取り戻すために今まで本当によく頑張ってきたのが伝わったよ。そして、我々も長年頑張ってきて本当によかったと思えるよ、何故ならリリスさんをここへ招く事が出来たのだからな。この扉の向こうにライラとリリスさんにとって大事な人がいるからまずは彼女に会ってほしい、そうすることでリリスさんはまた記憶を刺激されて頭痛に苦しむかもしれないがきっと大きな前進となるはずだ」
そう言ってシリウスは扉を開けて先に進んだ。ついにライラが会わせたがっていた人と会う時がきた……一番緊張しているのはリリスだろうけど、俺もかなり緊張してきた。
扉を超えてもう一つの部屋に入ると、さっきの部屋とほぼ同じ空間が広がっており、視線の先には背を向けて立っている女性の姿があった。シリウスが女性に声をかけると女性はゆっくりとこちらへ向き、泣きそうな笑顔で挨拶してくれた。
「久しぶり……いや、今は初めましてと言った方がいいのかな、リー姉さん……」
振り向いた女性の顔はシリウスより少し若いぐらいのリリスによく似た人だった。そして、俺はこの顔にも見覚えがある。俺は確信に近い予想を女性に問いかけた。
「貴方の顔はリングウォルド別邸跡地にあった写真で見た事がある。もしかしてフィア・リングウォルドさんか?」
「ええ、その通りです。横にいるシリウスの妻であり、リー姉さん……いえ、リリスさんの前世ではリー姉さんとライラ姉さんを姉に持つ、三姉妹の三女でもあります。リー姉さんとライラ姉さんは双子ですからそっくりですけど、私もそこそこ似ているでしょう?」
ライラの言っていた『私達が溺愛していたあの子』というのはフィア・リングウォルドのことだったようだ。見た目での判断だが、フィアの見た目は60歳前後に見えるから恐らくライラより10歳ぐらい若い年の離れた妹だったのだろう。
それぐらい年の離れた妹がいれば溺愛する気持ちも分かるし、ライラの言葉にも納得だ。遂に面と向かって肉親と話せる時がきたな、とリリスに声を掛けようとしたら、リリスは頭を抑えて苦しがっていた。
「うぅ……頭が……痛い……で、でもやっと私の家族と……会えて……嬉しいです……ガラルド……さん」
「無理して喋るなリリス! とりあえず座るか横になれ。やっぱり肉親を見たら記憶が激しく刺激されてしまったな……少し離れて俺達だけでシリウスさん達と話してこようか?」
「大丈夫です……記憶が戻る時には頭痛が付きものなので、もはやこの痛みが記憶獲得のチケットみたいなものなんです。だから話を続けてくださいフィアさん……。そして本当に無理そうなら手を強く握って伝えるので、手を繋いでいてくださいガラルドさん」
そう言うとリリスは俺の手を握った。リリスは普段俺に対して懐きすぎた犬のように近寄ってくるが、その割に意外と手を握ったり肌を接触させるコミュニケーションはしてこない、だからアイ・テレポート以外で手を握るという状況が妙にドキドキしてしまう。
まるで思春期の男子の様になっている自分に恥ずかしくなっていると、フィアは話を続けた。
「今のリー姉さんにも頼れる仲間がいたようで安心したよ。姉なのにずっと私より若いから変な感じだけど幸せそうで本当に嬉しい。それじゃあ、話を続けますね、ガラルドさん」
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