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【第237話】魔屍棄の地ディアトイル

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 イグノーラでの戦争から百日以上経っただろうか。俺、リリス、サーシャ、グラッジ、グラハム、ゼロ、シンの七人は邪悪な圧迫感と陰気な空気が混在する地『ディアトイル』の入口へ到着した。

 俺にとっては見慣れた景色で約四年前に飛び出した頃と何一つ変わっていない。しかし、俺以外の六人はディアトイルを訪れるのは初めてだからきょろきょろと全体を見渡していた。

そして新しい場所にきた時はもはやお馴染みになっているリリスの感想語りが始まった。

「死の山と隣り合っているせいか斜面に家が建っていたり、山壁に施設がくっ付いていたりしてて珍しいですね、それに家屋・橋・梯子なども魔獣の素材がふんだんに使われていて凄いです。所々岩肌が露出しているせいか土や植物が控えめで死の山の南入口付近を思い出しますが、そこ以外は普通の村に感じます。強いて言えば村人に少し覇気がないように思えますが……」

 リリスは『少し覇気がない』と言葉を選んでくれているが、実際はかなり陰気な人ばかりだ。

魔屍棄ましきの地と呼ばれている通り、ここの人間は魔獣の死体を捌いて加工する仕事をしている者が大半だし、最近マシになったとはいえ今でも色んな国から差別されているのだから陰気になるのも当然だ。

 実際、外に出ているディアトイル民は久しぶりに俺の姿を見て薄っすらとおかえりの笑顔を浮かべてくれているものの、隣に他国の人間が立っているからか声を掛けてくることはなかった。

 ディアトイル民は全てを諦めていて、死んではないけど生きてもいないと感じた俺はこんなところでずっと暮らすのも嫌だし、ディアトイルの地位を向上させたいという想いで村を出た。それほど昔の事じゃないけれど随分昔のことのように感じる、不思議なものだ。

 今日は大陸会議の二日前だから、下見がてら早めに来た俺達しかいないと思っていたが、俺達とほぼ同じタイミングでフェアスケールのラファエルも到着していた。

 ラファエルは俺とシンに目線を向けると薄く笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。

「こんにちはガラルドさんとお仲間の皆さん、そして久しぶりですねシン。元気にしていましたか?」

 いつも愛想の良いシンだが、流石に約二十年ぶりに再会する保護者に対してどう言葉を返せばいいのか分からず困っていた。そんなシンを見かねてかラファエルは続けて自分の思いを語った。

「シン、手紙でも伝えましたが再度謝らせてください。シンが子供の頃に散々フェアスケールは変わらなければいけないと言ってくれていたのに私達は聞き入れてあげることが出来ませんでした。遅くなりましたが、ようやくフェアスケールは世界に順応し、少しずつ変わり始めています。まだまだシンバードほど完成された組織ではありませんが、よかったら久々に帰ってきて皆に顔を見せてやってください、喜びますので」

 ラファエルの言葉を受けて、シンはずっとモジモジしていた。そして、照れくさそうに斜め上を見ながら言葉を返す。

「落ち着いたら遊びに行くよ。俺もちょっとだけ皆に会いたいし」

「ええ、楽しみにしていますよ」

 まだギクシャクしているけれど、この感じならかつての仲に戻る日も遠くはないだろう。珍しく俺がシンを見守る形になったところで、ラファエルが俺に提案してきた。

「それじゃあこのまま一緒に村長の家へと挨拶に向かいましょうか。よろしいですかな、ガラルド殿?」

「う~ん、このまま直接行ってもいいけど、見せたい場所が近くにあるから先にそっちを案内するよ。俺の後をついてきてくれ」

 俺は皆についてきてもらい、村の入口より南に存在するとある場所へ案内した。そこはディアトイルがまさに魔屍棄ましきの地と呼ばれるに相応しいポイントだ。

 死の山の絶壁の根元に位置するこの場所に向かって数分に一匹のペースで魔獣の死体が降ってくるのだ。そこは死の山で死んだ魔獣がゴミでも捨てるかのように高い位置から死体をこちらへ放り投げているのである。

 死体は他のポイントにも捨てられているが、一番多く捨てられているのが今いるポイントであり、大きく穴を掘っているにも関わらず積もりに積もった死体はゆうに200匹を超えている。いつしか魔獣死体が捨てられるポイントは魔屍棄ましきの大穴と呼ばれるようになった

 この光景を見て全員が声を失い驚いていた。まるで死の山の洞窟の中で山盛りになっていた魔獣死体を彷彿とさせる光景だから、皆からしたら堪らなく恐ろしいものなのだろう。

だが、俺からしたらグラドが六心献花ろくしんけんかで一斉に葬った魔獣は高温の環境下で乾燥して腐っていなかったから逆にそっちの方が恐かった。俺は腐った魔獣死体が山盛りになっている光景は子供の頃からここで見慣れているからだ。

 リリスは断続的に落ちてくる魔獣死体を眺めながら魔獣の生態について言及する。

「死の山の魔獣集落を見て、魔獣なりの社会性や知能を感じましたが、死体を放り投げている点からもやはり人間には程遠い存在なんでしょうかね? ガラルドさんはどう思います?」

「俺は逆に魔獣がもっと賢い存在なんじゃないかと推測しているよ。魔獣の総本山である死の山には大穴限定とはいえ、とんでもない数の魔獣がいたわけだからきっと魔獣達にとって生活を営める空間は限られているのだと思う。そんな状況でなおかつ土の少ない死の山で死体を放置していたら腐る一方だし、棄てざるをえなかったんだと思う」

「確かに腐敗した死体はそれだけで病気や悪臭の元になりますからね、納得です」

 せめてグラドの手紙が置いてあった洞窟ぐらい高温の場所だったり、近くの火口にマグマが溜まっていれば棄てられるだろうが、死の山は南北にも東西にも広いから対処できないエリアもいっぱいあるのだろう。

 もしかしたら北側であるディアトイル以外にも沢山の魔獣死体が棄てられているポイントがあるのかもしれない。ディアトイルは魔獣死体から素材を剥ぎ取り加工して生計を立てているわけだが、もし魔獣が棄てられていなければどんな場所になっていたのだろうか?

 別の産業に手を出していたのか、それとも生きていく事が出来なかったのだろうか? もしもの可能性を考えても答えは出ないから考えるだけ無駄なのだが、それでも差別を受けて来た者としては想像してしまう。

 気持ちのいい故郷案内は出来なかったけれど、これで皆にディアトイルがどんな場所か自らの目で確かめてもらえたと思う。

「それじゃあ、次はいよいよ村長の家に行こうか、一応俺が育てられて寝食していた場所でもあるから実家と言ってもいいかもしれない。そんなにいい場所じゃないがついてきてくれ」


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