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【第230話】七恵の番人
しおりを挟む女神フローラは遠い目になると、自身が長年に渡り行ってきた浄化作業について語ってくれた。
「女神たちがいなくなったドラウ周辺を浄化してみせると決心した私ですが、やっぱり死ぬのは怖かったので、まずは毒の性質について調べる事から始めました。バジリスクの毒はたとえ呼吸であっても体に取り入れてしまうので、まずは瓶に毒を少量採取して、それを更に水で数千倍に薄めてみる事にしました」
「ん? 水で薄める事が性質を調べる事に関係するのか?」
「人間にも女神にも体内に入った毒を自浄する能力があります。それは血液・内臓・魔力の働きによるものですが、毒の総量が一定ラインを越えてしまうと自浄出来なくなり、病気になったり抵抗反応で亡くなることもあります。逆に言えば限度ラインを知って超えないように、ちょっとずつ毒に近づいて作業する分には問題は無いですし、少しずつですが抗体も出来てきます。特に女神は自浄能力が強いですからね」
つまり活動限界を正確に把握することによって、浄化作業に当たる時間と体を休める期間を明確にして、浄化作業と休息を繰り返していた訳だ。
となると毒に近づいて、毒に触れて、毒から離れて、というルーチンを数百年単位でずっと続けていた事になる、想像するだけで眩暈を起こしそうだ。
過去に勇気を振り絞れなかった後悔がここまでのエネルギーを生み出すとは、つくづく女神という存在は凄いのだと思い知らされる。
きっとリヴァイアサンもこの話を聞けばフローラに感謝を伝えたがるはずだ、俺が代わりに伝えておくと約束しておこう。
「毒で穢した野盗に激昂するぐらいリヴァイアサンはこの地を大事にしていたから、きっとフローラに感謝するはずだから伝えておこう。そして友に代わって俺から礼を言わせてもらうよ、長い間頑張ってくれて本当にありがとうフローラ」
「い、いえ、元はと言えば自分の不甲斐なさを取り返すために頑張っただけなので褒められる資格なんて……それよりもガーランド団の皆様はここへ来るとメリットがあると言われて訪ねてくれたのですよね? リヴァイアサンがここへ案内したがっていた理由は察しがつきます。今から説明したいと思いますのでついてきてもらっていいですか?」
「分かった、よろしく頼む」
フローラはそう告げると俺達を奥へと案内した。奥には何もない洞窟の空間が広がっているだけで、強いて言えば植物の根っこが天井からぶら下がっているだけの場所だった。
フローラは天井にぶら下がる根っ子を眺めると、突然奇妙な問題を出してきた。
「ガラルドさんはドラウの森にはどれぐらいの本数の木があるか分かりますか?」
「ん? あまりに広いから想像すらできないな」
「そうですよね、正直小さい木も含めたら私にも分かりませんが何万本単位で存在するのは確かです。そしてドラウの森の木々は連理木によって大半が繋がっています。ですので人間社会で言えば、数十階の塔が何万基もあり、そのほとんどに橋が架かっているような状態です」
「そう言われると改めてドラウの森の凄さを実感するな。縦・横・高さの事を考えたら行きたいポイントに行くのにも度々迷ってしまいそうだな」
「そうなんです、だから私達は大きいサイズの木の一本一本に座標のようなものを振りました。北や西からどのくらいの位置で階層で言えば何階か、と言ったように。なので今から私の後天スキルで全員を『250・155・20』の座標へ運びます。ジッとしていてくださいね」
「お、おい、何をする気――――」
俺が尋ねきるよりも前にフローラは手から謎の緑の光を放ち、俺達全員に浴びせた。すると俺達全員の体が小人ノームと同じぐらいに小さくなって、おまけに頭から苗木の様なものまで生えてきてしまった。
困惑する俺とは対照的にサーシャはグラッジの頭を指差してケラケラと笑っていた。
「あはは、グラッジ君の頭が可愛くなってる!」
「サーシャさんこそ祭りの仮装みたいでキュートですよ。顔立ちも相まって似合いますね」
何をイチャイチャしてるんだ、と心の中でツッコミを入れていると、フローラがこのスキルについて語ってくれた。
「皆さんは一時的に私のスキル『七恵の番人』によって七恵の加護を受けました。それにより、ドラウの森の木の内部をまるで川の激流を下るかのように高速で移動できるようになりました。それでは早速天井の根っこに向かって魔力を込めて、座標を宣言してください。行きますよ、250・155・20!」
宣言すると同時にフローラは体を一層緑に発光させたあと、木の根に吸い込まれてしまった。目の前で消えさって益々不安になるが、もうやるしかない。俺達はフローラと同じように座標を宣言して魔力を込めると俺達も同じように木の根に吸い込まれた。
木の中を通っているから視界は真っ暗だが、体の浮遊感から猛スピードで移動しているのは実感できる。放たれた矢にでもなったかのような感覚を数分間味わっていると、いきなり目の前が薄っすらと明るくなり、俺達の体は移動先の木から放出された。
到着と同時に俺達の体を覆っていた緑の光と頭の苗が消え去り、体のサイズも元に戻った。周りを見渡してみると、そこは日の光が届いていないにも関わらず、薄っすらと明るい空間が広がっており、四方を木の枝と葉っぱに囲まれていてまるで小屋のようだった。
よく見るとツタと大きな葉っぱが暖簾や扉代わりになっているポイントもいくつかあり、一番遠い位置にある扉の前でフローラが手を振って待っていた。
「皆さんこちらからお入りください。ここは普段私が寝食をしている小部屋です。一通りの生活用具も揃っていますのでゆっくりしていってくださいね」
フローラに従って中に入ると千年樹の洞窟を思い出すような自然の居住空間が広がっていた。
フローラは俺達に椅子へ座るよう促すと、早速今いる場所を詳しく説明してくれた。
「ここは私が生活している空間であると同時にドラウの森の完全な中心となります。完全な中心というのは森を立方体とした時に、縦・横・高さ、全てにおいて中間に位置する場所です。それ故に森の外から見ても、中から見ても、空から見てもこのポイントは見つけられません。万が一尾行されても木の中を移動出来るのは私のスキルだけですしね。これで秘匿性を保つことが出来ます」
木を隠すなら森の中という言葉もあるくらいだし、フローラのやり方は人目を避けるうえで理にかなっているのかもしれない。しかし、フローラは何故ここまでしてこの場所を隠していたのかが気になる、尋ねてみよう。
「これだけ厳重に隠すって事は何かあるって事なのか?」
「その通りです、それこそがリヴァイアサンの言っていた『役立つもの』に該当すると思います。今から説明しますね」
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