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【第223話】抑圧と反動
しおりを挟む「お待たせしました、それじゃあシンの昔話を始めましょうかね」
ラファエルはお茶のおかわりを入れると自分の席に戻り、昔話を始めた。
「シンは三十年ほど前にフェアスケールのとある夫婦の子として生まれました。七歳頃までは特に何事もなく暮らしていたのですが、ある日父親が病にかかり、半年後に亡くなってしまいました。今でこそ治療方法が普及した病気だったのですが、当時は治療法が分かっておらず父親が亡くなったすぐ後に母親も病に罹ってしまいました」
「そんな小さな頃からシンは苦労人だったんだな」
生まれた時から両親がいなかった俺はシンの境遇を自分と重ねて呟いた。しかし、この後に語られたシンの行動は幼少期の俺なんかとは比べ物にならないほど立派なものだった。
「母親も近いうちに病で亡くなるであろうことを想定した我々中央塔の者達はシンを預かる準備を進めていましたが、シンだけは母親の命を諦めていませんでした。シンは『他の国にいけば治療の方法が見つかるかもしれない、俺が必ず見つけ出す!』と言って夜に大人の目を掻い潜り、外の世界へ飛び出してしまったのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その頃シンはまだ七、八歳ぐらいだろ? そんな子供が一人で平原を移動したら魔獣にやられるか消耗して死ぬかのどちらかだぞ」
「ええ、なので我々は血眼になってシンを探しました。しかし、二十日以上探しても周辺の何処にも見当たらず、とうとう我々は探索を諦めました。シンは魔獣に食われて亡くなってしまったのだろうと思っていましたが、行方不明になってから百日ほど経ったある日、服に血と泥を滲ませたシンが薬を持って帰ってきたのです」
「血ってことは魔獣に襲われても逃げ切ったって事か……そんな八歳いまだかつて聞いたことがないぜ。その頃からめちゃくちゃだったんだな、シンは」
「その頃から頭も回り、腕も立つ子供でしたがまさか単身薬を持ちかえるとは思いませんでした。そして薬を差し出したシンは『これを母さんに飲ませてくれ、医学の発達した国で死に物狂いになって手に入れたなけなしの一個なんだ』とボロボロの体で言いました」
金も無く、その国の子供でもないシンが薬を手に入れるには相当色々なことがあったのだろう。もしかしたら盗みをしたり、単身危険な魔獣を狩って金を工面した可能性だってある。だけど、そこについては触れないでおこう、外へ飛び出しただけでもシンは勇敢で優しい奴だ。
そして、ラファエルは少し言葉を詰まらせ、話を続けた。
「早速、シンから貰った薬を母親に飲ませようとしたのですが……何故か母親は飲むのを拒否してしまいました。我々は何故飲まないんだ? と理由を尋ねると彼女はこう言いました」
――――私と同じ病気にかかっている隣の家の少女ソフィちゃんに飲ませてあげて、彼女にはまだまだ沢山の未来があるし、大人の私には若者の未来を守る義務がある。母親としての義務は果たせないけど、優しいフェアスケールの皆ならきっと私と変わらない愛情をシンに注いでくれるから。懸命に薬を調達してきてくれたのに貴方の母親を続けられなくてごめんなさい。愛しているわ、シン――――
母親を救いたいシンの気持ち、大切な同胞であり未来ある少女を救いたい母親の気持ち、そして同胞になら愛する息子を預けられるという気持ち、その全てを理解できるけれど、必ず取捨選択しなければいけないシン達の気持ちを想像すると胸が苦しくなる。
想像以上に重たい過去でこの先を聞くのが恐いけれど、大切なシンのことを深く知れる大事な昔話だ、俺は意識を再びラファエルの話に集中させた。
「理屈は分かっても納得が出来なかったシンは無理やり母親へ薬を飲ませようとしましたが、彼女は最後まで拒みました。そして、シンが帰ってきてから二日後の朝、彼女は帰らぬ人となり、薬はソフィに飲まれる事となりました」
「その後シンがソフィにどう接したのかが気になるな」
「私はシンがソフィを恨んでしまうのではと心配になりましたが、シンは予想の斜め上の言葉を発しました『皆、ソフィには母さんが薬を譲った事を伝えないでくれ。母さんは薬を飲んだけど助からなかったことにしよう、そうしないとソフィは自分を責めてしまうから』と」
とても八歳の子供が言える台詞ではない。立場と環境が人を育てるとは言うけれど、両親が病気になる事でシンは強くならざるを得なかったのだろう。
「それから更に二年ほど月日が流れ、少し大きくなったシンは私にこう言いました『フェアスケールを閉じた場所にしては駄目だ。理念を抱えているのは分かるけれど、外と交流するからこそ刺激となり守る力を得て、成長へ繋がるんだ。もう母さんみたいな犠牲は出したくない』と言いました」
「だが、今のフェアスケールを見る限り、シンの言う通りにはしなかったみたいだな」
「ええ、その通りです。シンは更にフェアスケールの未来を憂いて色々な提案をしました『人の欲望は完全に消し去ることは出来ない、だからフェアスケールから出て行く若者も多いんだ。人間は抱える欲に蓋をするんじゃなくて上手に付き合っていく方法を模索しなきゃいけないんだ。その為に色んな国が話し合ったり、決まり事を作ったり、民衆が上に立つ者を選んだりするんだ』とね」
「その頃からもう施政者としての思考を持ち始めてたんだな。これだけ独自の文化と教育が浸透している場所でシンみたいな奴が現れるなんて皮肉なもんだな」
「ええ、むしろ抑圧した環境がシンの心を刺激したとも言えます。だからシンは最後にキツい一言を残していきました『誰かと関り、誰かの過ちを正し、誰かに自身の過ちを正してもらう世界にしなければならないんだ。だけどフェアスケールは中立という立場を以てして、外部と深く関わるのを避けて、臭い物に蓋をしているだけだ。俺はこんなところにずっといるつもりはない!』と言い切り、数日後本当にフェアスケールから出て行ってしまったのです」
また出て行ったのかと驚く場面なのかもしれないが、八歳の時点であれだけの事を成し遂げたシンだからもう何をしても驚くことはなかった。
シンバードが『闘争と誠の街』と呼ばれ、民衆同士で譲れない事があればルールを決めて戦うシステム『周判戦』を作り上げたのも少年期の反動なのかもしれない。
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