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【第217話】異常な責任感
しおりを挟むいきなり現れた元仲間のネイミーに驚いてしまい何も言えなくなっていた俺を察してか、ネイミーはすぐに自身がここにいる理由を語った。
「何でここに私がいるんだ? って戸惑っているみたいだから説明するね。私はヘカトンケイルでガラルドさんと別れた後もずっとレックと一緒に仕事をしていたんだ。とは言っても私にも家庭の事情とか色々あって帝国の実家に戻ってる時間も多くなってしまったから、ドライアドで貴方達に挨拶するタイミングは逃しちゃったけどね」
「そうだったのか。危ない死の海を越えてまで今のレックについてきているという事は考え方もレックと同じになったと思っていいのか?」
「うん、今はディアトイル出身のガラルドさんを差別するつもりはないし、謝りたいと思ってここで待っていたんだ。だから遅くなったけど言わせて欲しい、一緒のパーティーだった頃、ずっと辛く当たって本当にごめんなさい」
ネイミーは瞼にキュッと力を込めて頭を下げた。レックと同じ考えになったと言っている以上、当然俺は許すし、今後掘り返すつもりもない。俺はネイミーの肩を押して、頭を上げさせた。
昔の仲間が考えを改めて謝ってくれたのは嬉しい限りだが、ここで俺の中に一つの疑問が湧きあがってきた、それは同じく昔パーティーを組んでいたブルネのことだ。彼女は今どうしているのかネイミーに尋ねてみる事にしよう。
「……ブルネは一緒に仕事をしていないのか?」
「彼女は元々優秀な魔術師だったから最初は第四部隊で魔術指南役を務めていたし、私と同じように秘書に近い役割もこなしていたよ。だけど少しずつ考えを改めるレックが認められなくて出て行っちゃったの。彼女は最後に『私は絶対にディアトイル出身者となんか仲よくするつもりはない! だって、小さい頃から忌むべき存在だって口酸っぱく教えられてきたんだから!』って叫んで去っていったの」
まぁそんなところだろうと思った。いくら俺が有名になり、差別の無いシンバードが領地を拡大しようとも、根強い教育から得た価値観は早々変えられるものではない。むしろレックの考えが変わっただけでもラッキーだと思う事にしよう。
もしかしたらネイミーだってレックの事を慕っているから同調しているだけで心の奥底では未だに俺の事が嫌いなのかもしれない……俺はストレートにネイミーへ今の考えを吐露する事にした。
「もしネイミーが今でもディアトイル出身者や俺の事が嫌いなら無理に謝らなくてもいいぞ、レックは好きだけど、ディアトイルは嫌いって考えがあるなら、それは仕方ない事だしな。まぁ俺だけならともかく他のディアトイル出身者を傷つけるなら容赦はしないけどな」
「相変わらず達観しているねガラルドさんは。でもね、そうじゃないんだよ、私がディアトイルを嫌いと言うよりもレックが嫌いだったから私が合わせていたんだよ、だって私はレックにとって腹違いの姉だからね、何が何でも味方したかったんだ」
まさか、遠い南の地でこんな情報を得ることになろうとは。しかし、言われてみると、その事実に納得のいく要素が幾つか思い当たる。俺はそれらの答え合わせするようにネイミーに尋ねた。
「もしかして俺とブルネの事は『さん付け』で呼んでいたのにレックだけ呼び捨てだったのも姉弟だったからなのか? それに当時の仲間達の中では俺に対してネイミーが一番優しかったし、俺を見捨てたレックがネイミーを命懸けで助けに行ったのも……」
「うん、全てガラルドさんの予想通りだよ。レックは第二皇子と第三皇子と同様に差別的な教育を鵜呑みにして育ったからディアトイル出身者以外にもスターランクやスターランク倍率の低い者には当たりはキツかったけど、身内にはとことん優しかったよ。本当は第四皇子という大層な身分の人間が姉とはいえ腹違いの私を命懸けで守ってはいけないんだけどね」
「まぁあいつが最初から身内には優しいのは何となく分かっていたよ。ドライアド近くの洞窟で樹白竜と戦った時は部下を命懸けで守ってたからな。それに腹違いの姉がいたという事実に驚きはしたが、女好きの皇帝の性格を考えれば納得もできるよ。ただ、一個気に掛かるのが、ネイミーの言い方だとモードレッドは差別的には育たなかった風に聞こえるが、他三人とは何か違うのか?」
「その通り、モードレッドだけは違ったんだ。実は今回ガラルドさんの前に現れたのは謝る事だけが目的ではなくてね、モードレッドの異質さとこれからのレックについて話しておきたかったんだ」
そう言うとネイミーは突然懐から一枚の紙を取り出して俺に見せてくれた。その紙には十五年ほどのカレンダー的な図が描かれており、一日毎にトレーニングメニューのようなものに加えて、当時のレックが生後何歳の何日かまで事細かく書かれている。
とりあえずレックが十歳頃のトレーニングメニューを見てみると、とてもじゃないが十歳には耐えられないような厳し過ぎる特訓が記されていた。更に一部の日には赤色の文字で『鞭打ち』『冷水浸け』などの酷い体罰も記されている。
この惨さの塊みたいな紙は一体なんなんだ! と俺が尋ねると、ネイミーは声を震わせながら答えた。
「これはモードレッドが出来の悪いレックに与えた特訓と罰さ。あの男は帝国を強くする為なら何だってするからね、他の第二、三皇子にもこれ程ではないけれど厳しい特訓をやらせていたみたいだよ」
「こんな事をされたら例え兄だろうと反撃しそうなものだが……いや、モードレッドには脅しに便利なスキル『ミストルティン』があるから、服従するしかなかったのかな。三人で束になって反撃したり、父であるアーサーに助けを求めたりは出来なかったのか?」
「皇帝アーサーは父親でありながらモードレッドを恐れていたからね、この事実を知ってはいたけど触れなかったみたいだよ。それにモードレッドはミストルティンを抜きにしても文句を言わせない手段を取っていたからね」
「文句を言わせない手段なんてあるのか? そいつを教えてくれ」
「……モードレッドは『愚弟に育ててしまったのも自分の責任である』と言って、弟達に課した特訓や罰を全て自分自身でも遂行しているんだ……だからモードレッドが服を脱げば夥しい数の傷が体に刻まれてるし、普通の人間なら間違いなく体と心を壊しているよ。彼には痛覚がないのかと疑いたくなる程に我慢強く、そして異常な責任感があるんだ……」
モードレッドの異常さはビエードの遺言や過去に接触した時に感じてはいたが、ここまでだとは思わなかった。将来的にアーサーが亡くなり、モードレッドが皇帝となった時、帝国リングウォルドはどんな国になってしまうんだ……と寒気が込み上がってくる。
そして、ネイミーはこれまでの話を踏まえて、俺にお願いをしてきた。
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