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【第206話】今のエリーゼ
しおりを挟む「お~~、皆さん見てください、凄い数の牛さん豚さんがいますよ。牧歌的でいい村ですね」
新しい場所へ行った時はもはや定番となりつつあるはしゃぐリリスを眺めながら、俺達はレグの村を歩いていた。農業と畜産にのみ力を入れている村のようで面積が広く、二階以上ある建物はほとんど見当たらない。
石畳なんて一切なく、道は全て踏み固まって出来ている感じだ。人より動物の方が多い田舎っぷりに故郷ディアトイルを思い出していると、前方からお爺さんが近づいてきて俺達に声を掛けてきた。
「お姉さん達、ここらじゃ見ない顔だね。こんな辺鄙な村に何かようかい?」
「私達はエリーゼさんという女性を探しにここまで来たんですけど、ご存知ですか?」
「ほう、エリーゼさんのお客人かい。直ぐ近くに家があるから案内してあげよう。あの人は夫も子供もいなくていつも一人で寂しそうだから、よかったらいっぱい話をしてあげておくれ」
そう言うとお爺さんは俺達に背を向けてエリーゼさんの家まで歩き出した。いよいよエリーゼさんとご対面だ。
グラドの手紙を見せて亡くなったことを知らせるのは気が重いけれど、これも死の山で手紙を読んだ者としての責務だ。
こじんまりとした木造一軒家の入口から鈴を鳴らすと、中から70歳前後のお婆さんが現れた。俺はお婆さんに名前を尋ねる。
「はじめまして、俺達は大陸中を旅しているガーランド団という組織の者ですが、貴女がエリーゼさんですか?」
「はい、私がエリーゼです。行商人が運んでくださる新聞でガーランド団の活躍はある程度知っていますよ。そんな有名人が何故こんなところへ?」
やはりお婆さんはエリーゼさんだった。一応グラハム王……いやグラハムの生みの親であるエトルの妹だから少しだけグラハムとグラッジとは血縁関係がある訳だが、見た目的には全然似ている感じはしない。
グラハムもグラッジも目が丸々としてて優しい感じだが、エリーゼさんの目元はキリっとしている感じだ。どうやらグラハム王もグラッジも見た目的にはグラドの血を濃く受け継いでいる可能性が高そうだ。
「俺達はイグノーラでの戦争の前にカリギュラや死の山へ行きまして、五英雄グラドの事について色々と情報を得ました。詳しくお話したいので中へ入れて頂いてもいいですか?」
「グラドさんの? 分かりました、どうぞこちらへ」
俺達は家の中へ入れてもらい、グラッジとの出会いからグラハムとの接見、カリギュラや死の山での出来事、そしてグラハムの魔獣寄せ発現から戦争に至るまで、手紙も交えながら全てを伝えた。
「うぅ……ぐすっ……グラド……さん……」
突然伝えられた訃報にエリーゼさんは膝から崩れ落ち、こちらが心配になる程に泣き続けた。リリスが背中をさすり、時間をかけて落ち着かせると、エリーゼさんは自身の思いを語った。
「ずっと人里を避けて旅を続けていたグラドさんに直接会うのは難しかったとは思いますが、それでも亡くなる前に一度は挨拶しておきたかった……」
絞り出すような無念の声色に危うく貰い泣きしそうになりながら、俺はもう一つの目的について話す事にした。
「今回俺達がここに来た理由は手紙を渡す事だけではないんです。先程も話した通りグラハムとグラッジは魔獣寄せを発現しています。それ故に二人は人々へ迷惑をかけないように、人里から離れた千年樹の洞窟というところで暮らし始めたのですが、そこへエリーゼさんを案内したいのです。積もる話も色々あるでしょう。俺達は洞窟まで護衛させて頂きます」
「会いたい気持ちはありますが、私がグラハムを育てたのは幼少期だけですし、ローラン家に預けたのは私達なので今更会う資格はないと思います……」
「グラハムはもう王という地位を離れて公人ではなくなりました。それにエリーゼさんに会いたいと言ったのはグラハムとグラッジなんです。当の本人が望んでいる事なので遠慮せずに会ってやってください」
エリーゼさんはしばらく悩んだあと、涙を拭いて背筋を伸ばした。そして、タンスの中から細長い箱を取り出すと、迷いの消えた表情で言い切った。
「分かりました。二人に会いに行きます。何を喋ればいいのか、どんな顔をすればいいのか分かりませんが、ここで泣いているだけでは駄目ですよね。私も打ち明けたい想いがありますし、渡したい物もあるんです。なので皆さん、千年樹の洞窟まで護衛よろしくお願いします」
何とかエリーゼさんを連れ出す事が出来てよかった。あとは千年樹の洞窟に行くだけだ。足腰の弱っているエリーゼさんを荷車に乗せて、引っ張りながら進んだ俺達はこまめに休憩をはさみ、野宿を繰り返し、村から四日かけて千年樹の洞窟へ辿り着いた。
俺はエリーゼさんに肩を貸して荷車から降ろし、千年樹の洞窟の中へ入っていったが、何故か二人の姿が見当たらない。
もしかして森か海岸あたりに狩りへ出かけているのかもと思って周囲を探ってみると、イノシシ型の魔獣ワイルドボアを追いかけまわすグラハムとグラッジの姿があった。
「お父さんその調子です! そこから右に回り込んで剣を叩きこんで!」
「ハァハァ……もう足が動かな……」
「これから二人で狩りをして暮らしていくんですよ? ここはジッとしていても料理が出てくる城じゃないんですから」
「それにしたってスパルタ過ぎないか? こっちは十年以上執務が中心だったから運動や剣術からは離れていてだな」
「だったら勘を取り戻す特別メニューを考えなきゃですね」
「か、勘弁してくれ……」
仲良く……なのかは分からないが騒がしくしている親子を発見した。どうやらグラハムは野生的な生活にまだ順応できていないようで主導権をグラッジに握られているようだ、元王様としての威厳はどこにもなく何だか微笑ましい。
エリーゼさんには一番最初に逞しく育ったグラハムとグラッジを見てもらおうと思ったのに、身体中に泥と葉っぱをくっ付けた二人を見せる事になってしまった。
道中ずっと緊張していたエリーゼさんだったが、二人の姿を見てプッと吹きだし呟いた。
「フフフッ、グラドさんにそっくりな人が二人もいますね」
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