194 / 459
【第194話】勝つための手
しおりを挟む六心献華を発動するべく走り出してしまったグラッジを止めたかったが、距離的に間に合いそうにない。
グラッジを死なせてしまっては仲間に……サーシャに合わせる顔がない……。俺が絶対に間に合わないであろう距離を全力で駆けている間にグラッジが力強く叫んだ。
「六心献華!」
その瞬間、ザキールは反射的に右腕に魔力を凝縮して完全防御態勢を取った。六心献華を一度喰らって、右半身をボロボロにされた挙句に羽を溶かされたザキールは誰よりも六心献華の恐ろしさを知っている事だろう。
グラッジが展開した六本の短剣が一点に集中して技が発動する……筈だったのだが、何故か光属性を宿した短剣だけが、単独でザキールの目の前に飛んでいった。
すると、短剣は目が潰れそうな程に眩しい光をザキールに向かって照射した。堪らずザキールが目を瞑ったのを確認したグラッジは、六本の短剣のうち一本を自身の目の前に落として、爆風を起こして俺の方へ飛んできた。
ザキールの目をくらまして、自身は俺の前に移動するという行動の理由が分からずに困惑していると、グラッジは浮遊していた闇属性と地属性の短剣を消失させて、残りの火属性と水属性の短剣を槍の形に変化させた……これは双蒸撃の構えだ!
グラッジは俺の目の前で大きな氷の盾を構えると、申し訳なさそうに呟いた。
「六心献華はブラフです、そもそも使えませんし使わない約束でしたから。後は頼みますガラルドさん」
ようやくグラッジの狙いが分かった、ザキールに出来るだけ近い位置で双蒸撃を当てる為に、偽物の六心献華を用意して防御姿勢を取らせてから、逃げられないように目潰しの閃光で位置を固定したのだ。
そして、氷の盾を俺の前で構えたのは数秒後に発動する双蒸撃の衝撃から我が身を挺して俺を守る為だったのだ。俺は何度グラッジやレックの世話になれば気が済むんだ……力の足りない自分が嫌になる。
一方、グラッジが発動した光の短剣はリリスが昔、神託の森で放った閃光魔術『ゴス・フラッシュ』よりも遥かに強い光を放った影響で、未だにザキールの視界を回復させていなかった。
そして、その隙を逃さないようグラッジは残りの火と氷の槍をザキールの前で炸裂させた。
「喰らえ! 双蒸撃!」
恐らく本当に最後の一撃になるであろうグラッジの双蒸撃が炸裂した。その衝撃は20メード以上離れている俺達をも容赦なく飲み込んだ。
「ぐあっ!」
氷の盾を構えていたグラッジは呻き声をあげたものの、執念で盾の構えを解かなかった。後ろにいる俺へダメージを与えない為である。
氷の盾越しからでも見える爆風は凄まじく、グラッジは最後まで地に足をつけておくことができず、氷の盾も破砕してしまった。それでも、俺へのダメージは無く、グラッジだけが爆風のダメージを負っていた。
双蒸撃の爆発音の余韻が収まった頃、グラッジは魔量の枯渇と体へのダメージで勢いよく地面へ倒れ込んだ。俺は慌ててグラッジを抱えようとしたけれど、グラッジは「僕のことよりザキールにトドメを……」と呟き、そのまま目を瞑ってしまった。
レックとグラッジの自爆にも似た自己犠牲を無駄にする訳にはいかない。俺はグラッジから視線を移し、ザキールの方を見つめた。
ザキールは双蒸撃を右腕で受け止めたようで、今にも千切れてしまいそうな程に完全に壊れていた。肩からぶらんと下がった右腕は、全体から血が溢れ出し、手の先からポタポタと血の雫を落とし続けていた。
レックとグラッジのおかげで悪魔の右手を破壊できた、後は俺が最後を決めるだけだ! 俺は両手が折れているのもお構いなしに、再び体に火のエネルギーを宿して、ザキールに突進する。
「レッド・ステップ!」
足裏で赤い砂が弾けとび、俺の拳は真っすぐにザキールの体を突いた……筈だった。ザキールは全身に血をしたらせ、血管を浮かべながら左手で俺の拳を掴まえた。
「貴様一人なら悪魔の右手が無くても勝てるんだよ、ボケがァァ!」
ザキールは掴んだ俺の手を手前に引き寄せ、俺の腹に膝蹴りを放ってきた。硬くて重い一撃が俺の体の中心にめり込んだ。
「うぼぁっ!」
俺は口から唾液と血を吐き、両膝を着いた。このままでは更に膝蹴りを連打されてしまう。
泥臭くてもいい、何が何でも勝ってやらねば……俺は倒れた姿勢のままザキールの足に抱きつき、思いっきり太ももへ噛みついた。
「痛でぇぇっ! 何しやがる貴様ァ!」
肉を抉られるような痛みにザキールは堪らず掴んでいた手を離した。その隙を俺は見逃さなかった。俺は折れた両手を涙目になりながら強く握りしめて、ザキールの腹に連撃を叩きこんだ。
「ぐあっ! ぐあっ!」
十発、二十発、叩き込むうちに俺の拳が見た事のない赤黒い色となり、壊れていっているのが実感できた。普通なら耐えられないような痛みだが、この状況だからか不思議と堪えることができる。
だが、根性ではもはやどうにもならないレベルまで手が壊れてきた。こぶしを握ることすら出来なくなってきた俺は辛うじてまだ動く右手の小指と薬指で旋回の剣を握った。
この一撃で勝負を決めてやる――――よろけるザキールの肩を目掛けて超回転を纏った剣を振り下ろした。
「これで終わりだぁ!」
「甘いんだよッッ!」
なんとザキールは後ろによろけながら、俺の右腕に蹴りを放ってきた。衝撃に加えて握力がなくなっていた俺は堪らず旋回の剣をザキールの後ろ側へ落としてしまった。
そして、勝機を得たと言わんばかりにザキールは邪悪な笑みを浮かべて俺の腹に真っすぐ蹴りを放つ。
「ぐぉっ!」
速く重たい蹴りに堪らず俺は呻き声をあげた。ザキールはそこから更に俺の両手目掛けて連続蹴りを繰り出してきた。
絶対に剣を握らせない方がいいと本能的に分かっているのだろう、奴の目論見通り俺の指は完全に握力を失った。
頼みの綱である旋回の剣を使えなくなった今、俺に勝ち目は残っているのだろうか?
いや、勝てるかどうかじゃない、勝たなければいけないんだ、じゃないとレックとグラッジの頑張りが無駄になってしまう。俺は極限の集中状態になり、これまでの人生で培ってきた全ての戦闘経験を洗い出し、勝つための手を探した。
そこから導き出した答えはまたしても泥臭いものだった。俺は自分が出した答えを信じてザキールの上半身に抱き着いた。
殴るでも蹴るでもなく、脇を締め付けるように抱きついてきた俺に不気味さを感じたのか、ザキールは「何をしやがる! 離せ!」と声を荒げながら、俺の背中に何度も肘打ちを繰り返した。
痛すぎてすぐにでも離れてしまいたいが、あと少しの我慢だ。俺はザキールの視界に映らないように、こっそりと魔砂をザキールの後方へと動かした。
手が動かず剣を握れないなら手の代わりに魔砂で掴めばいい――――俺は魔砂を旋回の剣の柄に巻き付けて、自身の手の代わりとして剣を持ち上げた。
タックルで拘束し、遠隔操作で背後から旋回の剣を当てる作戦にようやく気付いたザキールは「まさかお前……」と顔を青くして呟いた。
全ての犠牲と痛みはこの時の為――――俺はザキールの背後で浮遊する旋回の剣にありったけの魔力を込めて、動かした。
「いけぇぇっっ!」
俺の叫びに呼応するように旋回の剣は強烈な回転音と共にザキールの背中で弾けとんだ。
「ぐあああぁぁぁっっ!」
拘束していた俺の両腕にザキールの体を介して凄まじい振動が伝わってきた。そしてザキールは「くそったれ……」と小さく呟き、体をぐったりとさせて気絶した、その瞬間俺は勝利を確信する。
「やった……俺達の……勝ちだ……」
いつものように大声をあげて勝利を喜ぶことが出来ない程に疲れた俺はザキールと一緒に地面へ倒れ込んだ。少しずつ滲んでいく視界と対照的に、兵士や民衆の歓声と足踏みはクリアに感じ取れた。
もはやほとんど頭が働かないが、それでも俺はこの音を一生忘れはしないだろう。
0
お気に入りに追加
389
あなたにおすすめの小説
パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~
一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。
彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。
全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。
「──イオを勧誘しにきたんだ」
ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。
ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。
そして心機一転。
「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」
今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。
これは、そんな英雄譚。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる