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【第194話】勝つための手

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 六心献華ろくしんけんかを発動するべく走り出してしまったグラッジを止めたかったが、距離的に間に合いそうにない。

 グラッジを死なせてしまっては仲間に……サーシャに合わせる顔がない……。俺が絶対に間に合わないであろう距離を全力で駆けている間にグラッジが力強く叫んだ。



六心献華ろくしんけんか!」



 その瞬間、ザキールは反射的に右腕に魔力を凝縮して完全防御態勢を取った。六心献華ろくしんけんかを一度喰らって、右半身をボロボロにされた挙句に羽を溶かされたザキールは誰よりも六心献華ろくしんけんかの恐ろしさを知っている事だろう。

 グラッジが展開した六本の短剣が一点に集中して技が発動する……筈だったのだが、何故か光属性を宿した短剣だけが、単独でザキールの目の前に飛んでいった。

 すると、短剣は目が潰れそうな程に眩しい光をザキールに向かって照射した。堪らずザキールが目を瞑ったのを確認したグラッジは、六本の短剣のうち一本を自身の目の前に落として、爆風を起こして俺の方へ飛んできた。

 ザキールの目をくらまして、自身は俺の前に移動するという行動の理由が分からずに困惑していると、グラッジは浮遊していた闇属性と地属性の短剣を消失させて、残りの火属性と水属性の短剣を槍の形に変化させた……これは双蒸撃そうじょうげきの構えだ!

 グラッジは俺の目の前で大きな氷の盾を構えると、申し訳なさそうに呟いた。

六心献華ろくしんけんかはブラフです、そもそも使えませんし使わない約束でしたから。後は頼みますガラルドさん」

 ようやくグラッジの狙いが分かった、ザキールに出来るだけ近い位置で双蒸撃そうじょうげきを当てる為に、偽物の六心献華ろくしんけんかを用意して防御姿勢を取らせてから、逃げられないように目潰しの閃光で位置を固定したのだ。

 そして、氷の盾を俺の前で構えたのは数秒後に発動する双蒸撃そうじょうげきの衝撃から我が身を挺して俺を守る為だったのだ。俺は何度グラッジやレックの世話になれば気が済むんだ……力の足りない自分が嫌になる。

 一方、グラッジが発動した光の短剣はリリスが昔、神託の森で放った閃光魔術『ゴス・フラッシュ』よりも遥かに強い光を放った影響で、未だにザキールの視界を回復させていなかった。

 そして、その隙を逃さないようグラッジは残りの火と氷の槍をザキールの前で炸裂させた。

「喰らえ! 双蒸撃そうじょうげき!」

 恐らく本当に最後の一撃になるであろうグラッジの双蒸撃そうじょうげきが炸裂した。その衝撃は20メード以上離れている俺達をも容赦なく飲み込んだ。

「ぐあっ!」

 氷の盾を構えていたグラッジは呻き声をあげたものの、執念で盾の構えを解かなかった。後ろにいる俺へダメージを与えない為である。

 氷の盾越しからでも見える爆風は凄まじく、グラッジは最後まで地に足をつけておくことができず、氷の盾も破砕してしまった。それでも、俺へのダメージは無く、グラッジだけが爆風のダメージを負っていた。

 双蒸撃そうじょうげきの爆発音の余韻が収まった頃、グラッジは魔量の枯渇と体へのダメージで勢いよく地面へ倒れ込んだ。俺は慌ててグラッジを抱えようとしたけれど、グラッジは「僕のことよりザキールにトドメを……」と呟き、そのまま目を瞑ってしまった。

 レックとグラッジの自爆にも似た自己犠牲を無駄にする訳にはいかない。俺はグラッジから視線を移し、ザキールの方を見つめた。

 ザキールは双蒸撃そうじょうげきを右腕で受け止めたようで、今にも千切れてしまいそうな程に完全に壊れていた。肩からぶらんと下がった右腕は、全体から血が溢れ出し、手の先からポタポタと血の雫を落とし続けていた。

 レックとグラッジのおかげで悪魔の右手を破壊できた、後は俺が最後を決めるだけだ! 俺は両手が折れているのもお構いなしに、再び体に火のエネルギーを宿して、ザキールに突進する。

「レッド・ステップ!」

 足裏で赤い砂が弾けとび、俺の拳は真っすぐにザキールの体を突いた……筈だった。ザキールは全身に血をしたらせ、血管を浮かべながら左手で俺の拳を掴まえた。

「貴様一人なら悪魔の右手が無くても勝てるんだよ、ボケがァァ!」

 ザキールは掴んだ俺の手を手前に引き寄せ、俺の腹に膝蹴りを放ってきた。硬くて重い一撃が俺の体の中心にめり込んだ。

「うぼぁっ!」

 俺は口から唾液と血を吐き、両膝を着いた。このままでは更に膝蹴りを連打されてしまう。

泥臭くてもいい、何が何でも勝ってやらねば……俺は倒れた姿勢のままザキールの足に抱きつき、思いっきり太ももへ噛みついた。

「痛でぇぇっ! 何しやがる貴様ァ!」

 肉を抉られるような痛みにザキールは堪らず掴んでいた手を離した。その隙を俺は見逃さなかった。俺は折れた両手を涙目になりながら強く握りしめて、ザキールの腹に連撃を叩きこんだ。

「ぐあっ! ぐあっ!」

 十発、二十発、叩き込むうちに俺の拳が見た事のない赤黒い色となり、壊れていっているのが実感できた。普通なら耐えられないような痛みだが、この状況だからか不思議と堪えることができる。

 だが、根性ではもはやどうにもならないレベルまで手が壊れてきた。こぶしを握ることすら出来なくなってきた俺は辛うじてまだ動く右手の小指と薬指で旋回の剣せんかいのつるぎを握った。

 この一撃で勝負を決めてやる――――よろけるザキールの肩を目掛けて超回転を纏った剣を振り下ろした。

「これで終わりだぁ!」

「甘いんだよッッ!」

 なんとザキールは後ろによろけながら、俺の右腕に蹴りを放ってきた。衝撃に加えて握力がなくなっていた俺は堪らず旋回の剣せんかいのつるぎをザキールの後ろ側へ落としてしまった。

 そして、勝機を得たと言わんばかりにザキールは邪悪な笑みを浮かべて俺の腹に真っすぐ蹴りを放つ。

「ぐぉっ!」

 速く重たい蹴りに堪らず俺は呻き声をあげた。ザキールはそこから更に俺の両手目掛けて連続蹴りを繰り出してきた。

絶対に剣を握らせない方がいいと本能的に分かっているのだろう、奴の目論見通り俺の指は完全に握力を失った。

頼みの綱である旋回の剣せんかいのつるぎを使えなくなった今、俺に勝ち目は残っているのだろうか?

 いや、勝てるかどうかじゃない、勝たなければいけないんだ、じゃないとレックとグラッジの頑張りが無駄になってしまう。俺は極限の集中状態になり、これまでの人生で培ってきた全ての戦闘経験を洗い出し、勝つための手を探した。

 そこから導き出した答えはまたしても泥臭いものだった。俺は自分が出した答えを信じてザキールの上半身に抱き着いた。

 殴るでも蹴るでもなく、脇を締め付けるように抱きついてきた俺に不気味さを感じたのか、ザキールは「何をしやがる! 離せ!」と声を荒げながら、俺の背中に何度も肘打ちを繰り返した。

 痛すぎてすぐにでも離れてしまいたいが、あと少しの我慢だ。俺はザキールの視界に映らないように、こっそりと魔砂マジックサンドをザキールの後方へと動かした。

 手が動かず剣を握れないなら手の代わりに魔砂マジックサンドで掴めばいい――――俺は魔砂マジックサンド旋回の剣せんかいのつるぎの柄に巻き付けて、自身の手の代わりとして剣を持ち上げた。

 タックルで拘束し、遠隔操作で背後から旋回の剣せんかいのつるぎを当てる作戦にようやく気付いたザキールは「まさかお前……」と顔を青くして呟いた。

 全ての犠牲と痛みはこの時の為――――俺はザキールの背後で浮遊する旋回の剣せんかいのつるぎにありったけの魔力を込めて、動かした。

「いけぇぇっっ!」

 俺の叫びに呼応するように旋回の剣せんかいのつるぎは強烈な回転音と共にザキールの背中で弾けとんだ。

「ぐあああぁぁぁっっ!」

 拘束していた俺の両腕にザキールの体を介して凄まじい振動が伝わってきた。そしてザキールは「くそったれ……」と小さく呟き、体をぐったりとさせて気絶した、その瞬間俺は勝利を確信する。

「やった……俺達の……勝ちだ……」

 いつものように大声をあげて勝利を喜ぶことが出来ない程に疲れた俺はザキールと一緒に地面へ倒れ込んだ。少しずつ滲んでいく視界と対照的に、兵士や民衆の歓声と足踏みはクリアに感じ取れた。

 もはやほとんど頭が働かないが、それでも俺はこの音を一生忘れはしないだろう。


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