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【第186話】ヒュドラ戦 決着
しおりを挟むヒュドラの心臓に狙いを定めて走る俺達に対し、ヒュドラはこちらを見つめながら、後ろへ大きく飛んで距離をあける。そして獲物を狙う虎のように両手足を地に付けて、姿勢を低くした。
俺達の狙いが勘づかれたのかと思ったが、ヒュドラには別の考えがあった。それは、全ての頭を一点に固めて、一斉に各種ブレスを放って片をつけるというものだった。
あらゆるエネルギーが一点に集まる様子は破壊力を持つという情報さえなければ色とりどりの模様に見えて綺麗だと感じるだろう。だが、俺達にはただひたすら禍々しいものにしか見えない訳だが。
数秒後には放出されるであろうブレスを前にレックが覚悟を促してきた。
「あれだけのエネルギー集合体なら、横に飛んで避けるなんて不可能だ。このまま真正面からバニッシュ・レイピアで一直線にブレスを突き破ってヒュドラの胸に飛び込むぞ、気合を入れろよ!」
「レックこそ、ブレスを貫通しきる前にバテるなよ? お前が力尽きた瞬間、俺とグラッジも終わりだからな」
「よろしくお願いします、レックさん!」
俺とグラッジの返答を受けて、小さく微笑んだレックは大きく息を吐き出し、鬼気迫る程に集中し始めた。その間にブレスエネルギー完成させたヒュドラは一斉にブレスを吐きだした。
「ヴアアアァァァ!」
けたたましい音と共に一本の螺旋状になったブレスエネルギーは、重なることで虹を彷彿とさせる極太の光の筋となった。予想通り絶対に躱すことのできない広範囲ブレスが迫ってきているが、レックは怯むことなく先頭を走り、レイピアを突き出した。
「バニッシュ・ペネトレーション!」
レイピアだけではなく、体にまで魔力を消失させるオーラを纏ったレックは、まるで激しい川を逆流する魚のように、向かってくるエネルギーを割いて進んでいった。
後ろにいる俺とグラッジは、少しでもレックから横にずれてしまうと、たちまちブレスに飲み込まれてしまうことを恐れ、ついていくのに必死だった。
前方は眩しくて見え辛いからどれだけヒュドラに近づけているのか分からないが、強大なエネルギーをかき消し続けているレックは確実に消耗していた。
魔量が枯渇したとき特有の『五感が鈍る状態』になりながらも前へ前へと進み、俺達に合図を出した。
「あと少しでヒュドラの胸元に到着だ、絶対に決めてこい!」
肩で息をしながら虚ろな目と擦れた声でレックは強く言い切った。そして、最後にレイピアをギュッと握り直したレックはモードレッド戦でも使った、放出する消失スキルを放った。
「バニッシュ・トラストォォ!」
最後の叫びを合図に俺とグラッジはレックの両脇から飛び出した。真上ではブレスが消失して視界がクリアになり、ヒュドラの顔がこちらを見下ろしているのが分かった。
螺旋のブレスがごっそりと消失させられて、驚いているヒュドラを尻目に俺とグラッジは渾身の一撃をヒュドラの胸に向かって放つ。
「レッド・テンペスト!」
「双蒸撃!」
『紅蓮の砂嵐』と『炎氷の二槍』がほぼ同時にヒュドラの胸に当たると、閃光爆発とも言うべき衝撃がヒュドラを中心に巻き起こった。
あまりの爆風と爆音に目と耳が痛くなり、一瞬息が出来なくなって、三人とも後ろへ飛んでいってしまった。
ゴロゴロと転がってしまった体を手をつき地面に滑らせ、無理やり止めて起き上がるとヒュドラの頭は全て、直立で停止していた。
「た、倒せたのでしょうか?」
不安げにグラッジが呟き、全員でヒュドラの胸元を見てみたが、雲海のように真っ白な煙が長々と漂い続けて、致命傷を与えたのかが確認できなかった。
俺も無事倒せたのか不安になっていたが、ヒュドラは首を直立にしたまま、全ての頭が棒を倒すようにバタンと勢いよく倒れて、手足も胴体もべたりと地面にくっ付いた。
ヒュドラの顔を見てみると全て白目を剥いている、うつ伏せになった影響で胸の損傷具合は確認できないが、どうやらヒュドラを撃破する事が出来たようだ。俺は遅れて湧いてきた勝利の実感をヘトヘトになりながら呟いた。
「や、やったぞ、遂にヒュドラを止めたんだ」
俺達三人がこぶしを天に掲げると、兵士と民衆がウッド・ローパーを倒した時よりも大きな歓声をあげ、武器と足踏みで音を鳴らして称えてくれた。
ウッド・ローパーと戦っていた時よりもずっと消耗しているだろうに、それでもこれだけの声をあげてくれたのは、本当の勝利が近いからなのかもしれない。
後は残された魔獣を全滅させるだけだ、体力が充分に残っている帝国第四部隊の加勢を以てすればきっと倒せるはずだ。俺達三人も加勢するべく、魔獣の群れへ足を向けるとレックが突然膝から崩れ落ちた。
レックが頭をぶつける前に俺は慌てて支えにいったが、レックの体重すら支えきれず二人一緒に地面へ倒れてしまった。俺は地面に倒れたままレックの身を案じた。
「おい、大丈夫かレック、顔が真っ青だぞ」
「ふん、人の事を言えないだろう、ガラルドも憔悴しきってるじゃないか。お互い……いや、三人とも体力が底をついたようだな」
グラッジの方に視線を向けると、グラッジも片膝をついて息を切らしていた。このままじゃとても加勢できそうにない、それどころか雑魚魔獣にすらやられてしまいそうだ。
そんな俺達の様子を遠くから見ていたのか、ソル兵士長と部下の兵士が慌てて駆け付け、俺達三人を馬に乗せて、街の中の診療所へと運んでくれた。
馬を走らせる道中、ソル兵士長は「本当にかっこよかったですよ御三方。貴方達は紛れもなくイグノーラの英雄だ」と涙ぐみながら称えてくれた。
戦争の音が鳴り響く中、診療所に入ると、そこにはサーシャとリリスの姿があった。リリスの横のベッドに寝かされた俺は、首を横に向けてリリスの身を案じた。
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「正直、血を流しすぎて横になっててもフラフラします。もう、この戦いに戻るのはきびしいかもしれません」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。それにヒュドラを倒して、帝国第四部隊まで駆け付けてくれたから、後はもう雑魚魔獣を全滅させるだけだ。俺達はゆっくり休んでも勝てるはずだ。褒めるのは癪だが、正直レック達のお陰だよ」
俺がそう呟くとレックは照れくさそうに頭を掻いた。戦いはまだ続いているが、診療所で横になっている今なら帝国第四部隊がどのように旅してきたかをゆっくりと話す事が出来るかもしれない、俺はレックに尋ねた。
「ようやく、座ることが出来た事だし、聞かせてくれレック。レック達はどういう流れでイグノーラに来て、俺達を助けてくれたんだ?」
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