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【第182話】南側の戦況
しおりを挟む高い所から大量の氷塊を落とすというシンプルながら強力な技を放ち、千匹を超える魔獣を一気に討伐したリリスを労ってやらねば。俺は上空にある魔砂の足場で横たわっているリリスを自分の方へ引き寄せた。
リリスは荒くなった息を必死で整え、足場から城壁へと降りると、やり切った顔を見せてくれた。
「ハァハァ……やりましたよガラルドさん、今までの旅で攻撃面の活躍をほとんどしたことがない私でもこれだけ貢献できましたよ。えへへ、ホントにホントに嬉しいです! これで一人で殲滅するという約束は守れました、ハァハァ……私をナデナデしてください……ハァハァ」
リリスは攻撃で活躍できたのがよっぽど嬉しかったのか、拳を握りしめて感情のこもった声で言った。
思えば、リリスの戦闘での活躍のほとんどがアイ・テレポートによる虚をつく攻撃や離脱だったかもしれない。そういう意味ではいつも前線で体を張ってボロボロになることもある俺やグラッジに負い目の様なものを感じていたのかもしれない。
リリスはリリスでいつもアイ・テレポートで息を切らして頑張っているし、頑丈では無いにもかかわらず、窮地では体を張って瞬間移動で助けてくれているから物凄く感謝しているのだが……案外、自分で自分を正しく評価するのは難しい事なのかもしれない。
人間だれしも自分の立ち位置や行動に対し不安や迷いは生じるものだ、それは女神であるリリスも同じに違いない。だから、今回は甘えてくるリリスをいつもみたいに受け流すのではなく、リクエストに応えてやろうと思う。
俺は魔砂の足場を目の前まで寄せて、横たわるリリスの頭を撫でてやった。
「たまにはストレートに褒めようか、よく頑張ったなリリス。リリスがいてくれて良かったって心から思うよ」
「え? ええぇぇ?? な、何ですか急に! ガラルドさんらしくないですよ! 私、嬉しさが限界過ぎてもう、何が何だかホントにアレで、もう、あおぉぉぉんっっ!」
「変な声を出すな! 動物の慟哭じゃあるまいし……まぁ喜んでもらえたようで嬉しいよ。とりあえず、グラッジ達のところへ戻るぞ、手を離してもいいか?」
「すいません、後三十分……いや、二十分でいいので頭を撫でてください……」
「言わせてもらうが、控えめに言った二十分の方でも長いからな? ほら、ふざけてないで行くぞ」
俺はリリスの頭から手を離して砂の足場に乗り、リリスと一緒にゆっくりとグラッジのいる場所へ降りていった。
俺達が地面に降り立つと、グラッジとサーシャが駆け寄ってきて、盛大にリリスの活躍を称えた。
「凄かったですよリリスさん! 正直目を開けていられないぐらいの衝撃の嵐でした」
「うんうん、サーシャもそう思ったよ! 開けた平原という状況で、なおかつ暴走状態で上空に気が回らず避けようとはしない今の魔獣達にはうってつけの攻撃だったね。これでしばらく東エリアは静かになるよ」
二人から褒められたリリスは両手でモジモジしながら照れている。これぐらいの照れ方なら可愛いのだが、二人にはさっきの慟哭を是非聞いて欲しいところだ、特に付き合いの浅いグラッジは絶句すること間違いなしだろう。
何はともあれ、これでしばらくは回復に専念できそうだ。サーシャは早速、忌み黒猫の拒絶のアクセラを俺とグラッジに使ってくれた。
みるみる体力が回復していくのを感じながら、伝令の兵士達の報告を五分おきに聞いていると、どうやら俺達のいる東側以外はまだまだ油断ならない状況のようだ。
特に南側は苦しい状況らしく、魔獣の数も一番多いらしい。次に助けに行くなら南側が最優先になりそうだ。
俺もグラッジも目を瞑って回復を続けていると、激しく息を切らした青白い顔の兵士が駆け付けてきて、南側が更に危機的状況になっている事を教えてくれた。
「で、伝令です! 南側のエリアに更なる魔獣の大群が現れ、その中心には見た事のない巨大なドラゴンがいまして、強烈なブレスを吐き散らしております! ガラルド様、どうか救援を!」
「巨大なドラゴンだと? 分かった、直ぐに行く!」
兵士の慌てようからして相当危険な状態なのだろう。サーシャとリリスは黒猫に乗り、俺とグラッジは走りで南側へと急いだ。
※
全力で南側へ駆けつけると、そこには目を伏せたくなるほどの大量の魔獣がいた。そして、それだけではなく、九つの頭を持ち、蛇に似た長い首とずっしりとした胴体で大地を踏みしめる紫色の皮膚をした巨大なドラゴンが佇んでいた。
雑魚魔獣は一万匹近い数がいて、それだけでも勝てるかどうか微妙なラインなのに、九つの頭を持つドラゴンは、数千の魔獣に匹敵しかねない程に強そうで、身体もウッド・ローパーより三倍以上大きかった。
どうりで伝令の兵士が血相を変えて来たわけだ……頼ってもらっておいてなんだが、正直この状況をどうにかできる気がしない。南側の状況を見て絶望に打ちひしがれていると、サーシャは何かを思い出したような顔して、鞄からネリーネ夫妻の日誌を取り出し、ページを捲った。
そして、ドラゴンと日誌に何度も目線を向けた後、あのドラゴンが何なのかを語り出した。
「あのドラゴンは大昔の文献に少し情報が残っていたらしくて、サーシャのお父さんが情報を残してくれていたみたい。どうやらドラゴンの名前は『ヒュドラ』といって、九つの頭それぞれ違う属性のブレスを吐き出す事が出来るみたい。物理的な強さもあるけど、それ以上にブレスが厄介らしいから気を付けた方が良さそうだよ」
事前に情報を知れたのはかなり有難いが、それでもどの頭からどんな属性のブレスを吐いてくるのか分からない以上、下手に動けなさそうだ。
仮にヒュドラを撃破できたとしても一万の魔獣を撃破する余力がイグノーラ勢力に残っているだろうか? 北や西の人間も自分達のエリアで戦うのが精一杯の筈だから南側には来られないだろう。
だが、考えたところで俺達には戦うという選択肢しかない。この魔獣群とヒュドラを倒すことさえ出来れば俺達人間側の勝利だ。覚悟を決めた俺達はヒュドラに向かって走り出した。
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